19、名前を呼び合うのは仲良しの証。



「‥‥‥コレ、取っちゃうとやっぱり怒ります?」


「取ったら挽肉ひきにくの刑ね」


「お気に入りの服が‥‥‥」



 学園に向かう馬車の中で、俺はご主人様に着ている上着を寄越せと言われていた。

 もちろん素直に従い、脱いで手渡したわけなのだが‥‥‥。


 上着を受け取ったご主人様は、用意していた裁縫セットから針と糸を取り出し、器用に何か縫いはじめる。

 最初は服にほころびでもあって、それを直してくれているんだと思い『令嬢なのに割と家庭的なんだな』とか、『コイツ優しいな』とか思って、ちょっと感動していたわけだ。


 だが、胸の部分に縫い付けられた刺繍を見て、血の気が引いた。



【ローズ・ブラッドリィの所有物〜お手を触れないでください〜】



 ───博物館の展示品ですか?!


 昨日、ギャル生徒とイチャイチャしてた罰なのだとは思うが、コレは恥ずかしすぎる‥‥‥。



「いや〜、最近暑いですよね。上着脱いじゃおうかな〜」


「シャツにも縫い付けとくから、脱いで貸しなさい」


「‥‥‥実は最近、腰蓑こしみの生活もそんなに悪くない気がしてきてたんです」


「身体にも縫い付けとくから、服を脱いでコッチへ来なさい」


「‥‥‥痛くて泣いちゃうよ?」


「そう。良かったわね」


 ‥‥‥ご主人様はやっぱり怒っていたようです。






 本日行われる二回戦『ドキドキ、奴隷と一緒に宝探し!』は、その名の通り宝を探す競技。

 奴隷と協力して謎を解き明かしながら、学園の中に隠された宝を探し、宝を多く見つけた令嬢の勝ちという、斬新でハイクオリティな戦いだ。

 しかも凄いことに、この宝探しは毎回宝の隠されてる場所が同じという、なんともプレイヤー思いな競技なのだ‥‥‥。


 ───‥‥‥何度でも言うが、このゲームはクソゲーだからな?


 本来であれば、奴隷の『教養』が高いほど謎を解く有益なヒントを与えてくれたり、奴隷の綺麗なグラフィックが拝めたりするので、ステータスの『教養』を上げとくのが望ましい。

 だが俺は30個用意されてる宝の場所をある程度覚えているので、有益なヒントどころか、ローズに答えを教える事が可能なわけだ。


 今回の二回戦、俺たち悪役チームはおそらくブッチギリで優勝できると思う‥‥‥。






「‥‥‥どっか行けウジ虫」


「無理です」


「‥‥‥せめて‥‥‥もう少し離れて」


「無理です」


「うぅっ‥‥‥」


「‥‥‥大丈夫ですか?」


「うるさい、変質者‥‥‥そんな格好で、私に触るな」


「ちょっと、暴れないでください。痛いです‥‥‥痛いっ」


 別にやましい事はしてませんから‥‥‥。



 『ドキドキ、奴隷と一緒に宝探し!』は、主人と奴隷の息が合ってないと勝利はないと銘打たれた競技で、お互いの片足と片手を縛って繋いだ状態で行われる。

 縛られているのは、俺の左足とローズの右足、俺の右手とローズの左手。

 二人三脚の足を結ばれている状態で、反対のお互いの手を結ばれていると言ったらわかりやすいかな。

 社交ダンスをしてる感じで動けば、なんとか進めるとは思うが、必然的に抱き合うような形になるわけだ‥‥‥。


 そういえば、リディア嬢と奴隷が抱き合ってるようなイチャイチャなグラフィックを、この競技中に何度も見た気がする。


 ───流石乙女ゲーム‥‥‥。


 しかしだ、ゲーム時は大して気にならなかった事なのだが、コレがなかなかに厄介で、かなり動きを制限される上に、息の合っていない者同士がこの体制になると醜い争いが始まるようだ‥‥‥。


