第2話「王立ザーラント騎士学院」

「おい兄ちゃん、さっきまで何かすげぇ音がしてたけどよ。森の中で何があったんだよ?」


森を抜けると、迎えのために森の入り口で待っていた馬車の御者に声をかけられた。

そりゃあの騒ぎだもんな、気にもなるだろう。


「いやぁちょっと親と喧嘩してしまって……」


「そんなレベルだったか!?ま、まぁ最近の若いのは力が有り余ってんのかな。ハハ」


我ながら何と下手な言い訳とは思いながらも、正直に魔女に襲われてました!なんて言って置いて行かれたらたまったもんじゃないからな……すまんおっちゃん。


その後も御者のおっちゃんと他愛のない会話をしながら、ザーラント騎士学院があるこの国第二の都市、ラザルフォアを目指していた。万が一王城のあるこの国の首都、リッカルトが陥落した時に首都機能を移せるように、王立学院は国の各地に散らばっている。


「おい兄ちゃん、そろそろ着くぜ」


おっちゃんの声で目を覚ます。せいぜい半日くらいの道中だったが、襲撃の緊張が解けたのもあってか、いつの間にか眠っていたようだ。


「ありがとうございました。道中が快適すぎてすっかり眠ってしまいました」


「おうそうか、そう言ってもらえると嬉しいよ。ところで兄ちゃんよ。余計なおせっかいかもしれねぇが、ここに入学するってんならおべっかだけじゃなく、しっかり修練に励むこった。頑張り次第じゃ、貴族の出じゃなくても上級騎士候補になれるって噂だ」


「上級騎士……」


そう、この国の騎士には下級騎士と上級騎士がある。何の後ろ盾もない平民は、卒業すると下級騎士になる。下級騎士ではせいぜい辺境の砦と、付随する村々を預けられれば上々といったところだ。

しかし上級騎士から始まれば、それだけで騎士団を率いることができ、城を任されることもある。

その上級騎士に卒業後すぐになれるというのであれば、平民の人生でこれ以上の逆転はないだろう。


「この門をくぐればご立派な校舎が見えてくるはずだ。道に迷うことはまずねぇだろうよ」


おっちゃんに別れを告げて言われた通り門をくぐると、確かにそこには城と見紛うほどの壮大な建物が見えてきた。


門の中に入り、さらに敷地内の校門を通ると、人だかりが見えてきた。

おそらく俺と同じ今年入学する生徒たちだろう。


「おい、通行の邪魔だ。どけ」


「平民ども!ロイク様がお通りになるというのに道を塞ぐな!」


周囲の学生を威嚇しながら先を行くのは、いかにも鼻持ちならない貴族のボンボンといった感じの男だった。取り巻きを二人連れて周りを睨みつけながら先ほどの人だかりへと向かっていく。

ということはあいつも新入生か?ああいう手合いが同期か、先が思いやられるな。


「彼、いつもあんな感じなんです」


先への不安を感じる俺に話しかけてきたのは、栗毛の女の子だった。


「知り合いなのか?」


「幼馴染なんです。あ、申し遅れました。私フィリア・オーフィスと申します。あなたも新入生ですよね?よろしくお願いします」


「ご丁寧にどうも。俺はルシウス・アーカードだ。よろしく。俺のことはルシウスでいいよ、フィリアさん」


「私のこともフィリアでいいですよ。ルシウス」


挨拶を交わしたあと、フィリアと共に新入生の一団と合流し、教官が来るまでの間しばし談笑をしていると、さっきのロイクの話になった。

曰く、彼とフィリアは父親同士が仕事で関わることが多く、そのため家族ぐるみの付き合いがあるそうだ。ロイクの父親は貴族院の中でも影響力を持つ名門貴族で、フィリアの父親は王宮騎士団副団長のヴァイク・オーフィスだそうだ。彼女の出自にも驚いたが、ロイクは父親の権威を鼻にかけ、周囲にもいつもああいった態度だそうだ。名家に生まれてもここまで違うものか。


「でも彼にもいいところは沢山あるんですよ。私たちが小さい頃には――」


彼女がロイクのフォローをしようとしたところで教官達を引き連れ校長がやってきた。


「新入生の諸君。今日はよく集まってくれた。この良き日を君たちと迎えられたことを大変喜ばしく思う。君たちはこれから数多くの困難や壁にぶつかることだろう。だが周りを見渡してみたまえ。君たちにはこれだけ多くの仲間たちがいる。学内では貴族も平民もない。学院生活中も、そして卒業後もきっと助けとなってくれることだろう。そんな仲間たちとよく励み、ザーラント生として恥ずかしくない学院生活を心掛けてくれたまえ」


パチパチパチ――と周囲で拍手と歓声が上がる。

今日、ここから始まるんだな。騎士を目指す俺の青春物語が――


「おい平民、貴様ロイク様よりも先に並ぶとはどういう了見だ?貴族ならともかく」


俺の青春生活は初っ端から挫かれた。オリエンテーションを終え、夕食をとるために食堂で並んでいた俺に、例のロイクの取り巻きが絡んで来やがった。二人の取り巻きの後ろにはロイクもいる。


「何で飯を食うだけでお前に気を使わなきゃいけないんだ?」


俺もよせばいいのに、空腹と理不尽な言いがかりについカチンと来て言い返してしまった。


「あぁ?」


子分を引き連れてふんぞり返っていたロイクの顔が曇る。


「貴様、名は?このロイク・ドットに楯突いてこれからの学院生活を穏やかに過ごせると思うなよ?」


「ちょっとロイク、そういう態度は失礼よ。これから一緒に学ぶ仲間じゃない」


俺が言い返そうとして口を開く前にフィリアが現れた。


「なんだフィリア。お前こいつをかばうのか?」


「かばうって、別にルシウスは悪いことはしていないわ。あなたたちの言いがかりでしょ。私ルシウスと一緒に食事を取る約束をしているの。邪魔するなら怒るわよ」


「ちっ。おい平民、この借りは必ず返すぞ。覚えておけよ。行くぞお前ら」


ロイクは悪態を吐くと食堂のおばちゃんから夕食を奪い取り、取り巻きたちと共に去っていった。結局先は越されてしまった。


「助かったよフィリア」


「気にしないでルシウス。彼のことで困ったらまた私を頼ってね。さあ、夕食にしましょう。早く頂いて明日に備えなきゃ」


「それもそうだな」


夕食を済ませた俺は、フィリアと別れて男子寮へと向かった。


「男女で寮が分かれてるし、クラスも違うフィリアにいつまでも頼っていられない。俺もしっかりしなきゃな」


決意を新たに、波乱が見込まれる学院生活に思いを馳せつつ、俺は眠りについた。

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