第16話

 私に敗れた修行僧アッサラーは、「炎の帝王」との対決をあっさりと認めたうえで、こう言った。

「共に参ろう。我が神に逆らうわけではないのだから」

 炎の神は、戦神である。

 強さを求めて崇める者には、戦って勝つことを求めてくる。

 その相手が、同じ神を信じていようがいまいが。

 その眼は、都のある方角の空を見据えている。

 むしろ、戦う相手が強大であればあるほど、血がたぎるのかもしれない。


 さて、そうなると、困ったことがひとつ生まれてくる。

 龍騎兵たちの扱いだ。

 この村から立ち去るなら命は取らないと約束したのは、私だ。

 だが、私に敗れた半人半獣の者どもワハシュは揃って、龍騎兵たちの解放には渋い顔をした。

 鎖付きの鉄球を失った山猫頭のアレアッシュワティは、異形の姿をタカリ同然に生かして村人から提供させた手斧を矯めつ眇めつしながら冷ややかに言った。

「で、出てったこいつらはどうすると思う?」

 高手小手に縛められた面々をちらりと見やったが、その眼の光は死んでいない。

 特に、隊長と思しき男の面構えはふてぶてしく、名乗りもしない。

 隙を見せればひと暴れして逃げ出しそうだった。

 負けを恥じて命を断つような男ではない。

 銃を失ったとはいえ、都へ帰って、主である「炎の帝王」に任務の失敗を告げるだろう。

 モハレジュも、横から口を挟んだ。

「しくじったら殺されることぐらい、覚悟してるだろうしね」

 大刀を叩き切られた狼頭のヴィルッドは、尋ねもしないのに、あっさりと答えた。

「その約束とやらを守る義理がない」

 確かに、命の保証をしたのは私であって、半人半獣の者どもワハシュではない。

 代わりの武器は渡さないほうがよかろう。

 そこでモハレジュが、さらに横槍を入れた。

「どっちみち、他の軍勢がやってくるだろうしね。生かしても殺しても」

 すると、狗頭人の賞金稼ぎキャルブンが、十文字槍ランサーをしごきながらぼやいた。

「殺しても金にならんのだろう? こいつら」

 モハレジュが、寄合の後始末を始めた村人たちを眺めて言った。

「あんたに頼む金なんかないだろうし」

 そこで、一同のまなざしが私に向けられた。

 なぜ、そうなるのかはよく分からないが、そうなっても当然だという気がしないでもなかった。

 村人たちも、ひとり、またひとりと私に目を留める。

 それが重荷に感じられもしたが、迷うことはなかった。

 

 不満たらたらの半人半獣の者どもワハシュを尻目に、私は丸腰の龍騎兵たちを見送った。

 村人たちは、別段、何も言わない。

 仕方がない、とばかりに溜息をつくだけだった。

 モハレジュは、私にぴったりと寄り添って囁いた。

「バカ」

 だが、私はきっぱりと答えた。

「生かすか殺すか迷うときには、生かす」

 

 ……テニーンと共に山の中へ隠れ住んで、最初に隊商を襲ったときだった。

 その護衛が落馬して、飛刀を持った私の前に倒れ伏した。

 馬は逃げ去ってしまっており、護衛は足が折れていた。

 テニーンは冷ややかに言ったものだ。

「どうする?」

 初めての襲撃に、私はいささか、おののいていたのだった。

 積み荷は全て奪い取り、隊商は散り散りに逃げ去っていた。

 それだけではない。

 残された者の生死は、私に委ねられていた。

 それはこれから、命のやりとりが人ごとではなくなるということだ。 

「何もしない。帰ろう」

 私の返答は思いのほか速かったらしく、きょとんとした顔でテニーンは見つめ返してきた。

 そんな顔とそんな眼差しは、後にも先にもこのときだけだったが。

 やがて、いつもの不敵な笑いを浮かべた唇が、囁くような声で告げた。

「ならばそれが、私たちの掟だ」

 聞き間違いなら、どれほどよかったことだろうか。

 どうやら、重い決断をさせられていらしい。

 それに気づいたとき、木々の間を山奥へと歩み去っていくテニーンの細い背中が見えた。

 隊商の護衛は、命拾いをして呆然とした顔で、私を見上げている。

 折れた足に添え木をして、杖となる枝を見繕って渡してやったうえで、こう言い渡した。

「我々の前に再び現れたときは、命がないものと思え」

 これで少なくとも、道案内をしてくることはないだろう。

 だが、念には念を入れて、私たちが潜む小屋は跡形もなく取り払わなければならない。

 先に行ったテニーンを追って、私は山中の道なき道を急いだ。

 

