第4話「謎の少女」

突然現れたメリィと少女の言葉に、一瞬動きが止まる。

その隙に態勢を整えたゴブリン達は、メリィ達の元へと駆けていく。


「マズい!」


慌ててゴブリン達を追う俺とリラに、少女がもう一度口を開く。


「やめて!この子たちは悪い子じゃないの!もうひどいことをしないで。お願い……」


涙ながらに訴えかける少女に、何かを感じた俺たちは剣を納める。

するとゴブリンたちもメリィ達の足元にしゃがみこんだ。


「わかったよ、メリィも無事みたいだしもう手は出さない。だから説明してくれないか」


「ぐすっ、ありがとうお兄ちゃん……」


「ルシウスさん、この子が落ち着くまで私が話しますね」


メリィの話によると少女の名前はニーニャ。この森からさらに北に行ったところにある山脈の麓の村に住んでいたらしい。

その村はここのゴブリンより身体も大きく、鎧や剣で武装をした優れた知能を持つ群れに襲われたそうだ。親兄弟を殺され、たまたま生き残ったニーニャは涙も枯れたころ、たまたまゴミ漁りをしに村にやってきたこいつらに出会って保護されたらしい。そこまで聞いたところでニーニャが口を開く。


「最初はパパたちを殺したのとおんなじ子たちかもって思って怖かったんだけど、ここに連れてこられて、あったかい毛布とおいしいご飯をくれて、いつもはげましてくれたの。そしたらだんだん元気が出てきて、みんなのなかで一番えらい子がひとのことばで話しかけてきたの!」


『しょう、ジョよ。こわく、ナイ』


『『『こわくナイ!こわくナイ!』』』


「それで教えてくれたの。村の人たちはみんな死んじゃってニーニャだけが生きてた。この子たちは一番えらい、ナジャっていう子のいうことを聞いて人間とは戦わないんだって!だから道具とかは人間が捨てたものとか、ニーニャの村みたいに人がいなくなったところからいろいろもらってるんだって」


「知能を持り人と争わない魔物か……」


俄かに信じがたいが、実際に目の当たりにしているわけだしな……。


「ニーニャはどれくらいこの洞窟にいるんだ?」


「みんなとの一緒にいるのが楽しくて、途中から数えるの忘れちゃった。でもね、夏に悪いゴブリンが来て、ここにきてから雪が2回降ったよ。あのときニーニャは7つだったから、いまは9つかな」


それだけ長い間ゴブリンたちと一緒に暮らしていたのか。


「おーい!」


ニーニャの話を聞いていると背後からランスの声が聞こえてきた。

メリィが無事で安心したせいか、すっかり存在を忘れていた。後ろにはルーテル先輩と、数匹のゴブリンが見える。

どうやらゴブリンに敵意がないというのは本当だったみたいだ。


「ランス、無事だったか」


「そりゃこっちのセリフだ。あのあとよ――」


二手に分かれた後、先に進んだランス達はいくつかの簡単なトラップを搔い潜りながら進むと、やがてゴブリンの住居のある洞窟の最深部についたそうだ。


「メリィの姿もないし、合流するために一度引き返そうとしたら、そこで一匹だけ立派な服を着たゴブリンが、人間の言葉で話しかけてきたんだ。マジでビビったぜ」


「そして彼が言うには自分達に敵意はない。仲間のところに案内するから自分たちを見逃してほしいと言うんだ。彼の眼を見ていると、何故か嘘をついているようには思えなかった。それにメリィさんやルシウス君達の無事が確認できていない状況で事を構えるのは危険だと判断しました。その時周囲には数十匹のゴブリンもいたしね」


「そしたらお前らまでゴブリンたちと楽しそうに話してるし、知らねぇ女の子もいるし一体どうなってんだ?」


ニーニャから聞いた話をそのまま伝えると、ランス達の後ろから服を着たゴブリンが出てきて口を開いた。


「ここからは私がお話しましょう」


少しぎこちないがずいぶん人の言葉がうまいな。


「私の名はナジャ。どうか先ほどの仲間の無礼をお許しください。彼らも決してあなた方の命を奪うつもりはなかった。あなた方を騎士団と勘違いして人質を取って脅せば引き返すと考えたのでしょう」


「なるほど、確かにあいつらは威嚇しながら避けるばかりで攻撃はしてこなかったな。話を聞いてもよさそうだ。敵意がないことはわかったよ。それであんたがこの群れのリーダーか?」


「はい。そしてかつてニーニャを拾い、育てるように皆に指示をしたのも私です。もともと様々な生活様式を持ち、我々よりも優れた社会を形成する人間に興味がありました。人間の残した本で人間のことを学ぶうちに私は言葉を覚えました。するとある日ほかのゴブリン達が人間の集落を襲うという話を聞いた私は、彼らを説得するためにその場に向かいました。しかし時すでに遅く、ニーニャの集落は滅ぼされていました。そしてニーニャと出会った私は、ある時人間から受けた恩を返すために、ニーニャを大人になるまで育てることにしたのです」


「人間から受けた恩?」


「はい、私は昔、人を襲う群れにいました。私達は度々人里を襲っていました。しかしある時、討伐隊として派遣されてきた騎士団にあっけなく敗れたのです。私は呆然としながら仲間の名前を呟いていました。するとそこに一人の女騎士が現れました。彼女は言葉を話す私に興味を示し、話しかけてきたのです」