「‥‥‥アッチ行け‥‥‥アッチ行け」


 ‥‥‥そう、このように。


 先程から大暴れしているご主人様。

 足と手が縛られているため、1人が勝手な行動を取ると、2人同時に地面にダイブです‥‥‥。


「ご主人様落ち着いて。ウジ虫如きに触られたくらいで、取り乱さないでください」


 俺から距離を取るためしゃがみ込んでしまっているご主人様。

 この状態では宝を探すなんて不可能だろう‥‥‥。


「‥‥‥せめて服を着て‥‥‥」


 ───服を着てるウジ虫なんて見たことはない。


 謎の多い大会ルールが発動し、俺は奴隷の正装である腰蓑こしみの一丁だった。

 奴隷が服を着たまま大会に出場すると反則負けなんだとか‥‥‥。


 ご主人様お手製の怖いアップリケが付いた服と、半裸状態の腰蓑。

 果たしてどっちが恥ずかしいのか、最早俺には判断出来ません。



「ご主人様、前にも言いましたが、俺たち悪役チームはまだ大会でポイントを取れてないんです。このままだと、ご主人様がまずい事になっちゃいます‥‥‥この競技は、是が非でも勝ちたいです」


「‥‥‥わかってる」


「頑張りましょう!」


「わかってるわよ!」


 ご主人様は俺の腕を掴んで立ち上がると、何かを考えるようにうつむいて黙り込んでしまった。



 ───コイツ、打たれ弱いよな‥‥‥。


 俺だって馬鹿じゃない。

 好感度がバグってないと判明した時点で、少なからず本人が言うほどローズに嫌われてはないと思っている‥‥‥。


 ───多分だけど‥‥‥コイツ、照れてるんだよな?


 もしそうだとしたら、異性への耐性が無さすぎやしませんか?

 この容姿なんだから、今まで男性に言い寄られた事くらいあるだろうに‥‥‥。

 

「‥‥‥見んな」


「‥‥‥あ、はい」


 思わず見とれてしまっていたが、目の前にあるご主人様の顔は、なんと言うか、凄い破壊力だ。

 いつも訳がわからないくらい可愛いが、本日はナチュラルメイクでその威力を増幅させておられます‥‥‥。


 ───あっ‥‥‥いかんいかん。


 競技に集中しよう‥‥‥。


 そう、この二回戦は勝つのは当然として、それとは別に、俺はある大事な目的を持って挑んでいた。

 ローズにも話していないあるミッション。

 それが達成出来れば、俺の念願が叶う。


 そのために、今は邪念を捨てなければいけない!

 




「お互い頑張ろうね」


 立ち尽くし無言で開始の合図を待っていると、俺の背後からイケメンが発したのであろう、イケメンボイスが聞こえた。


「ああ、レックス君? ごめん後ろを振り向けない‥‥‥」


 多分この声は、俺への好感度が85もある、色々疑わしいイケメンだろう。


「大変だよね。も怪我しないように気をつけてね」


「ありがとう。レックス君も気を付け‥‥‥うぐっ!」


‥‥‥大丈夫かい?」


「‥‥‥ちょっとご主人様、急に動かないでください‥‥‥」


 ご主人様が突然顔を上げたので、顎にその頭がクリーンヒットし、ベロを思いっきり噛みました。


「‥‥‥」


 見ると、無言で目を見開き怖い顔をしているご主人様。


「ちょっと‥‥‥聞いてます?」


「黙って」


 あなたも絶対頭痛かったでしょ‥‥‥。


「レックス君、また終わったら話そう」


「そうだね。また後で」


 振り向けないため姿は全く見えないが、レックス君とおっとり令嬢ニーナ夫妻が遠ざかっていくカサカサ音が聞こえた。



 

「‥‥‥負けられない」


「どうしました?」


 怖い顔で遠くを見つめるご主人様。


「絶対に‥‥‥負けられない」


 その瞳には強い意志が感じられる。


 ───なんだか分からないが、ご主人様に火がついた!


「いい気合いですね」


「あんた‥‥‥なんか私に言いなさい‥‥‥」


「は?」


「名前を呼んで‥‥‥なんか言って」


「‥‥‥ご主人様、頭打っておかしくなりました?」


「違う、名前っ!」


 ‥‥‥ああ、なるほど。

 気合いを入れるために、競技前に声を掛け合おうと思ってるのか。

 よし。

 

「ローズ、頑張ろうな」


 俺は真剣な顔でご主人様を見つめた。


 ───この二回戦、勝った!


「‥‥‥‥‥‥‥‥‥アル」


「はい」


「‥‥‥」



 パタリ。



「えっ‥‥‥ちょ、ちょっと、ご主人様?」


 そのまま崩れ落ちると、顔を隠して動かなくなったご主人様。


 ───えっ、何?‥‥‥大丈夫?!

 


「はじめっ!」



「‥‥‥あっ」


 それと同時に、誰だかわからないオッサンの二回戦開始の号令。


 目の前には生まれたての子鹿のように、プルプルと震えて立ち上がらないご主人様‥‥‥。

 


 ナニコレ、ドウシヨウ‥‥‥。

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