 そのときのことを思い出しながら、私は半人半獣の者どもワハシュたちとモハレジュを見渡して告げた。

「急がなければ」

 すると、モハレジュは意地の悪い笑みを浮かべながら言った。

「タタラやら何やら、苦労してせっかく作ったのに?」

 それを言われると一言もない。

 だが、この村に行きわたるだけの飛刀と鎧を私ひとりで作りあげる前に、炎の皇帝は更なる軍勢を送り込んでくるだろう。

 だから、私は言い切った。

「炎の帝王と戦う。都へ戻ろう、一日も早く」

半人半獣の者どもワハシュたちは色めきたった。

 狗頭人のキャルブンは十文字槍ランサーを杖に立ち上がり、山猫頭のアレアッシュワティは、物足りないと言った顔で手斧を退屈そうに振るう。

 武器を失った狼頭のヴィルッドが静かに空を仰ぐと、村人のひとりが自ら、おずおずと鎌を2丁差し出した。

 そこで、モハレジュが更に口を挟む。

「忘れたの? 半人半獣の者どもワハシュたちは都に入れないって」 

 分かっとるわい、とアレアッシュワティが山猫の口をフガフガやりながらぼやいた。

 武者修行のついでだ、と賞金稼ぎのキャルブンが言い訳がましく言った。

 ヴィルッドは、両手の鎌を凄まじい速さで交差させながら、狼の眼で私を見つめた。

「これはもともと、お前の戦いだ。都までは間違いなく送り込んでやる」

 そのあとは、と付け加えて見つめたのは、モハレジュの顔だった。 

 ため息交じりの返事が聞こえた。

「分かった。最後までつきあう」

 無理だと思うなら、ついてきてもらわなくてもよかった。

 モハレジュは充分すぎるほどのことをしてくれたのだ。

 テニーンを守り切れないままに折れた飛刀が戻ってきただけでも、感謝に堪えない。

 あとは、私ひとりで再び城内に潜り込むだけだ。

 それをモハレジュと半人半獣の者どもワハシュたちに告げようとしたときだった。

 村人の中から声が上がった。

「人間なら入れるんだな、都に」

 分かりきっていることには、ああ、と相槌を打つよりほかない。

 それに別の声が応じた。

「入るときには、持ち物を探られたりするのか?」

 銃さえ持っていなければ、ない。

 そう答えてやると、村人が何人か歩み出た。

「兵隊は殺せねえが、都の中で騒ぎを起こすくらいなら」

「それで人の目をそらしてやれば、何かとやりやすいだろう」

「世話になったんだ、そのくらいは」

 やめておけ、と口々に言う老人たちの声も上がるにはあがったが、返事は気楽なものだった。

「なに、逃げ足だけは速いんでね」

「正面から戦ったりしないよ」

「旦那の逃げ道を開けてやるだけさ」

 旦那呼ばわりには恐れ入った。雇った覚えもなければ、大きな貸しがあるわけでもない。

 たしかにこの村から竜騎兵を追い出しはしたが、それは振りかかる火の粉を払っただけのことだ。 

 それでも、気炎を吐く若い村人たちの勢いは、私が口を挟んだくらいでは収まりそうになかった。

 代わりに口を開いたのはモハレジュだった。

「正直、邪魔なんだけど。素人にうろちょろされると」

 抜けるような青空を衝くかと思われるまでに高まった熱気が、一瞬にして冷めた。

 命懸けの協力を申し出た、若い村人たちの目が呆然と見開かれる。

 この場で絶対に言ってはいけないことを平然と言ってのけられたのだから、無理もない。

 代わりに私の肌を突き刺したのは、毒矢でも射かけられたかのような痛みを伴う、鋭い眼差しだった。

 正直、この場で暴動を起こされても文句は言えなかっただろう。

 だが、半人半獣の者どもワハシュの間から続けざまに漏れたひと言が、間一髪のところでその危機を収めた。

 キャルブンは、十文字槍をひゅうと振り下ろした。

「戦いは、数が多い方がいい」

 モハレジュが睨みつけても、もともと関わりがないのだから、知らん顔をしていられるのだろう。

 その眼差しが横に滑る。

 アレアッシワティは、手斧を放り上げては、器用に受け止めていた。

「悪くないな、こいつを思う存分使うには」

 真っ向から見すえられたヴィルッドは天を仰いでいる。

「俺も構わんぜ」

 最後に見つめてきたモハレジュに、私はきっぱりと告げた。

「出発は、明日の朝だ」

 褐色の肌を眩い陽光に煌かせて、しなやかな肢体が弾むように何処かへ駆け去る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る