『あなた達も生きるために仕方なかったのでしょう。しかし騎士として人の命を奪う魔物は許せません。ですからあなたの仲間は私たちが討伐しました。しかし言葉を解するあなたには敢えて問いましょう。仲間を殺された今、他種族を殺すその意味を理解しましたか。そしてその上でこれからも人間を殺しますか?』


「その騎士の言葉を聞いたその瞬間、私は本能のまま人を襲っていたことを後悔しました。彼らにも命があり、営みがあった。人間のことを学んでいた私には、とっくにわかっていたことでした。しかし群れの中で生きていた私には本能に抗う勇気がなかった。そして自分を許せなくなった私は、騎士に殺してくれと懇願しました。しかし彼女はこう言ったのです」


『あなたの中にも理性が芽生えたようですね。魔物とはいえ、理性を獲得し殺生を悔いる生物の命を奪うことは、私にはできない。あなたはきっともう人を襲わないでしょう』


「すると彼女は、仲間に私を治療するように言い、見逃してくれました。種族が違うと、奪い合うことしかできないと思っていた私は、他種族にも情けをかけてくれる人間とは、なんと素晴らしい種族だと思いました。それから私はあちこちを旅して姿を隠しながら、魔物に襲われる人々を助けていました。そして旅の中で少しずつ群れからはぐれたり、私の考えに賛同してくれる仲間を増やして、人と争わないこのコロニーを形成したのです。そしてニーニャと出会った私は、彼女を育て上げ、いつか人の世界に帰してやることが少しでも報いになるのでは、そう考えました。ニーニャが来たおかげで言葉のアクセントもまともになりました。とても楽しい日々を過ごしました。しかしここも人間に、しかも騎士に知られたとなっては無事では済まないでしょう。ランスさんから聞きました。あなた達の目的は、ニーニャが身に着けているこの首飾りでしょう。そこにいるギケという者が、ニーニャに喜んでほしくて出来心で罪を犯してしまったようです。身勝手な頼みとは承知の上でお願いします。どうかニーニャを連れ、このまま引き返してはくれませんか?他種族を襲わない私たちは子孫を残せません。やがて消え去る運命です。その最後の瞬間まで、理性を持った生き物として人間を救いたいのです」


ナジャの話を聞いた俺たちの中には複雑な感情が芽生えていた。もうとても彼らを殺すことはできない。しかしここから首飾りを持ち帰った後は学院に報告しなければならない。そしたらきっと討伐隊が派遣されるだろう。


「先輩、どうしますか」


「うーん騎士を目指す身としては魔物の群れは放っておけない。けど敵意はないし僕たちの目的は首飾りを持って帰ることだ。教官には僕のほうからうまく言っておこう。君たちは口裏を合わせてくれ。もうここにはトラップばかりが残るだけで群れはいなかった。危険だからあまり近づかないほうがいい、とね」


「ありがとうメガネのお兄ちゃん!」


「しかしゴブリンの群れに人間の少女を置いていくわけにはいかない。彼女は保護させてもらう。これだけは譲れないよ」


ルーテル先輩の言葉にニーニャの顔が曇る。


「私みんなとお別れしたくないよ……」


「ニーニャ、聞きなさい。人に見つかった以上、私たちはここを発たないといけません。きっと危険な旅になるでしょう。ですからあなたは私たちとは共には行けません。それに違う種族で分かり合うことはできても、それぞれに帰る場所があり、特に子供のうちは仲間の中で育つのが一番いいのです。別れは寂しいものですが、あなたが本当に困ったときは、この指輪を私と思って祈りなさい。この指輪は昔、命を救ってくれた女騎士が忘れていったものです。いつか返せればと思っていましたが、きっと叶いそうにないですし、人助けの為ならば彼女も許してくれるでしょう。昔読んだ文献によると、これを握りしめながら会いたい相手のことを強く想うと、魔力の波となって相手の元へ届くそうです。一度使うと砕けてしまうので彼女に会うためには使えませんでしたが。あなたの想いを受けたら、必ずあなたのもとに駆け付けます。これは私の心の支えとなり、私とニーニャを引き合わせてくれた大切なものです。きっとまた私たちを繋いでくれるでしょう。離れていても心は一つですよ」


「うん……。きっとまた会おうね!」


「はい、必ず」


ナジャたちに別れを告げた俺たちは、先輩の言った通りに教官に報告し、首飾りを届けた。俺たちに続いて別の訓練を終えた生徒たちもぞろぞろと帰ってくる。あそこに行ったのが俺達でよかったと胸を撫で下ろした。


俺達は学院に帰る前に、ニーニャを孤児院に預けるために森の外にある村へと向かった。

詳しい事情は伏せたが、孤児であるならばと快く迎え入れられた。


「お兄ちゃん達ありがとう!ナジャたちと別れるのは辛いけど、一人で会いに行けるくらい強くなって必ず会いに行くから大丈夫!だからニーニャもお兄ちゃん達みたいな騎士様を目指すの!15歳になったらお兄ちゃんたちにも会いに行っていい?」


「ああ、その頃には俺達は卒業しているが、きっと会いに行くよ」


「うん、待ってるね!今日は本当にありがとう!」


するとニーニャは先頭にいた俺に唐突に抱きついてきたかと思うと頬にキスをした。驚いて固まる俺を見て、ニーニャは不思議そうな顔をする。


「じゃ、じゃあ元気でな!」


疲れ切った俺達はニーニャに別れを告げ、学院へと戻った。

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