第3話 揺れる



 突発的に仕事を休む作業者が増えた。事前休暇が通らないならばと思い、強行突破しているのだろう。

 そんなことをするから、ますます事前休暇の許可が遠のくとは考えないのだろうか。作業者の責任感のなさと幼稚な考えにうんざりとする。


 今日は三人も休暇者がいる。梱包こんぽうエリアのスキルを持っているのはあいちゃんだけだった。


「愛ちゃん、今日は梱包エリアお願い」


 いつも通り「はい」と返事が来ると思っていたら違った。愛ちゃんは困惑した顔で私を見つめる。


「あの……今日の機種、まだやったことないんですけど……」


「は? できないの?」


 私は気持ちが表情に出ていた。自分でも分かる、顔が怒りで歪んでいるのを。同時に、休暇対応が仕事なのにできない愛ちゃんを責めたい気持ちを感じていた。

 けれどもここで、感情のままに発言してはいけない。パワハラだと言われてしまう。私はこらえた。


「じゃあとりあえず、マニュアルを読みながらでもいいから、やってくれる? 分からなかったら聞いてちょうだい」


「はい……」


 愛ちゃんは私から目をそらしていた。


 体調不良だと言い、急に休んだ長井ながいさん。それは嘘で、パチンコに行っているという噂も出ている。

 休暇対応の愛ちゃんは、ほとんどのスキルを習熟している。しかしまだ出来ないエリアもある。いている時間で自主的に勉強をしていなかったのか。

 嘘をついて休む長井さんが悪いのか、スキル習熟が不十分な愛ちゃんに腹が立つのか。


「美雪ちゃん、急だけど明日休みがほしいの」


 作業者の橋本はしもとさんに声を掛けられる。また休みか。休むことしか考えていないのか。

 橋本さんは、水木さんほどではないが休みが多い。親御さんの体調が優れないらしく、よく休んでいる。

 しかし……明日? 病院に行くのだとしたらもっと前に分かるはずだし、急病なら今すぐ帰るはずだ。

 明日は事前休暇者がいない。本当は愛ちゃんのスキル教育を行いたかったけれど、しかたがない。


「分かりました。でも、本当に急ですね。事情があるのかもしれませんけれどもこちらも仕事なので、もう少し考えてもらえると助かります」


 私はなるべく穏やかに言った。橋本さんは小声ですみませんと言い、頭を下げて立ち去った。

 ため息が出る。休暇者が三人もいて、休暇対応者は慣れていない仕事をするのでラインの稼働率が悪い。今日の生産計画数は達成できないだろう。


 今日は特に疲れた。計画未達成の理由を課長に報告しなくてはならない。休暇者が多かったと正直に言った。


「上野さんがチーフ代理になってから、休む人が増えたね。なんかあったの?」


 課長に真正面から言われた。増えたというより、元々休む人が多いだけだ。それなのにまるで私が原因かのような言い方だ。



 今日の夕飯はカレーライスだった。にんじんとじゃがいもが大きめにカットされた昔風のカレーライス。

 私はカレーにじゃがいもが入っているのは好きではなかった。肉じゃがのように味が染みているならまだしも、中身が白くて味がしなくて熱いだけのじゃがいもになんの意味があるのだろうか。

 にんじんも同じだった。入れるなら、小さめにカットしてほしいところだ。言えないけれども。

 福神漬けが赤いのも好まない。着色料たっぷりの赤い福神漬けをどうしてかけるのか。無着色と書いてあるオレンジ色の福神漬けは甘くておいしいのに。


 副菜は、いんげんと糸こんの炒め物だった。炒め物自体はおいしいのだが、カレーライスにはサラダであってほしかった。なぜかおみおつけまである。

 カレーライスにおみおつけ、お互いのよさを殺し合っている気がした。


 仕事も夕飯も疲れた。今日のポスト確認は特別にわくわくしよう。そう思い玄関のドアを開ける。ドアの左側にポストが設置してある。

 いつものようにポストに目線を持っていこうとして、違和感を覚える。


 軒下に、なにかがぶら下がっていた。風が吹いていて、それは揺れている。

 空も薄暗くなっている。なんだろう、止まらないと正体が分からない。

 揺れる速度が遅くなってきた。だんだん物体の輪郭が見えてきた。止まらないでほしいと思った。見間違いであってほしかった。このまま見ていたくない。けれども確認しないと気がすまない思いも同時にあった。


「なに……やめて……」


 私は呟く。口元を覆う手が恐怖で震えてきた。

 揺れる速度が、ほぼゼロになった。人間の手首だった。

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る