18、化ける粉。



「ご主人様‥‥‥鞭が‥‥‥鞭が欲すぃですぅ‥‥‥」


「アル?」


「‥‥‥‥‥‥はっ!!」


 目を覚ますと目の前に‥‥‥本当に目と鼻の先に、心配そうな顔をして俺を覗き込んでいる綺麗な顔があった。


「大丈夫?」


「‥‥‥俺、寝てた?」


「うん。随分うなされていたよ」


 ───‥‥‥顔が近いよ、レックス君‥‥‥。


 


 令嬢達の授業中。

 ここは、半裸の男性達が巣食うと噂になっている屋上。


 ローズがほどこしてくれた昼食のお弁当で腹が満たされた俺は、午後ののどかな陽気にやられ気を失っていたようだ。

 ‥‥‥あまりにもやる事がなくて、気付いたら寝ていたとも言う。

 完全にヒモです、ありがとうございます。

 


「アルは主人と上手くいってないの?」


「ん? 俺‥‥‥なんか寝言、言ってた?」


「鞭を欲しがってたよ」


「何そのやばい寝言‥‥‥」


 ヤンデマス。





 ここのところ、俺は毎晩のようにご主人様の部屋に呼び出されてはいたのだが‥‥‥。


 ───ご主人様は相変わらず鞭をくれない。


 ゲームで、リディア嬢は夜な夜な牢屋から奴隷を呼び付けて夜の営みに明け暮れる。

 それがこのゲームのメイン作業の育成パートである。

 選べるコマンドは【愛の鞭】【イチャイチャな会話】【プレゼント大作戦】【お前もう帰れ】の4つ。


 敵役ローズにそんなコマンドがあるのかは知らないが、アイツが毎晩選んでいるのは【愛の鞭】ではなく【イチャイチャな会話】。

 会話の主な内容はローズがやたら聞きたがるので、俺の元居た世界の話だった。

 しかしローズは俺が話し出すと、黙りながら睨みつけてきて重い空間を生成するので、会話が艶っぽくなる事は全くない。

 イチャイチャとは一体なんなのか‥‥‥。


 まあ、それは置いといてだ、鞭を打ってもらわないと俺のステータスが上がらない。

 その事はアイツも知っている。

 なのにだ、どんなに懇願してもその話だけは完全に無視されていた。


 【愛の鞭】を選択しやすいように恋人のような甘い雰囲気作りにも挑戦し、腰蓑こしみの一丁で部屋を訪れたりもしている。

 結果としては【お前もう帰れ】を選択されたようで、速攻で部屋から追い出されたのだが‥‥‥。


 ───アイツは一体何がしたいんだ‥‥‥。








「ネロ様、握手してくださいっ!」


「ああ‥‥‥構わないが」


 授業も終わり、帰宅する時間になった夕暮れ時。

 屋上で超美麗ネロ様が数名の女子生徒に囲まれていた。


 この光景は正直珍しいモノじゃない。

 俺以外の半裸の腰蓑奴隷達を一目見ようと、屋上に訪れる女子生徒は多い。

 彼らはイケメンで、しかもココは女性しかいない学園。

 そう、コイツらは馬鹿みたいにモテる‥‥‥。



「‥‥‥あんな身なりでもモテるとか、流石ネロ。俺が女子なら怖くて近付けない‥‥‥」


 超美麗ネロ様は遠足の時にリディア嬢からプレゼントされた『葉っぱのお面』を未だに装備していた。

 葉っぱは枯れて茶色く変色しボロボロになっている為、顔の半分程しか隠れていない。

 ‥‥‥むしろ顔が半分出てるのが余計に怖い。


「ネロは誠実だからね」


 ニコニコとイケメンレックス君。


『リディアからのプレゼントは、朽ちてなくなるまで大事に使う』とは、本人談。


 誠実なんだろうけども‥‥‥。


 容姿98ともなれば少々何かがおかしくてもモテるのか?

 そもそものところ、いつもほぼ全裸で腰蓑しか履いてないのにモテモテだもんな‥‥‥。


 超美麗ネロ様に握手してもらった女子生徒達が、キャーキャーと喜んでいるので間違いないのだろう。






「明日の二回戦頑張ってね」


 そして奇跡が起こった。


 ネロを羨ましそうに眺めていた俺は、ちょっと軽そうな1人の女子生徒に話しかけられている。


「‥‥‥お、俺ですか?」


「応援してるよ〜」


「あ、はい。‥‥‥頑張ります」


 学園でローズ以外の女性から話しかけられるのは、もしかしたら初めてかもしれない‥‥‥。


「一回戦も応援してたんだけど、あんな事になって驚いちゃった」


 ケラケラと笑いながら俺の肩を叩く女子生徒。


 あんな事‥‥‥あっ。

 忘れてしまいたい記憶‥‥‥奴隷猥褻物陳列事件どれいポロリじけん

 

「‥‥‥見ました?」


「カッコ良かったよ」


 ‥‥‥何が?


