第15話

「やめておけ」

 横から口を挟んだのは、修行僧のアッサラーだった。 

 邪魔をするな、と狗頭人が横に払った十文字槍ランサーの切っ先は、すぐにかわされた。

「おぬしの敵う相手ではない」

 穏やかになだめる修行僧に、この賞金稼ぎは余計に苛立ったらしい。

 私への挑戦はそっちのけにして、そちらに槍の穂先をつきつけた。

 アッサラーは目を伏せて、首を微かに振る。 

 そこに隙ができたと思ったのか、狗頭人は何段にもわたる突きを繰り出した。

 もっとも、それは私だから分かったことだ。


 動くものを捉える眼と、揺るがぬ度胸を鍛えるために、テニーンは電光石火の突きを放っては、正面から見つめる訓練をさせた。

 私を見据える眼差しは、冷え冷えとして、鋭い。

 その気迫にも、目の前に迫る槍の穂先にも、最初のうちはたじろいだものだ。

 だが、テニーンを見つめ返す私の眼は次第に槍の動きをも捉えるようになった。

 やがて、その間合いも見切ると、もう恐れはなくなった。

 そのときのことを、私はまだ覚えている。

 満面の笑顔を浮かべたテニーンは槍を投げ捨てて駆け寄ると、豊かな胸に私を抱きすくめたものだ。

 

 だが、その私にも、十文字槍ランサーの速さは分かった。

 村の若者たちはおろか狼頭や山猫頭にも、その穂先は見えたかどうか。

 アッサラーは、槍の柄を掴んでつぶやく。

「惜しい。筋は悪くないのだが」

 狗頭人は牙を剥いて、涼しい顔をしている修行僧を睨みつけている。

 その張りつめた空気は、見ているほうが息を呑むほどだった。

 モハレジュが、そこへ水を差す。 

「どっちも見ない顔だけど……何があったの?」

 一方で、私がどちらも知っているというのは皮肉な話だった。

 

 やがて、村の奥へと散り散りに逃げていった村人たちが戻ってきて、そこは自然と寄り合いの場所になった。

 よそ者のアッサラーや、半人半獣の者どもワハシュにも、ささやかな朝食が振る舞われる。

 それは龍騎兵から村を救った礼という意味もあっただろうが、食料はそれほど豊かにあるわけでもなかろう。

 なけなしのものを分け合って食べると、そこにはもう、ひとつの仲間たちが生まれていた。

 そこでアッサラーが語って聞かせたのは、この村にやってくるまでの経緯だった。

「フラッド殿に敗れて、我が身を大いに省みた……炎の神は、戦神ゆえ」

 そのマントには、あの太陽とクジャクをあしらった紋章が縫い取られている。

 村を蹂躙した龍騎兵たちの持ちものにも、同じ紋章があったことだろう。

 だが、とにかく生き延びるのに必死で、そんなところにまで目を留めている余裕はなかった。

 ましてや、都から遠く離れた村で暮らしているうえに、そのまた奥へ逃げるので精一杯だった人々が気づくはずもない。

 半人半獣の者どもワハシュたちは目を剥いたが、ただひとり、そっぽを向いていたモハレジュは微かに首を横に振った。

 心配していたが、いさかいは起こらなかった。

 アッサラーは話を続ける。

「都からの街道を行き来して、出会った修行者たちに片端から手合わせを願ったが、フラッド殿ほどの手練れはおらなんだ」

 村人たちは、目を丸くして私を見つめる。

 思わず目をそらしたが、照れ臭い、とはこういうことをいうのであろうか。

 咳払いひとつで、アッサラーの話は本題に入る。

「そのうち、街道で我が名を知らぬ者はいなくなった。これでは修行にならん。そこで、街道を外れて、こちらへ向かうことにしたのだ」

 やがて気付いたのが、遠くの山脈から立ち上る煙だった。

 私が飛刀に使う鋼を得るために作った、あのタタラからのものだ。

 アッサラーも、それが刀を鍛えるためのものだということには気付いたという。

 そのうち煙は消えたが、場所を変えたのだろうと察しをつけて、村を探して歩いたのだった。

「夜明け前に龍騎兵が集まって、馬を休ませているのを見かけた。そこで、ここが襲われると読んだのだ」

 

