第3話「ゴブリンの洞窟」

「新入生の皆さんは、クラスごとに分かれて各教室に向かってください」


朝の放送で目を覚ます。ザーラントでは入学の手続きを済ませた後、事前にクラスの選別がされ、通知される。


俺はBクラスだった。特別な才能もなく、裕福な出自でもなければ大体ここの配属になる。

上級貴族様や、入学前にザーラントに才能を見込まれた者はAクラスに配属されることが多い。

他にCクラスがあるが、そこは事前の入学試験で成績の振るわなかった者や、貴族の中でも親バカな連中のご子息などが、卒業後に戦地で内地勤務になることが多いここに配属される。


フィリアはCクラスらしいが、彼女は不満そうな顔をしていたな。王宮騎士団副団長の娘だけあってAクラスを首席で卒業した父親に憧れて自分もAクラスを目指していたそうで、入学試験ではなかなか優秀な成績を修めていた。しかし大切な娘の身に何かあってはいけないと、Cクラス配属へと根回しがあったそうだ。


「おはようルシウス。昨晩はよく眠れた?」


「まぁ眠れたかな。体力的には万全だ」


寮から校舎に向かう途中でフィリアに出会ったので軽い挨拶をした。そしてBクラスの教室に向かうために別れる。


「おはよう新入生達。学院では午前中は座学を学んでもらうことになるが、午後からは先輩たちの同行のもと、実地訓練が主になる。なに、実地訓練とはいっても戦場ではない。せいぜい低級な魔物たちの討伐訓練か、奴らの生息地での貴重な薬草などの採取くらいだ。それにザーラントの周囲に限っては定期的に見回りをして危険度の高い魔物は事前に排除しているから心配する必要はない」


なんだか盛大なフラグを建てられているような気がするが仕方あるまい。

そして入学から1か月後の後の午後、教官から同じクラスの中から同行する仲間と4人グループを組むように言われた。

これまではフィールドワークが主で、たまに群れからはぐれた魔物を狩ることもあったが、こちらは常に多数で先輩たちもいる中で安全だった。しかしどうやら今日からは少人数での実戦訓練が始まるらしい。

教室の中を適当に見渡す。すると男女二人のペアがこちらに向かってくる。


「なぁあんた、よかったら俺たちと組まないか?」


赤髪の男が話しかけてきた。


「あぁ、こちらこそよろしく頼むよ」


「おう、俺はランスってんだ。んでこのちっこいのがメリィだ。よろしくな」


「メ、メリィです!よろしくお願いします!」


「俺はルシウスだ。あと一人、何とかしなきゃな」


もう一度当たりを見渡すと、部屋の隅に小柄な青髪の少女が一人佇んでいた。

よし、声をかけてみるか。


「もし当てがないなら俺たちと組まないか?こっちはもう3人いるんだ」


「別にいいよ」


ちょっと愛想がないがこれで人数は揃った。4人で固まって教官の次の指示を待つ。


「よし、みんなグループが組めたな。これから先輩方が君たちにつく。上級生への敬意を忘れず、与えられた指示をよく守ること。以降は上級生に指示を仰ぎなさい。以上」


教官が去ると、俺たちの担当らしき上級生が現れた。


「やあ、僕はルーテル。2年生で、今日は君たちに同行させてもらうよ。よろしくね。教官から説明があった通り、ここからは僕が指示をするよ。君たちは初めての実地訓練で緊張してるかもしれないが内容は簡単だ。こちらの指示に従っていればまずケガ一つしないから安心していいからね。だから頼むよ?訓練での同行は僕たち上級生にとっても指揮判断能力の加点項目になるんだ。くれぐれも勝手な行動はなしでよろしく」


「「「「はい!」」」」


「じゃあ早速今日の訓練の内容を説明するよ。今回の訓練の目的は、ザーラントから少し北に行ったはずれにある森の中に洞窟があってね。そこにゴブリンたちが巣を作っているらしい。その最深部にあると思われるお宝を、日が暮れるまでに持ち帰ることだ。お宝っていうのは、先週いたずら好きのゴブリンが、徒党を組んで森の近くにあるリーヒ村の村長の家から、貴重な首飾りを盗んだそうでね、それの奪還が今回の目標だ」


ゴブリンか……。奴らは常に集団で行動をしているが、頭が悪いし腕力も村に一人はいるガキ大将程度しかない。それに通常奴らは武器も使わない。鋭い爪と牙に気を付けてこちらも集団で挑めばまず負けないだろう。


