嘘の嘘
次の日。六時間目は保健の授業で、がんで若いうちに亡くなってしまった人の闘病生活を記録したビデオを見るという内容だった。こういうものをみると、今自分が健康に生きていることが当たり前でないと感じる。僕だって、人がいつ死ぬのかは分かるが、自分自身がいつ死ぬのかだけは分からないのだ。それだけは本当にありがたいと思っている。自分の人生だけはいつ終わるのか分からないほうが絶対にいい。
帰り道。広人と一緒に帰っていた。彼はコンピューター部に入っているが、今日は部活がないらしい。
「人がいつ死ぬかとか、分かったらいいのになあ」
彼が最初に放った一言は、明らかに保健の授業に影響されたものだと僕は思った。
「ちょうど一年くらい前にさあ、お父さんが突然死んじゃったんだよね」
いきなり、彼は自らの過去を語り始めた。人の悩みを聞くのはあまり得意ではないが、話すのをやめろと止める勇気は僕にはない。一年前、ということは、彼とは違うクラスでほとんど関わっていない時期だ。
「すごく仲が良くてさ、大好きだったのに突然倒れちゃったんだ。別れの言葉とか何にも言えなかった」
声が明らかに暗くなっている。
西園寺さんのことを助けたとき以来、少なからず僕は自分の能力に対する嫌悪感は少なくなっていた。人の役に立てたことは本当に嬉しかったし、いつかまたそういう能力の使い方をしたいとは思っていた。
そんなちょっとした気持ちが、次の一言を生み出してしまった。
「俺、分かるよ。人がいつ死ぬか」
彼にはまだ能力のことは言ったことがない。だから、どのような反応をするのかが少し怖かった。しかし、西園寺さんにはもう伝えてあるので、一番の親友に伝えることくらい別にいいと思ったのだ。そして伝えるにはちょうどいいタイミングだった。
「あはは」
彼は白い歯を見せた。その笑い方には、僕をバカにする要素も含んでいるように聞こえた。
「そんなことあるわけないじゃん」
「本当だよ、お前がいつ死ぬか、分かるよ」
「まあ、本当だとしても教えなくていいよ」
しばらくの間、僕らは話さなかった。少しだけ横を見ると、広人は前を見つめて何かを真剣に考えているような眼差しをしている。そして、広人が先に口を開いた。
「それって途中で変わることとかあるの?」
「もし死ぬ予定だったのが死ななくなったら、文字が消える」
「今まで誰かいたの?」
「……まあね」
それがクラスメートの西園寺さんだなんて絶対に言えない。
それから少しして、彼は追加の一言を放った。
「じゃあさ、一人だけ知りたい人がいるんだ」
「誰?」
「……お母さん」
死んでほしくないの?、そう聞こうとしたが、その前に彼はまた質問をしてきた。
「写真じゃ無理なの?」
「スマホの写真とかテレビとかじゃ無理。実際に目の前にいないと分からない」
そうなんだ、と言って彼はしばらく考えていた。そのしばらくの間の沈黙がなぜかとても長く感じられた。そしてようやく彼は、その考えていた内容を僕に話した。
「じゃあ今日お母さんと待ち合わせしてるからさ、そのときに知らない人のふりしてこっそり見てくれない?」
「えーめんどくさい」
「……三千円でどう?」
「やるわ」僕は即答した。
「……そんなに払ってまで見てほしいの?」
「……まあ一応、お守りみたいな感じ?」
彼はあまり能力のことを信じていない様子だった。「お守り」ということは、母に長生きしてほしいんだろう。母が嫌いな人以外、誰だってそうだ。
午後五時。
歯医者で見せるための保険証を忘れたから母に届けてもらうらしい。広人の家は僕の家と近い。なので彼が通う歯医者も僕の家の近くだ。僕はそこには通っていないが。
僕が歯医者の近くで待って、彼の母親が来たときに目の前を通って「死の日付」を確認する。そしてその日付をラインで伝える。ただそれだけの作業で三千円がもらえるならいい仕事だ。
十分ほど待っているとどうやら彼の母が来たらしい。彼に一人の女性が話しかけた。確かに見覚えがある。小学校と中学校の授業参観のときに見かけたことがある気がする。そのときはふくよかな体型だったが、今はそのときよりも少し痩せている。僕は間に合うように早歩きで近くまで行った。そして通りすがりに彼女の顔を見ることができた。
日付は、二十五年後だった。
どうやって伝えればいいのだろう。実際、彼が僕の能力が正しいという証明ができるわけではないし、途中で変わってしまったと言えば辻褄は合う。今までに、誰かに死の日付を伝えたことがない。西園寺さんのときはうまいこと死なせずに済んだが、今回もそうなるとは限らない。伝えてしまうことで、もしかしたら未来を変えてしまうのかもしれない。
僕は家へと帰りながら、LINEで「お母さん、長生きするよ」と送った。そうするとすぐ既読がついて、「ありがとう」と五文字だけ送られてきた。そして立て続けに「安心したよ」「まあ信じてないけどね」と送られてきた。
次の日、彼に能力のことは嘘だと伝えた。自分はそんな能力は持っていない、と。やはり自分の能力は隠しておきたかった。彼のことは信頼しているが、だからこそ隠しておきたい気持ちがあった。
すると彼は特に怒る様子もなく面白がっていた。
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