自己紹介
僕が入学した高校は、第一志望ではなかった。しかし、そもそも学校に行くこと自体が嫌いなので、第一志望という概念自体がおかしいのではないかといつも考えていた。学校は少なからず僕の居場所ではない。居心地がいいと感じたことはおそらく一度もないだろう。必ず、何人かは僕の敵がいる。僕が勝手に敵だと思い込んでいるだけかもしれないが。もし僕が、人との関わりがもう少し上手にできる人間だったら、そうは感じないのだろうか。
高校の初日。慣れない新しい制服への違和感。新しい出会いへの恐怖。そんなことを感じながら、前の黒板に掲示されている出席番号と座席を確認した。苗字が志乃なので出席番号では前半のほうだ。席は縦六列、横六列で、僕の席は廊下から一列目の一番後ろの席だった。学校の椅子の座り心地は大嫌いだった。いつも自分を疎外しているような感じがする。
座ってしばらくすると、すでに左隣に座っていた隣の席の女子が話しかけてきた。彼女は黒髪ショートボブで、体型は細身な方だ。
「はじめまして」と彼女から先に挨拶をしてきた。
「……はじめまして」
おとなしい僕でも、少し間が開くが挨拶ぐらいは返せる。人に話しかけられた直後は、つい顔を見てしまうが、その都度、僕はすぐさま目をそらす。ギリギリ相手と目が合わない。今回も同様だ。つまり、彼女がいつ死ぬかわかってしまった。彼女がいつ死ぬかは興味がない。ただ、自分の異常な能力を自覚させられるのが嫌なのだ。だから顔から目をそらす。そんな僕とは対照的に、彼女は目線を僕に集中させている。
「今日はまだ寒いね」
「……そうだね」
多分彼女との会話はこれで最後だろう。僕は自分からは話しかけない。そんな奴と仲良くしてくれるほど、周りの人は優しくない。彼女もきっとそうだろう。
次の日の国語の時間。国語という教科はあんまり好きではなかった。読書は好きだが、それを点数化されるのが嫌だった。登場人物の心情把握が大嫌いだからだ。いつも間違った答えを自信を持って回答してしまう。そのときはいつも、まるで自分の性格そのものを否定されているような気になってしまう。
とはいっても、最初の国語の授業は近くの席の人と自己紹介をするという内容だった。人見知りな僕にとっては最悪な内容だ。
最初は前後の席の人とだった。僕の場合は男子とだった。前の席の男子は、実は小学校のときからの友達だ。小森広人。髪型は七三分けで、髪は僕より少し長めだ。身長はおそらく自分と同じくらい。小一から中二までずっと同じクラスだったが、中三は別のクラスになりあまり話していなかった。
「なんかもう知り尽くしてるから、質問とかないよね」
広人がこちらのほうを向いて言う。彼とは目を合わせられる。そもそも小さな頃は何も気にせずに「死の日付」を見ていたし、彼がいつ死ぬかは今でも覚えているくらいだ。
昔のことを思い出す。彼もわりとおとなしい性格だった。そして、性格も僕に似ている。アニメとゲームが大好きだったり、共通点が多い。だから仲良くなれたんだと思う。
ただ、彼はものすごく「ヒーロー」が好きらしい。そこだけは、僕とは比べ物にならない。自分も小さい頃は、ヒーローが悪役を倒すアニメを見て目を輝かせたものだ。今はそういうアニメはあまり見ていないが、そういうものに憧れるのは理解できる。しかし、彼ほど熱狂的ではない。
「誰かにとって救いになるようなヒーロー。カッコいいなあって思うんだ」「現実でも空が飛べたり、いろんな超能力が使えたらいいのにな」「ヒーローになりたいな」
小学三年くらいの時に、彼がそんなことを言っていたのを思い出す。彼は目をまるで宝石のように輝かせていた。実際、僕は人の死が分かるわけだが、その能力を何の役にも立てていない。彼だったら、この能力を思う存分役立ててくれるのではないかと思う。しかし、小学生の時は、まだ能力の正体が何か分かっていなかったので、そんなことは思っていなかった。そもそも、彼には能力のことは話していない。
「……ヒーローとか、まだ好きなの?」
「もちろん、ヒーローもののアニメとか同じやつ何度も見返しちゃうよ。セリフも覚えてるくらい」