「じゃあ行こうか」


俺たち4人はルーテル先輩の後に続き、例の洞窟を目指して出発した。


「どうしたルシウス?あたりをキョロキョロと見渡して」


「ん、ああ俺の住んでたところもこんな感じの森でさ、なんか懐かしくて」


「おいおい、入学して1日でホームシックか?頼むぜおい」


なんて談笑をしながらしばらく進むと


「みんな、そろそろ着くよ」


先輩に言われて前方に注目すると、確かに洞窟が見えた。

入り口には簡素だが門や柵のようなものがある。ゴブリンも意外と賢いところがあるんだな。

なんて考えていると、先輩から作戦の説明が始まった。


「いいかいみんな。ゴブリンは頭も悪いし非力だけど、集団になると結構厄介なんだ。常に僕から離れず、指示は絶対に守ること。それともし万が一のことがあって逃げなくてはならない時、決して一人で逃げてはだめだよ。少なくとも二人一組になって逃げるんだ。実践慣れしていない新入生じゃ、ゴブリン数体に囲まれたら万が一ってこともある。ケガじゃすまないだろうからね。目的はあくまでも首飾りの奪取。討伐ではないから、逃げる個体は基本的に無視でいいよ。事前の情報だと出入りしているのは10数体ということだ。無茶をしなければきっと大丈夫」


「わかりました」


「よし、じゃあ行こうか」


松明を片手に洞窟を進む。辺りには大小様々な動物の骨と、焚火の跡のようなものがチラホラと見える。ゴブリンたちも狩りをして暮らしているのだろう。

しばらく進むと、やがて二又に道が分かれたところに出た。


「先輩、道が分かれていますけどどうします?」


「うーん、ここは左から順番に行くとしようか。はぐれないようにみんなついてきて」


先輩に続こうと歩き出した瞬間、強風が吹き荒れる。しまった、松明の火が消えた。


「きゃあ!?」


メリィの悲鳴が聞こえた。急いで松明に火をつけて全員が後ろを振り向く。

しかしそこにメリィの姿はない。


「くそっメリィがいねぇ!何が起きたんだ!?」


「魔術罠ですか……!!ゴブリンにこんな知能があるとは迂闊でした」


魔術罠、講義で聞いたことがある。呪符や特別な鉱石に魔術を込めることで、魔術に長けていなくても誰でも比較的簡単に魔術を発動するトラップを作ることができるらしい。


「彼女はおそらく巣の最深部に連れ攫われたのでしょう。ゴブリンは自分たちより身体の丈夫な他種族のメスに子供を産ませる習性があります。先を急がなくては!ここは一度二手に分かれましょう。進んだ先にゴブリンの集団がいたり、最深部に到着した場合は必ず合流すること。常に二人一組で消して離れないこと。これだけは守ってください。では私はランス君とこの先をいきます。ルシウス君とえっと……」


「……リラ」


「ルシウス君とリラさんは先ほどの二又の道のもう一方を進んでください」


先輩の指示通りにリラと共に来た道を戻る。メリィ、無事でいてくれよ……。


二又の右の道を進むと開けたところに出た。足元には川のようなものが流れ、辺りは光るコケやキノコのようなもので照らされ、松明は必要なさそうだ。


「すごいな、どれも初めて見るぞ。市場に流したらどれくらいの価値になるんだ」


おっといかんいかん、美しい景色に気を取られそうになっていた。今はそれどころではないのだ。

メリィの命が危ない。気を引き締めて先を急ごう。


「アハハ」


少し先のほうから微かに人の声がする。


「メリィか?」


いや、それにしてはずいぶん楽しそうだが……。


「リラ、慎重に行こう」


頷くリラと共に一歩踏み出す。


「キヒャアアアア」


「グギャギャア」


突然ゴブリンたちが飛び出してきた。数は5、6体。しかもゴブリンは武器を持たないはずが、こん棒や農具のようなものを構えている。さっきの罠といい、どうなっているんだ?


先輩からは集団を見かけたら一度合流するように言われているが、向こうはすでに臨戦態勢でとても引き返せそうにない。

それに声の主がメリィか確かめないことには離れられない。これくらいの数なら二人でも何とかなるか?


「リラ!」


「うん……!」


リラと共に武器を取って斬りかかる。


「すばしっこい……!」


小柄で素早く、攻撃が思うように当たらない。


「任せて。ファイア……!」


リラが周囲を薙ぎ払うように低位の火炎魔術を放つと、ゴブリンたちは怯んで動きが鈍くなった。


「今だ!」


間髪入れずに一番手前のゴブリンに斬りかかる。これならやれる!


「やめて!ルシウスさん!」


剣を振り上げ、ゴブリンの首を刎ねる寸前というところで洞窟の奥からメリィが現れた。


「メリィ!?無事だったのか!」


「私は大丈夫ですから、戦うのをやめてください!」


メリィの足元にはもう一人の少女の影があった。誰だ?

頭が混乱している俺に、見知らぬ少女が口を開いた。


「お願い、その子たちをいじめないで――」

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