第24話

 兵士たちの銃身から、切り落とされた半分が闇夜の路地に続けざまに落ちて、高らかに音をたてた。

 それが止むか止まないかのうちに、半人半獣の者どもワハシュの歓声が響きわたる。

「やったぜ!」

「銃がなけりゃ、こいつらなんて怖くねえ!」

 恐れるものがなくなって俄然、勢いづいた異形の者たちを前にして、兵士たちは身体を寄せ合って縮み上がった。

「何だ、何だコレ……」

「あっていいのか? こういう刀が……」

 そんなときに、地を這うほどに身体をすくめて駆け出したファットル爺さんの姿を目で捉えられた者がどれほどいただろうか。

 何する気だ、と私が聞く間もなく、火のついた松明を投げ出すと、右に左にと身体を滑らせながら、兵士たちへと近づいていく。

 兵士たちはというと、ただ、おろおろするだけだった。

「おい、何かいたぞ」

「いや、見なかった」

 兵士たちが視線をどれだけ低くしても、ファットル爺さんの動きを追うことはできないだろう。

 消えたのと同じだ。

 音もなく兵士たちに忍び寄ると、次々に首筋へと飛びついて窒息させる。

 だが、殺してはいない。

 他の兵士たちは慌てて小剣を抜いたが、そのときにはもう、半人半獣の者どもワハシュが襲いかかっていた。

 ひょいと地面に飛び降りたファットル爺さんを斬ろうとした兵士は、まっすぐ突進してきた猪頭の男に弾き飛された。

 横には曲がれまいと侮ってかかったのか、何人もの兵士たちが、あちこちから襲いかかる。

 だが、背中を丸めた猪頭の男は、小剣を右から左へと軽やかにかわしては、凄まじい力で兵士たちを吹き飛ばしていく。

それでもまだ難を免れている者が何人か、私を取り囲んで斬りかかってきた。

 もっとも、飛刀を振るえば何ということはない。

 だが、その前に、小剣を振り上げた兵士の身体がふわりと宙に浮かんだ。

 熊頭の男が、喚き散らす兵士たちを手当たりしだいに引っ掴んでいるのだ。

「やめろ、おい」

「放せ……!」

 ひとり、またひとりと、黒い毛むくじゃらの腕の中で抱き潰されていく。

 だが、その分、背中はガラ空きだった。

 そこへ斬りかかる兵士の前に立ちはだかったのは、角の生えた頭と亀の甲羅を持つ半人半獣の者どもワハシュだった。

 私は思わず、その名を呼んだ。

「スラハヴァー!」

 心配だったからではない。

 ちょっとやそっとの刃物が通る身体ではないが、動きが鈍くて、人の盾になるほどの役には立たないのだ。

 そのとき、耳をつんざくような金切り声が聞こえた。

 耳を覆いそうになったが、飛刀を落とすまいとして耐える。

 見上げたところには、鷹の頭を持つ女が高々と跳躍していた。

 兵士たちは次々に小剣を取り落とし、耳を覆っては地面に伏せる。鷹女は、その顔面や背中に片端から膝蹴りを入れていく。

 その傍らで、悶絶して倒れるのは若い兵士ばかりだ。

 金色をした蛇の目を輝かせた女が、鱗でびっしりと覆われた胸を晒して絡みつかれ、愛撫されているせいだ。

 眼力で金縛りにされ、恍惚とした表情で気を失っていく。

 そこで、アッサラーの鋭い声が聞こえた。

「追うな!」

 見れば、拳で倒せなかった兵士たちが、散り散りになって路地の奥へと消えていくのを、半人半獣の者どもワハシュが追っていく。

 