彼は目を輝かせて言う。一年経っても、彼は変わっていないようで安心した。まあ僕も、この一年で特に変わったことはない。
二度目は隣の席の人とだった。隣の席の人は、僕にはじめましてと挨拶をしてくれた彼女だ。そういえば、名前すら気にしていなかった。
「はじめまして、名前は西園寺彩未っていいます。よろしくね」
「……よろしくお願いします」
西園寺ってカッコいい苗字だなあ、なんて思っていたせいで、自分の名前を名乗るのを忘れてしまった。名乗ろうとした瞬間、彼女は話し始めた。
「何から話そうかなあ……、えーっと趣味は読書とかかなあ。志乃くんは?」
「……ゲームとか……です」
僕は彼女の半分くらいの声の大きさで話した。
「ふふっ、いいよもう敬語使わなくて」
「はい、わかりました」
「敬語使ってるじゃん。まあいいや。どんなゲームやるの?」
「……任天堂のゲームが多いかな」
仕方なく、慣れないタメ口で話した。
「私もやるよ! 趣味が合いそうだね。音楽とかは聴く?」
「……あんまり聴かない」
本当は聴くが、好きな曲とかバンドとかを聞かれても答えたくないから嘘をついた。
結局僕からは一切質問をしようとせずに、彼女が何か質問を考えている間に、先生に残り三十秒だと告げられた。
「もうそんな時間か。しばらくは隣の席だろうから、よろしくね」
「……うん」
この会話は、一度も彼女と目を合わせずに終わることができた。そんな僕のことを彼女はどう思っているのかは心が読めるわけではないのでわからない。別にわかりたくもない。
学校からの帰り道。電車で通学をしているので、学校の最寄り駅まで約8分の道のりを歩く。まだこの帰り道は同じ制服を着た生徒が大勢いるため、学校という組織に縛り付けられているという意識は消えることはない。
僕は一人で帰っていた。しかし、まだ四月の最初なので一人で帰っている生徒のほうが多いように見える。広人は学校の近くで寄り道したい場所があるらしい。なので校門ですでに彼とは別れている。
早く帰りたかったので、いつもより少し早めに歩いていると、十メートルぐらい前に例の彼女がいることに気がついた。追い抜かすかそのまま後ろを歩いているか迷ったが、とりあえずそのまま後ろを歩いた。彼女は歩くのがいつもの僕より少し遅かったので、ゆっくりと歩かざるを得なくなった。駅までの道のりは10分くらいになってしまいそうだ。
そのまましばらく歩いていると、彼女のバックから何かが落ちた。おそらく、彼女のバックに着いているキーホルダーだ。落ちたときの音はほんのわずかなものだったので、彼女は気づかずに歩き続けている。
僕の後ろにはちょうど誰もいない。
どうしようか迷ったが、仕方なく僕はそのキーホルダーを拾った。うさぎのシルエットの金色のキーホルダー。僕は小走りで彼女に近づく。そして恐る恐る彼女の肩に手を置く。すぐに彼女が振り向いたのと同時に、「これ、落としたよ」と伝えた。
「ありがとう」と彼女は言った。
僕たちはまた歩きはじめた。僕はそのまま彼女よりも早く歩こうとしたが「どこらへん住んでるの?」と質問をされた。
二駅隣のところ、と僕は彼女ではなく前を向いて答えた。しかし、彼女は僕のほうを見つめている。
「近いね! 私はその一つ先の駅だけどね」
「誕生日いつ?」
「……5月」
「好きな教科とかある?」
「……数学かな」
「すごいな、私、数学全然できないんだよな。今度教えてもらおうかなー。逆に嫌いなのは?」
「……国語とか……かな」
「国語かあ。私は国語好きだけど……」
彼女が次の質問をしようとしていたが、僕はそれを聞こうとはせず歩みを早めた。
ちょっと待ってよ、と言われたが僕は無視をした。そして、何も言わずに歩き続けた。彼女は僕を追いかけようとはしなかった。だが、それでいい。
彼女とは絶対に仲良くなりたくなかったんだ。そのほうが、自分のためだ。
なぜなら、彼女は今日、死ぬのだから。
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