第5話「蒸気と魔術と鉄の兵」

初めての実地訓練から数か月後、俺達1年生はザーラントから遠く離れたザナリアル帝国との国境付近の野営地にいた。


帝国とはここ数十年に渡って小競り合いが続いている。ザーラントではやがて訪れるであろう帝国との決戦に備え、学生のうちから戦場の空気を感じられるように現地で訓練を行う。

相手は知能の乏しい魔物ではなく正真正銘の人間だ。


さすがに初っ端から最前線ではなく、少し離れたところにある補給基地の護衛と、防衛ラインをすり抜けてきた帝国の斥候との小競り合いが主な任務となる。


何年も膠着状態にある前線が抜かれることはないと思うが、万が一そんな事態に陥れば、兵站の要であるここは真っ先に攻められるだろう。そうなればただでは済むまい。

適度な緊張感のなか、ここで半年を過ごして生き延びなければならない。


今回は全クラスを動員した合同訓練である。ザーラントには全校で540人の生徒が在籍している。

1学年あたり3クラス合わせて180人。その中で配属先はランダムに組まれるが、AクラスやCクラスの連中と混ぜこぜのチームになる。


「おーいルシウスー!」


荷物を抱えながら器用に片手で手を振っているのはフィリアだ。


「フィリアもここに配属されたんだな」


「そうなの。私たちCクラスは主に陣地の維持と輸送を任されているの。あ、もちろん本職の騎士たちに比べたら大したことはないけど。ルシウス達は確かAクラスと一緒に斥候に出てるのよね」


「そうそう、帝国の奴らとも何回かやりあったよ。それに屍肉や死体の装備目当てに魔物共もうじゃうじゃ湧いてきやがる。面倒な話だ。それにもう一つの悩みの種が――」


「よお、平民」


来やがった、ロイクだ。


「お前てっきりこの前の出撃で死んだかと思ったぜ。数十人規模の帝国兵に、オーク率いる狂暴化したゴブリンの群れ。このロイク・ドット様がいなければ本職がいるとはいえ、1年は壊滅していたな」


「「さすがの活躍でしたロイク様!」」


取り巻き共もすかさずヨイショをする。実際はロイクの言っていることは嘘だ。

確かに帝国兵との戦闘では学院生も本職に負けないくらいの活躍はした。しかしその後に現れたオークに小隊長が瞬殺され、隊列は瓦解。わずかに残った騎士数名と、俺を含む逃げ出さなかった学院生と、足が竦んで動けなかったロイクが、命からがらオークと手下のゴブリンを撃退したというのが真実だ。


真っ先に逃げ出した取り巻きはロイクの醜態を見ていないからな。仕える先は考えたほうがいいぞ。いや、主を置いて逃げたこいつらも大概か。


「あ、ああ確かによく頑張ったな“俺達”」


「ふん、ガタガタ震えていただけの分際で。まあいい、せいぜい足を引っ張るなよ」


カチンときたがフィリアや取り巻きの前で真実を告げるのも酷だ。ここはグッと堪えてやろう。

男の情けだ。するとロイクは満足そうにその場を去っていった。


「ロイクはああいってるけど、ほんとは大したことなかったんでしょ?」


さすがは幼馴染。すべてお見通しか。


「うん、まあそういうこと」


それから三日後の夜、事件は起こった。


カンカンカンカン!!!


「敵襲ー!!敵襲ー!!」


鐘の音と共に見張りが帝国の襲撃を告げる。そんな馬鹿な、最前線には両国ともに数千規模で部隊が展開していて、何年も睨み合ってきたんだぞ?そう簡単に突破できるものではない。


「ガキども!守備隊はガキのお守りをしている暇はない!教本に則って最低限の陣形を組み、奴らに対抗しろ!自分達の身は自分で守れ!」


そんな無茶な。だがやるしかない。


教本には確か6人小隊を最小単位として、それを連結して部隊を形成するようにとあったはずだ。いつも教練で組んでいたランスとメリィは別の戦地にいる。少しでも連携が取れるチームとなると、同じく見知った相手であるリラと、あとは……


「なんだこいつら!どこから来たんだ!」


辺りを見渡すと奮闘するロイクと取り巻きの姿があった。

仕方ない、奴らとは何度か組んだことがある。その時は魔物相手だったが、経験がないよりはましだろう。


「おい、ロイク。ここは協力するしかない!いつもの面倒なのは一旦やめてくれ!」


「面倒だとっ!ちっ、仕方あるまい。ここは平民と組んでやるか。俺の活躍をよく見ておけ。やるぞお前ら!」


「「はい!」」


オークのときは散々だったが、さっきまでの戦いぶりと連携力を見ると、こいつら意外といいチームになりそうだな……。


よし、あとはフィリアと、さっき一緒に荷物を運んでいた女の子に声をかけよう。


「わ、わたしジュナって言います!ぜひ一緒に戦わせてください!」


よしこれで人数はそろった。ほかの小隊と連携を組み、帝国兵を押し返すぞ!と意気込んだのも束の間、轟音と共に味方が数名吹き飛ばされてきた。


「な、なんだあいつら……」


全員が息を飲む。煙の中から現れたのは、蒸気を吹き出しながら怪しい光を放つ二本足の機械。その上には帝国兵が乗っている。単純な元素系魔法を連射しながら進み、歩きながら王国騎士をなぎ倒す。為す術もなくやられていく王国騎士達。どうすれば打開できる?