 ウェーブのかかったロングの金髪を手でクルクルしながら、ケラケラと品のない感じで笑う女子生徒。

 

 化粧は濃い。

 しかしなんだか良い匂いがする‥‥‥香水かな?

 まさにギャルって感じの女子生徒。

 そして、凄く軽そう‥‥‥。


 ───だが‥‥‥だがそれが良い!

 



「ねえねえ、今からウチに遊びに来ない?」


「は?‥‥‥今から?」


「私アルバート君好きなんだ。きっと楽しい事がいっぱいあるよ〜」


 暫く話していると、突然とんでもない事を言いだしたギャル。


 ───‥‥‥コレが、コレこそが、正しい【イチャイチャな会話】なのでは?!


「ハハッ‥‥‥俺奴隷ですから、そんな身勝手許されんでしょ」


「ああ、そうね。だったらローズ様も一緒にどうかな? 大歓迎するわよ!」


 イチャイチャするのにご主人様付きですか?!

 なんて大胆な娘でしょう!


「ご主人様は絶対行かないと思いますよ?」


「そこをなんとか、アルバート君からもローズ様がウチに来るようにお願いしてみてよ〜」


 そう言うと、俺の手を握りしめ上目遣いに見つめてくるギャル。


 ───可愛い!


 そうまでして俺が欲しいのか‥‥‥。

 これはもう、頑張ってご主人様を説得するしかない!


 ‥‥‥‥。


 ───‥‥‥はいはい。


 最初からわかってましたよ。

 容姿45の俺がモテるわけがないだろ。


 ‥‥‥というか、そもそもこの、俺に対する好感度が23しかないのは、ステータスを盗み見て知ってました。


 このギャルはローズと仲良くなりたいんだと思う。

 アイツの家はかなり良い家柄なので、取り入ろうとする人間は多いらしい。

 ローズ本人が全く話さないので、俺を利用しようとしてるんだろうな‥‥‥。


 だが、しかしだ‥‥‥俺の心を踏み躙った罪は重い。

 どうやって復讐してやろう。


 こうなったらどさくさに紛れて、自然に爽やかに、そして思いっきり心行くまでハグでもかましてやろうかな?

 俺の事を好きとかなんとか言ってたわけだし、大丈夫だろう‥‥‥多分。


 ───覚悟はいいか? コレは俺をたぶらかした罰だ。



 ニヤニヤしながらギャル生徒の肩を掴んだ所で、背後から今までに感じた事がない強い殺気‥‥‥。


「あんた‥‥‥何やってんの?」


「‥‥‥ファンサービスです」


 俺の背後からの冷たい声に、血相を変えてギャル生徒は逃げ出してしまっている。


 ───タイミングは最悪だ‥‥‥。


 振り向くと、やはり怖い顔のご主人様が仁王立ちしていた。


「何? あんたさかってんの? 単細胞生物なのに? 交尾の必要もないのにさかるの? キモチワルイ」


「いや、コレは話せば長くなりますが、ご主人様を守るためにですね‥‥‥」


「‥‥‥あんた‥‥‥あんな感じのが好きなの?」


「‥‥‥あんな感じ?」

 

「頭悪そうな‥‥‥」


 ‥‥‥ギャルっぽい女性の事かな?


「うむ。嫌いではない」


「キモッ‥‥‥」


「趣味嗜好を責めないで下さい‥‥‥」


「‥‥‥もういい。帰るわよ」


 そう言うと、ご主人様はコツコツといつもの足音を響かせて階段の方に歩いて行ってしまった。


 ───怒ってる‥‥‥のか?

 


 その後、馬車の中で完全に無視するご主人様に向かって、俺は延々とイイワケという名の釈明会見を開き、なんとか理解を頂けたようで事なきを得たのだったが──────





 大会第二回戦当日の朝。


「‥‥‥何よ」


「‥‥‥いえ」


「‥‥‥‥‥‥、こっち見んな」


「‥‥‥はい」


 元の素材が素晴らしいためなのか、いつもノーメイクのご主人様。


 そんなご主人様がナチュラルメイクで現れた時、あまりにも可愛すぎて、なんか色々漏らしそうになったのは秘密でお願いします。

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