魔女狩りの英雄譚

苦労人-kurouto-

第1話「旅立ちの日」

子供のころはよく夢を見た。夢の内容はいつも決まっていた。燃え盛る炎の中で亜麻色の髪の女性が何かを叫んでいる。俺も必死に手を伸ばし彼女を連れてそこから離れようとするが、火の勢いが強く近づけない。そして次の瞬間、彼女は業火に包まれ俺は泣き叫びながらその場に崩れ落ちる。すると美しい銀色の髪の少女がどこからともなく現れ、手を差し伸べたところで目が覚める。


俺には5歳までの記憶がなかった。おそらくあの夢はわずかに残った記憶が見せているのだろう。そして夢の中の銀髪の少女と俺は一緒に暮らしていた。


「おはようルシウス、支度は済んだのかしら」


出立の日の朝、朝食を用意しながら話しかけてきたのはメルカルト先生だ。夢の中の少女と全く同じ姿をしている彼女は、魔女である。先生曰くあの時からもうすぐ10年になるらしいが、魔女である彼女は年を取らない。俺は今年で15歳だが見た目は同世代に見える。しかし彼女はこの年まで俺を一人で育ててくれた親代わりの人であり、生きていくために必要な知識を教えてくれた師匠でもある。


「もちろん済ませてあるさ。先生こそお別れの心の準備はできたの?」


そう返すと彼女は少し寂しそうな顔をしてから、満足そうに笑った。


「よろしいっ、せっかくの門出の日だものね」


そう、俺は今日、約10年先生と過ごしたこの森から巣立つのだ。この国では数え年で6歳から学校に通い15歳になると職業を選ばなければならない。卒業後、3年間の見習い期間を経て、そして18歳の時に就業し、初めて大人として扱われる。俺が選んだ道は、この国の騎士になることであった。


アルメリア王国には3大王立学院と呼ばれる高等教育機関がある。騎士になりたければザーラント騎士学院、魔術を修めるならホルスト魔術学院、医者になるならアーケルン医術学院など、専門分野によって進学先は異なる。通常なら進学のためには学内か各界の有力者の推薦状が必要になり、親がおらず学校にも通っていない俺にその資格はなかった。しかしある日先生に進路の相談をしたその日の晩に、ふらっと外に行ったかと思えば、なんと王家からの推薦状を持って帰ってきた。……一体何者なんだこの人。


魔女に育てられたと聞けば誰もが魔術学院に進学すると思うだろう。だが俺には魔術の才能がなかった。魔力を持っていない訳ではない。むしろ先生曰く無尽蔵ともいえる魔力を持ち、技術さえあれば先生と同等の魔術が使えるはずだという。しかしいくら教えてもらっても属性魔術の種となる小さな火の玉やつむじ風が出るくらいでとても魔術とは呼べる代物ではなかった。まあそれでも火を起こして飯の支度くらいはできるから便利っちゃ便利だけどな。ただ俺にも使える魔術はある。しかし無尽蔵の魔術と共に、先生から誰にも話さないようにと言われている。理由を聞くといつもはぐらかされる。


「ルシウス、口元についているよ」


先生が朝食を済ませ、立ち上がった俺の口を拭う。


「もう15になったっていうのに最後の最後まで子ども扱いしやがって」


なんて軽く反抗するが


「ふふ、私から見たらみんな子供みたいなもんよ。この国の王様だってね。伊達に長生きしてないんだから」


と、軽くいなされる。彼女の言っていることは決して冗談ではない。そう、彼女は魔女なのだ。人でありながら人智を超えた、世界にほんの数名だけ存在する“魔法”を使える選ばれし者たち。たった一人で一夜のうちに一国を滅ぼせるだけの力を持つとかなんとか。そんな化け物じみた噂を持つ魔女の内の一人が、こんなあどけなさを残した少女のような見た目をしているとは。


魔女より長生きな種族は西の果てにあるという妖精の国のエルフ族か、噂に聞く魔族くらいのものだろう。それにしてもこの人、一体いくつなんだ?微かに残った幼少時の記憶の中でも、今と同じ10代半ばくらいの見た目だ。これがいわゆる美魔女か?いや、ちょっと違うか。


別れの時間は長ければ長いほど辛くなる。迎えもそろそろ到着する頃だろうし、そろそろ発つか。名残惜しいが先生に別れを告げ、扉を開く。


「じゃあ行ってく――」


ドゴォォォォォッッッッッ!!!


別れの言葉を言い終える前に、辺りは突然の轟音に飲み込まれた。


「――見つけた、運命の器」


“そいつ”はそう呟くと右手をかざし、俺の方に向ける。その掌から無数の茨が俺を目掛けて飛んでくる。眼前に迫る死に、俺は落ち着いていた。


何故かって?こちらには“魔女”がいる。


バチィッッッ!!


目の前に半透明の盾が現れ、こちらに迫る茨を弾いた。


「ルシウス、ボーっとしない!アレやるよ!」


先生が大きな声で俺に呼びかける。アレか……、あまり気が乗らないが、このまま黙って死ぬ気もない。それに、目的を果たせなくなる。


「ああ、先生頼む!」


「おーけー、いくよー!」


先生の掛け声とともに俺の身体は魔術の光に包まれた。全身に力が漲る。剣を抜き、その溢れんばかりの力の奔流を右手の剣に込め、茨使いへと突っ込む。


「うおおおおおおっっっ!!」


手応えはあった。しかし――


「効いてないっ!?いや、防がれた!?」


ヤツは茨で身を守り、あっさり俺の全力の一撃を受け止めた。しかも涼しい顔してやがる。それになんて膂力だ、このままじゃ押し返される。


「もう、だらしないなぁ。えいっ」


突如先生の手のひらから熱風が吹き荒れる。


「あちいいいいいい!!!死ぬ死ぬ死ぬって!!!」


ちくしょう!俺ごと燃やす気か!?


「ごめん、加減ミスった!」


てへっと舌を出す彼女に噛みつこうとしていると、先ほどの熱風をモロに受けたはずの茨使いが、全身に傷を受けながらもまだそこに立っていた。


「っ!!薄明の魔女!!」


先生の魔術を食らって無事とは何てタフな奴だ。


(いや待て、なんでこいつは先生が魔女だと知っている?)


瞬間、突如黒いゲートが現れた。その向こうには赤いローブの人物が見える。


「薄明がいるとは想定外だ。退け」


赤ローブがそういうと茨使いはゲートに吸い込まれていく。


「ちっ」


舌打ちをすると、茨使いはそのままゲートに消えていった。


「な、何だったんだ一体?」


「彼女、魔女だね」


「魔女って、どういうことだ?先生以外の魔女が何でここに――」


「ごめんなさい、ルシウス。急用ができちゃった。片付けは私が後でしておくから、予定通り森の外に来ている迎えの馬車に乗って、急いでザーラントに向かって。さっきのことはいつか説明するわ。それまで学院から出ないで。奴らも王立学院まではやってこないはず。最後まで見送りができなくてごめんなさい」


そう言うと先生は風魔術を使い何処かへ飛んで行ってしまった。


ちくしょう、何だってんだ?頭が追い付かねえ。だが今は一刻も早くここを離れたほうがよさそうだ。万が一さっきの連中が戻ってきたら今度こそ死ぬだろう。


俺は混乱したまま森を抜け、そこで待っていた馬車に乗り、ザーラント騎士学院へと向かった。

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