何気ない日々

 僕の住んでいる町は少し標高が高い土地であり、それに比べて、その隣町である海岸沿いの町は、ほとんどの範囲が標高0mである。僕の町には、隣町の風景と海を一望できる高台のような場所がある。崖のようになっているので、柵によって仕切られている。その近くにある広い坂をずっと下っていけば隣町に行くことができる。もちろん他にも行き方はあるが、それが一番使われているルートだと思う。

 僕はその高台からの景色が好きだった。その景色を見ているときは、他の人とも見ている景色は同じである。人の姿は見えたとしてもものすごく小さなものである。したがって、僕の能力を自覚させる要素が一つもないのだ。

 僕の住んでいる町とその隣町では、いろいろな面でずいぶんと差がある。まず、僕の住んでいる町の方がかなり栄えていた。隣町はいかにも田舎ぽい風景であったが、彼の住んでいる町は都会っぽいものがいっぱいあった。なので、隣町にわざわざいくことはそんなになかった。隣町の人々からしたら、僕の町は憧れの存在であるらしい。


「私のお父さん、隣町の町長をやっているんだ」

 帰り道に、そんな話を西園寺さんが突然してきた。

「確か、隣町の町長ってすごい評判いいんだよね。おばあちゃんが言ってた」

 僕の祖母は隣町に住んでいる。だから町長の話は何度か聞いたことがある。

 しかし、彼女は突然悲しげな顔をした。

「私のお父さんはさ、頭が良くて、真面目で優しくて、本当になんでもできるような人でさ。学生時代から積極的に生徒会とかにも立候補するような人だったらしいの。それに比べて私は、何もできなくてさ。学級委員に立候補しようとしたけど、勇気がなくてできなかったし。こんなんじゃダメだよね」

 僕からしたらまるでついていけない話だった。次元が違う。励まそうにも上手いことが言える気がしなかった。でも、一つだけ彼女の弱点を知れた。彼女は自分に自信がないらしい。僕が人に指摘できることじゃないけれど。そして何より、彼女が僕にそのような悩みを打ち明けてくれることが嬉しかった。

「部活とか決めてるの?」彼女は、突然話題を切り替えた。暗い話はあまりしたくないのだろうか。

「入らないよ」と僕は即答した。

 彼女はそれを聞いても驚きはしていない。おそらく僕からそんな気配を感じ取ったのだろう。

「中学校の時とかどこにも入ってなかったの?」

「うん」

「私は吹奏楽部に入ろうと思ってるよ。中学の頃から楽器やってたから」

 僕は体験入部にすらどこにも行っていなかった。部活には入らないことをはじめから決めていたからだ。大学受験とかの心配をしているわけではなく、ただどこにも入りたい部活がなかったのだ。それでも、目を輝かせている彼女を見て少し明るい気持ちになった。彼女の目だけはじっくりと見つめられるようになったことを改めて実感した。

 そんなことを考えている間に、彼女は変なことを言い出した。

「志乃くんってぬいぐるみ好きなんだね」

「え、なんで知ってるの?」

 僕は咄嗟に答えてしまった。この反応は自分がぬいぐるみが好きだということをバラしてしまうとは知らずに。

「とある人から教えてもらったんだ」

 僕がぬいぐるみが大好きなことを知ってる人なんて相当限られてくる。今まで家に友人を呼んだのは二、三人である。

「……なんとなく想像はついたよ」

「誰だかわかるの?」

「……広人でしょ」

「正解! この前聞いたんだ」

 彼女は広人ともよく話してる。席が近いからだ。

「ところでぬいぐるみってどんなのが好きなの?」

「……その話は別にいいでしょ」

「えー、言えないの?」

「普通に、うさぎとかくまとか、動物のやつだよ」

「うさぎ、私も好きだよ」

 彼女のキーホルダーがうさぎだったのを思い出した。あの日のことを鮮明に覚えている。彼女はそのキーホルダーを僕に見せつけてきた。ニヤニヤと、僕を揶揄うような顔をしている。

「家にぬいぐるみいっぱいあるんでしょ?」

「……そんなにないよ」

「部屋に30個以上は確実にあるって聞いたんだけどなあ。小さいのからものすごく大きいのまで」

 広人は僕が想像していたよりも多くの情報を話しているようだった。

「ぬいぐるみを抱きしめながらじゃないと眠れないんでしょ?」

 僕はもう今すぐにでも走って逃げ出したかった。

「あれ、否定しないんだ? これは私の勝手な想像だったんだけど」

 僕はもう、本当に、今すぐにでも死にたいくらい恥ずかしかった。

「あ、あいつだってヒーローオタクだよ」僕は恥ずかしさを紛らわすように言った。広人に対して反撃したかったのだ。

「うん知ってるよ」

「なんで?」

「自分から言ってた」

「……すごいな」

 広人は僕とは違い、自分の趣味を他人にひけらかすのを恥ずかしがらないタイプだということを忘れていた。

「でも、志乃くんと小森くんって似てるよね」

「どこが?」

「えーっと、最初は人見知りだけど、仲良くなるとすごい面白いところとか、あとは、ゲームとかアニメが好きなところとか」

 自分のどこに面白い要素があるのかは分からなかったが、広人と僕が似たもの同士なのは確かだ。

「……そうだね」

 僕は気の抜けた返事をした。


 3日後。

 いつも広人は遅刻ギリギリの時間に教室に来る。なので登校する時間が同じになることは基本的にはないのだが、今日はめずらしく早く家を出たらしい。登校中に会って、おはようと挨拶をした。いつもはゲームとかの話で盛り上がるのだが、僕から話す内容が思いつかなくなってしまった。彼も同様らしい。

「ヒーローとスーパーヒーローの違いってなんだと思う?」

 彼はいきなり変な質問をしてきた。ヒーローの話題になるのはあのとき以来だ。ヒーローに関しては、僕は彼ほど好きではない。

「スーパーヒーローのほうが強いんじゃない?」

 僕はたいして真剣ではない返事をした。

「そっちのほうが強そうだよねー、わかるわ」

「逆に何だと思うの?」

「……うーん、スーパーヒーローのほうが、カッコいい」

 自ら質問をしてきたわりには、答えはものすごく単純なものだった。


 その日の夜、僕は家で課題をやっていた。数学の問題集を解いていた。明日授業内で小テストをやるらしいのだ。とはいってもまだ最初のほうは全く難しくない。おそらくもうしばらくしたら難しくなるのだが、数学は得意なほうなので自信はある。

「ヒーロとスーパーヒーローの違いってなんだと思う?」 

 広人がしてきたこの質問。僕はやけにその二つの違いがなんなのか気になった。たいして知りたくもないが、知らないともやもやする。スマホを手にとって調べはじめた。勉強中はスマホはなるべく見ないようにしているのだが、今回ばかりは許してほしい。

 しかし、調べてみると、そもそもヒーローの定義自体、さまざまなものがある。「英雄」だとか、「華々しく活躍した人」だとか、「人々の崇拝の対象となる人物」だとか、どれもまるで自分と正反対の言葉のように思えた。

 スーパーヒーローは、超人的な能力や高度な技術を持ったヒーローのことを言うらしい。おそらくスーパーヒーローはアニメや漫画の世界だけの存在なんだろう。それに対してヒーローなら、おそらく現実の誰でもなることができるだろう。変な能力を持っている僕は、ひょっとしたらスーパーヒーローになれるのかもしれない。こないだ、西園寺さんを助けたときの僕は、スーパーヒーローだったのだろうか。しかし、ヒーローはあんなにかっこ悪い助け方をするのだろうか。

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