第6話「共同戦線」
「あいつじゃねえか?あの噂の」
「あいつ?そんな強そうに見えないけどな」
「ねぇ見て、あの人よ。帝国の1000体の機械兵を一人で倒したんだって!」
「きゃー、話しかけてみようかな?」
半年前の帝国の進撃を未然に防いだあの戦いから、俺は一躍有名になっていた。
噂に尾ひれがついて、いつの間にか俺は一騎当千の兵≪つわもの≫になっていたり、あの時の全身を光に包まれ強化された姿を見て、俺を魔女の眷属だとか魔族の刺客だの言い出す奴までいる。
まあ悪い噂の出処は大体Aクラスだろう。
Aクラスの男衆には疎まれ、他のクラスには羨望の眼差しを向けられ、女達からは毎日デートのお誘いか、そうでなくとも周りに付きまとわれ、昼飯を静かに食うことすら叶わん。
そしてその中でも特に俺の活躍を快く思わないのが――
「おい、平民!貴様俺と決闘しろ!!」
ほらきたロイク様だ。半年前は若干デレた癖に、最近はまたこんな調子だ。
今日も取り巻きを引き連れ、鼻息荒く突っかかってきやがった。しかし困ったな、こいつは性格はしょうもないボンボンだが、実力は本物なのだ。
単純な剣技なら俺より上、先生から教わった戦闘の技術はいくらかあるが、ロイクの剣技に魔術まで組み合されたら、俺では正直勝てる見込みは少ない。
オークとの戦いのときもこいつがビビってなきゃ難なく勝てただろう。座学も学年で5本の指に入るほどの秀才で、顔も良い。ほんと黙ってれば学院の貴公子と言ってもいいだろうに、いろいろと残念な奴なのだ。
「なんだお前ら、喧嘩するなら学院の外でやれ。体力が有り余っているなら俺と組み手でもするか?2人がかりでもいいぜ。なあ、秀才ロイク君と英雄ルシウス君」
横から現れたのは学院の筆頭教官、アレク・ジークマイヤー殿だ。フィリアに聞いたところによると、彼もここザーラント出身の上級騎士である。
しかし彼は平民出身だ。小さな村の衛士の息子として生まれたが武芸に秀で、たまたまその村に視察に来ていた現在の王宮騎士団長の目に留まり、彼の推薦でザーラントに入学した。
座学は基本苦手だったが兵法学に秀で、さらにその武芸の才は他の追随を許さず、在学中も数々の逸話を残し、歴代最強の学院生とまで言われた。
卒業後はもちろん上級騎士となり、王宮騎士とは別に組織される王直属の特殊騎士団、通称王の牙を率いて王国に仇す者たちを仕留めてきた。同じく王直属の隠密部隊、王の眼と組めば、その数たった400で3000を超す王宮騎士団総がかりでも互角の勝負になるともいわれている。
まぁアレク教官は王宮騎士団長を師と仰ぎ、フィリアの父である副騎士団長とは断金の交わりを結んでいるような仲で、フィリアにもおじ様と慕われている。まず矛を交えることはないだろう。
しかし彼の活躍で国境が変わったとまで言われる男だ。当然次期王国騎士団長候補とも言われていたのに、なぜ学院で教官をしているのだろうか。
「これはこれは教官殿、喧嘩なんてとんでもない。私は分をわきまえない平民に釘を刺していただけですよ」
取り繕うロイクだったが声が震えている。それもそのはず。ロイクはよくアレク教官のしごきを受けている。何も平民出身の教官が、貴族が気に入らなくていたぶっているわけではない。
アレク教官はいち早くロイクの才能に気付き、能力を伸ばそうとしているのだ。そのためにも更生させようとあの手この手を尽くしているが、根っからのボンボンのロイクには響かないようだ。
「俺も平民だがな……。まあなんだっていいが今度の対抗戦に備えてよく訓練しとけよ。やりあうならその時にしろ。せっかくの晴れ舞台の前に怪我したら白けちまう。気に入らねえことがあるならそこでぶっとばしゃあいいんだよ。もちろん殺しはなしだがな」
対抗戦。それは半年後に開催されるこのザーラントで2年生と3年生が出場するチーム戦の大会のことだ。2年と3年合同でAクラス、BクラスとCクラスで三つ巴で戦闘を行ない、全滅するか自陣の旗を敵陣に持ち帰られると負け。殺しはなし。最後まで生き残ったクラスが優勝というシンプルなルールだ。
だが例年優秀なメンバーが集まるAクラスの優勝が決まっているようなものだ。これまでBCクラスが優勝したことはない。しかし負けが決まっているようなものとはいえ、悲観することはない。なぜなら対抗戦での戦績は卒業後の進路に大きく関わる。
なぜなら大会期間中は王国のお偉いさんたちもわざわざ観戦しに来るのだ。ある者は自身の私設騎士団への勧誘、またある者は王宮騎士団へのスカウトなど目的は様々だ。
B、Cクラスでも活躍次第では、卒業後に上級騎士になれるという話だ。
「ふん、いいでしょう。実力の差を見せてやりますよ。衆目の前でこいつの化けの皮を剥がしてやる」
そういうとロイクは去っていった。
「ルシウス、同じ平民出身のよしみでアドバイスだ。ロイクのやつ、あいつは化けるぞ。お前も妙な力を持っているようだが、強すぎる力に胡坐をかいてうかうかしていると、あっという間に追いていかれるぞ」
「別に構いません。あいつが優秀なのは分かっていますし、俺だって自分が優れているなんて自惚れちゃいません。もちろん上級騎士は目指しますけど」