「「「ブレイズ!!!」」」


攻めあぐねていると、掛け声とともに突如10数本の火炎の渦が機械兵へと飛んで行った。俺達の背後から現れたのは、王国の魔術騎士団だ。彼らはザーラント生とホルスト生の中でも特に魔術と剣術に秀でた優秀な人材を集めて結成された特殊騎士団である。彼らの攻撃は確かに帝国の機械兵に効いてはいるようだが、魔術の量に対してダメージがいまいちだ。しかも機械兵はどんどん湧いてくる。


なるほどこれなら前線を突破してこの補給基地を叩けるわけだ。善戦しているようだがこのままではジリ貧だ。前線からここまでは距離がある。応援が来るまで少なくとも30分はかかる。そこまで持ちこたえる余裕もないだろう。こうなればアレしかない、か。


「魔術騎士の皆さん!誰か能力強化≪エンハンス≫系か属性付与≪エンチャント≫系の魔術を使える人はいませんか?」


「全員基本的なものは一通り使えるが、それに何の意味がある?一人一人が強化したところであの数だ。結果は見えている」


「全員分をありったけ俺にかけてください!説明している暇はない!時間がないんだ。早く!」


「わ、わかった」


魔術騎士の面々が各々の持つ能力強化系魔術を俺にかける。きた。きたきたきたきた!


「うおおおおおおおお!」


たちまち俺の体は様々な色の光に包まれる。その力の奔流を刀身に集中させる。これならいける!


「属性≪エレメント≫の斬撃≪スラッシュ≫!!!」


刀身にありったけの属性魔術≪エレメント≫を付与し、強化された身体能力で魔術の斬撃を飛ばす俺のもつ究極の技だ。


前方に放たれた斬撃は、目の前の機械兵をドンドンなぎ倒す。そう、俺の魔術は自身にかけられた能力強化魔術≪エンハンス≫や属性付与魔術≪エンチャント≫を増幅する能力と、俺が触れている間、その対象の使う魔術を強化するという、完全に他力本願な代物なのである。しかもそれしかできない。


だから魔女に育てられながらもホルストには行けないのである。

この魔術のメリットは、俺の持つ無尽蔵ともいえる魔力で魔術を放つため、その威力に相手の力量を選ばない。しかしそのとんでもない力の反動もある。


ある程度の出力を超えた魔術を放つと、脳や目玉が焼けそうな感覚と全身の痛み、さらにその後3か月ほどは低出力でしか使えないというデメリットがある。まさに諸刃の剣だ。


しかしみんなの命に差し迫った危険が及んでいるこの状況で、出し惜しみはできなかった。

強化された滅茶苦茶威力の斬撃の波で機械兵をあらかた一掃したところで歓声が上がる。


「す、すごいわルシウス!あなたにこんな力があったなんて!」


「ふ、ふん、まぐれだろう」


フィリアは目を輝かせ、ロイクは脹れている。確かに自分でもすごい力だと思う。だが味方あってこその力で、自分の実力とは言えない。だからあんまり使いたくないのだ。デメリットのこともあるしな。


だが茨の魔女の時や今回のような大勢の命がかかっているときに、悠長なことは言ってられない。

力を使いたくないなら、自分自身が強くなるしかないのだ。そのためにザーラントに入った。そしてその先の目的のために……。


「皆の者、無事でよかった。追撃は魔術騎士団に任せ、守備隊と学院生たちは基地の修復を急げ!奴らがいつ戻ってくるとも限らんからな」


基地司令の号令に合わせ皆一斉に持ち場に戻る。いろいろ聞かれるのも面倒だし助かった。俺も手伝わなければ。しかし先ほどの消耗でふらついたところでロイクが俺の肩を掴んだ。


「まぐれとは言え貴様の手柄だ。後ろで休んでろ。それにここでぶっ倒れるんじゃない。作業の邪魔だ」


「うむ、貴様はよくやった。天幕で休んでいなさい。おい、そこの学生。彼を連れていけ」


素直じゃないロイクと基地司令に言われるまま、フィリアの肩を借りながら、天幕に入り、少し休むことにした。そして1か月で無事補給基地を立て直した俺達は、その後も帝国との小競り合いを続けながらも、本国からの応援と補給もあり、無事半年の任期を果たした。


やがて学院に戻った俺達は、2年目を迎えた。

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