 続いて口を開いたのは、狼頭だった。

「俺たちは、お前らを待つつもりだった。必ず、帝王を倒す武器を手に入れて帰ってくる。そう信じていたからだ」

 そこで、モハレジュが口を挟んだ。

「でも、ここにいるってことは、信じられなかったってことだよね? アタシも、フラッドも」

 山猫頭が声を上げる。

「いや、待つつもりだった。みんなそうだった……ひとりを除いては」

 そこでモハレジュは、がっくりとうなだれた。

 深々と、溜息をつく。

 ここへ来なかったのが誰かは、もう察しがついていたのだろう。

狼頭が、相槌を打つように頷いて言った。

「スラハヴァーだ。あいつだよ、助けに行けって騒ぎたてたのは」

 亀の身体と角の生えた頭を持つ男だった。

 あまり器用でもなければ度胸もないが、その分、余計なことはしないだろうと思っていた。

 というか、すっかり忘れていたのだった。

 山猫頭も、きまり悪そうに口を開いた。

「恥ずかしい話、スラハヴァーがああ言わなかったら、誰も腰を上げなかっただろう」

 だが、動けなかったのは仕方のないことだった。

 半人半獣の者どもワハシュは、「炎の皇帝」の都から出ることは出来ても、中に入ることは認められていない。

 この村に来た者は、家の、そして家族のもとに戻ることはできないのだ。

 私は素直な気持ちを告げた。

「恥じることはない。血の通った者として、当然の気持ちだ。それを振り切ってきてくれたこと、感謝している」

 半人半獣の者どもワハシュたちは、そろって照れ臭そうに顔を背けた。

 だが、モハレジュはそれに水を差すように口を挟む。

「その、言い出しっぺのスラハヴァーは?」

 狼頭が、ため息交じりに答える。

「置いてきた。こう言っちゃなんだが、あの身体じゃ足手まといになる」

 もっともな話だった。

 山猫頭が、十文字槍ランサーを抱えて座り込む狗頭人に尋ねる。

「どうする? ついてくるか?」

「金にならんことはせん」

 返事は不愛想だったが、その身体はそわそわとして、居心地悪そうだった。 



 そこで、アッサラーが私に向き直った。

「つまり、おぬしらは、『炎の皇帝』と戦うというのだな?」

 頷いてみせると、杖を構えた。

「では、ここで再び、一戦交えるとしよう」

 てめえ、と炎の神に仕えるする修行僧に山猫頭が詰め寄った。

 それを、私は押しとどめる。

 アッサラーは、このやりとりだけで、私たちが互いに言わんとしていたことには察しがついたらしい。

 不愛想な答えを返してくる。

「同じ神を信仰しているからといって、同じことを考えているとは限らん」

 敵意はない。

 ただ、私たちに「炎の皇帝」と戦うだけの力があるのかどうか知りたいだけなのだ。

 よかろう、と私は再戦に応じた。

 杖を両手に持って構えるアッサラーに、飛刀の切っ先を向ける。

 武器の強度は考えるまでもない。

 いかに堅い木の芯を削りだしたとはいえ、刃が当たれば真っ二つになるのは疑いない。

 アッサラーも、それは分かっていることだろう。

 それを承知の上で戦いを挑んできたということは、飛刀をかわす自信があるということだ。


 ……ならば、やってみせるがいい。


 私はアッサラーではなく、杖めがけて斬り込んだ。

 武器さえ奪ってしまえば、こちらの勝ちだ。

 まさか、飛刀相手に拳や蹴りを見舞ってくることはあるまい……という私の読みは大きく外れた。

 飛刀は確かに杖を両断した。

 だが、そこにはもう、アッサラーの姿はない。

 その声は、後ろから聞こえる。

「甘いな」

 身体がふわりと浮かぶのを感じた。

 腰にとりついたアッサラーが、自分の背中を投げ出した地面に、私の頭を叩きつけようとしたのだ。

 私が杖を狙ってくるのは、読まれていたということだ。


 ……だが、この技。


 私もテニーンに仕掛けたことがある。

 格闘を教え込まれていたときは、いつも腕を抱え込まれて、背中から放り投げられていたのだ。

 地面に叩きつけられると、テニーンが笑顔で悠々と見下ろしている。

 それが面白くなくて、私は一計を案じたのだった。

 あるとき、私は自ら片腕を担がせた。

 当然、テニーンの両腕は封じられる。

 渾身の力で踏ん張った私は、テニーンのしなやかな身体を抱え込んで持ち上げたのだった。

 だが、そのしなやかさが曲者だった。

 くるりと空中で身を翻すと、地に舞い降りて足を崩す。

 気が付くと、私は膝枕で横たえられていた。

 見上げた先では、テニーンが不敵に微笑している。

 この膝で頭を挟んでいたら、地面に叩きつけることもできたという意味だったのだろう。

 

 だが、アッサラーはその手に乗らなかった。

 身体を逸らして、器用に地面へ両手をつく。

 紙一重の差で脳天を守ったかと思うと、強靭な足腰の力で身体を起こして言った。

「よかろう」

 負かされておいて言うセリフではない。

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