 ネズミ頭のファットル爺さんが言い返した。

「逃がせば、また新手が来るぞ!」 

 私はその声を背に松明を拾い上げると、半人半獣の者どもワハシュと共に後を追った。

 脇の路地へと逃げ込む影を見つけるたびに、私は告げた。

「向こうを頼む」

 残してきた足の遅いスラハヴァーと、小柄すぎるファットル爺さんを除いて、誰の名前も知らない。

 それなのに、獣の頭を持つ者たちは、まるで訓練でも受けていたかのように、その姿を追っていった。

 だが、全てを取り押さえられたかどうかは分からない。

 そのうち、脇道へ逃げ損なった兵士たちは、まだ人影のない大通りへと飛び出した。

 半人半獣の者どもワハシュに声をかける。

「新手を呼ばれたらまずい」

 逃がすまいとして後を追ったが、その心配だけはなかった。

 呆然として立ち尽くした兵士たちが眺めていたのは、朝靄の中、あちこちに転がる人影だった。

 それは、まるで祭りの晩に一晩中かかって大酒を飲んだ挙句、道端で酔いつぶれてしまったかのようにも見えた。

 私の手の中を除いてはどこにあるはずもない飛刀を探しに行った兵士たちだ。

 先頭に立った少女の名を呼んでみる。

「モハレジュ……」

 だが、そこで思いとどまった。

 今、しなければならないのは、兵士たちを人がいないうちに取り押さえることだ。

 それは半人半獣の者どもワハシュも分かっていたのだろう。

 たちまちのうちに、兵士たちを後ろから羽交い絞めにしようとする。

 だが、それを止める声があった。

「そこを動くな!」

 朝靄の中から現れたのは、炎の帝王の兵士たちだった。

 私たちの前にたちはだかって、銃を構える。

 人通りの多い日中ではとても撃てはすまいが、人がいない早朝のうちなら、撃つことができるということだろう。

 私は振り向いて、半人半獣の者どもワハシュを促した。

「逃げろ」

 余計な心配だったらしく、そこには遠くの村からついてきた若者たちしかいなかった。

 兵士たちが銃の引き金を引かないのも、そのおかげだろう。

 すぐさま間合いを詰めて、飛刀で銃身を次々に斬って落とすと、呆然とした声が漏れた。

「銃が……まさか」

「何だ……この刀」

 兵士たちがうろたえたのには、私も驚いた。

 私たちが生かして帰した竜騎兵たちは、まさにこの飛刀で銃を失ったのだ。

 その飛刀を兵士たちが知らないということは、それを持つ私のことが炎の帝王に伝わっていないということだ。

 すると、あの竜騎兵たちはどこへ行ったのだろうか。

 考えている余裕はなかった。

 兵士たちは、首から下げた笛を口にくわえた。

 思い切り吹き鳴らしたようだが、音はしない。ただ、耳が痛くなった。

 もし、これを遠くから感じ取れる者がいたら、銃で武装した兵士が新たにやってくるのに、そんなにかかりはしないだろう。

 兵士たちは小剣を抜く。今のうちに倒して、帝王の城にひとりで向かうしかない。

 だが、そこで村の若者たちが騒ぎ立てた。

「こいつら、丸腰の俺たちに銃を向けたぞ!」

「放っておくのか、都の根性なしどもは!」

「助けてくれ!」

 黙っていれば、この都に住む善良な民のふりをして、難を逃れることができたのだ。

 余計なことをしたものだと思ったが、それだけに、晴れていく朝靄の中から街の人々が大挙して現れたのには驚いた。

 しかも手に手に、剣やら槍やら棍棒やらといった武器を持っている。

 そのひとりひとりが激昂しているのは、目つきを見るだけで分かった。

 

 考えてみれば、生き馬の目を抜く都の大通りに家を構え、富をもたらしているのは、この都で裸一貫から成り上がった者たちだ。

 それだけに誇り高く、いかに炎の帝王の兵士といえども、罪もない市井の民に銃を向ける者は許さないということなのだろう。

 もっとも、構えた銃は私に斬られて、用を成さない。下手に撃てば暴発して、命に関わることになるだろう。

 それでも、街の人々がひとり、またひとりと増えていった。怒りの形相も凄まじい。

 兵士たちは兵士たちで、引き金を引こうにも引けない相手に二重、三重に取り囲まれて、身をすくめて密集していく。

 だが、打つ手がないわけでもなかったらしい。

 円の中心に身を寄せ合って、街の人々に訴えかける。

「この銃は、お前たちを撃つためのもんじゃない」

「裏通りのケダモノどもが暴れ出したんだ、こいつらのせいで」

「アンタらも食われるぞ」

 いきなり槍玉に挙げられて、今度は若者たちがすくみ上がった。

 それを、図星を突かれたと誤解したのか、街の人々は途端に怯えだした。

 村の若者たちに、よそ者たちへの冷たいまなざしが投げかけられる。

 手に持った武器は、村から来た若者たちに向けられようとしていた。

 そこで私は、街の人々の背後から語りかけた。

「待て、私たちは味方同士だ。あなた方が自由を愛するのなら、受け入れてやってくれ! よそ者でも、半人半獣の者どもワハシュでも!」

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