「そうか、だがお前だってこれから王国の騎士としてきっと活躍していくだろうよ。俺が言えたことじゃねぇが、あいつとうまくやってくれるといいがな。最近の帝国の不穏な動き、貴族だの平民だの、中でごたごたやってるうちに国がなくなっちまうぞ」
「はあ、善処します」
「分かりゃいいんだ。ま、がんばれよ」
俺の肩を叩くとアレク教官も立ち去って行った。結構痛い。
ふぅ、朝から忙しいこった。とっととランス達のところに向かおう。2年生になった今、今度の対抗戦について何も考えていないわけがない。既に同じBクラスのランス、メリィ、リラには小隊参加を頼んである。
そして3年生のルーテル先輩に小隊に加わってもらえないか交渉に行くところであった。
ルーテル先輩は決して3年生のトップ層ではないが、その堅実な指揮能力で作戦における成功率・生存率が圧倒的だ。それに初めての実地訓練以来、何かと目をかけてくれている。
「もちろんいいよ」
声をかけると、二つ返事で引き受けてもらえた。これで俺たちの小隊は揃った。
俺の能力に必要な能力強化魔術≪エンハンス≫を使えるのがルーテル先輩しかいないから少し不安が残るな。それでもこのメンバーならきっと好成績を残せるだろう。しかし最後の一人はどうしようか。
「それならいい人がいるよ」
ルーテル先輩に連れられ、3年生の寮へ向かう。このまま行くと女子寮に着かないか?
ベルを鳴らすと中から女子寮の寮母が出てきた。
「逢引きなら敷地の外でやってくれないかね」
寮母がイライラした様子だ。するとルーテル先輩が続けた。
「いえ、そんなんじゃなくて、半年後の対抗戦のことで約束があって。アレットを呼んでくれませんか?」
寮母が中に引っ込みどこかに電話をかける。おそらくアレットさんとやらの個室に掛けているのだろう。
「少し待ってな。支度したら来るってさ」
寮のエントランスで10分ほど待っていると、奥から容姿端麗の女性が現れた。
「いや、すまない。約束を忘れていたわけではないのだが、少し準備に手間取ってな」
「構わないよ。今朝急に声を掛けたからね。」
先輩によると、俺達に声を掛けられることを見越して、先に普段よく一緒に任務に赴くアレット先輩に声を掛けておいてくれたそうだ。さすがルーテル先輩。抜かりがない。
「じゃあ早速だけど、行こうか」
それからの俺たちは、実地訓練とは別に、魔物狩りに勤しんだ。
学院の許可を得れば、周辺の村々から依頼を受け、魔物狩りを行えるからだ。
俺達が特に集中して依頼を受けたのは、集団戦を得意とするゴブリン、オーク、リザードマンの集団である。いかなる状況にも対応できるようにあらゆる地形の拠点を攻め、俺も能力強化なしで戦うことでチームとしても個としても基礎能力の向上を目指した。
そして3か月ほど本来の学業の傍らで魔物狩りを続け、小隊としての練度もなかなかになってきた。そこで俺たちは修行の成果を確認するため、最近力をつけてきているという魔物達の巣食う地下ダンジョンへ向かった。
ここには知恵をつけたゴブリンの王、ゴブリンロードを筆頭に、オークなど複数の魔物が一大コミュニティを作り一つの要塞になっているらしい。
本来ならこの規模であれば騎士団の出番だが、帝国との小競り合いが頻発している昨今、主戦力を割く余裕がないのだ。しかし近くの村が襲われている現状も放っておけないし、自分達の腕試しにもうってつけだ。そこで学院から別の小隊との連携作戦ならばと了承をもらい今に至るのである。
「他所の小隊ってのは一体どこだ?」
「これだけの規模の魔族たちに二小隊だけでの討伐が認められたということはそれなりの手練れの集まりでしょうか。少なくともAクラスでしょうね」
ランスとルーテル先輩が辺りを見渡すと遠くに人影が見えた。
先頭を歩くあの気取った金髪とその後ろの2人、なんだか見覚えがあるぞ……。
「む、共に戦う小隊というのは貴様らのことだったのか」
先頭を歩いていたのはやはりロイクだった。マジか、こいつらとはつくづく縁があるな。
敵は統率の取れた軍勢だ。事前にリラが斥候に向かった時は守りが固すぎて中の全容は掴めなかったそうだ。そこまでに見かけた魔物だけでも300。少なく見積もっても全体で500近くいるだろう。
「せいぜい足を引っ張らないことだ」
そう吐き捨てると、ロイク達は足早にダンジョンの入り口に向かっていく。なんだか今日はやけに大人しいな。
「聞いたところによると、最近彼は魔物狩りで武勲を挙げ、めきめきと力をつけているらしいよ。僕達も頑張らないといけないね」
そうか。あいつなりに対抗戦に向けて頑張っているんだな。
ムカつく物言いは相変わらずだが、協力してくれるのであれば貴重な戦力だ。
大人しく共同戦線を張らせてもらうとするか。
俺たちもロイク達に続いて地下ダンジョンへ潜ることにした。
ダンジョンに入る瞬間、背後で視線を感じた気がするが、振り向いても誰もいなかった。
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