第14話

身体を前に倒したり、横に振ったりするだけで、馬を自在に歩かせることができた。

 身を隠していた家の表へ馬で出たところで、私は辺りを見渡した。

 「炎の帝王」の威光を笠に着て私を探しだそうとする兵士たちの姿は、どこにもない。

 ただ、誰もいない細道が、静まり返った小さな家々の間を縫って走っている。

 おそらく、村の真ん中辺りを探しつくした兵士たちは各々、その端へ端へと散らばっていったのだろう。

 好都合だ。

 さっきの要領で、龍騎兵ひとりひとりを家々の陰へと誘い込めばいい。

 その間に姿を隠そうとして、私は細道へと馬を歩ませた。

 馬の蹄の音が聞こえないかと、耳を澄ます。

 だが、聞えてきたのは別の声だった。

「出ていけ!」

「いつまでもやられてばかりだと思うな!」

 村の若者が、龍騎兵に襲いかかっているのだろう。

 声が聞こえたほうへと馬を急がせる。

 やがて、家の間から飛び出してきたと思しき若者たちの姿が見えた。

 馬上の龍騎兵に、左右から大鎌や熊手ピッチフォークで襲いかかっているのが見える。

 上手いのは、馬のすぐ脇へと迫ることで、銃を構える暇を与えなかったことだ。

 撃とうとすれば、その隙にどちらかの武器が横腹をえぐるだろう。

 だが、龍騎兵は撃たなかった。

 銃を背負ったまま、腰の剣を抜いて大鎌の刃や熊手の先を続けざまに薙ぎ払う。

 だが、斬り伏せることまではできない。

 代わりに、私に向かって叫んだ。

「撃て!」

 あてにされても、銃はさっき、飛刀で叩き切ったばかりである。

 馬を駆って突進してくる私を、竜騎兵は呆然と見つめた。

 飛刀をひと薙ぎしてやるが、馬も人も斬ることはない。

 鞍を留める帯をちょっと撫でてやるだけで充分だった。

 それが切れて竜騎兵が落馬すると、若者たちが手にした大鎌と熊手が襲いかかる。

 だが、その先は、馬首を返した私の飛刀で斬り落とされた。

「殺すな」

 そんなことを言う義理もない相手なのだが、知らないうちに言葉が口をついて出ていた。

 血を見たくなかったのはもちろんだが、若者たちにそんなことをさせてはいけないという気がしたのだ。

 若者たちはというと、馬上から指図した私を睨みつけることもなく、ふたりがかりで龍騎兵を抑え込む。

 暴れる龍騎兵の兜を脱がせ、左右から羽交い絞めにする様子は、暑苦しくも不思議に心を落ち着かせた。


 ……戦おう、彼らを信じて。


 もともと縁もゆかりもないのに、そんな思いがしてならなかった。

 だが、それは甘かったのかもしれない。

 何かが弾ける音と共に、鋭く風を切る音が耳元で聞こえて、目の前の道に小さく土煙が立つ。

 手綱のない馬が前足を高々と上げて、私は地面に振るい落とされた。 

 龍騎兵の腕を片方ずつ引っ掴んだ若者たちが、顔を引きつらせながら見つめてくる。

 何が起こったかは、すぐに察しがついた。

「目を離すんじゃない」

 叱り飛ばしたが、遅かった。

 しかも、励ますつもりのない相手を励ましてしまったらしい。

 若者たちが緩めた手を、味方の出現で勢いづいた龍騎兵はすぐさま振りほどく。

 地面に落とした剣を拾って立ち上がったが、そこには一瞬の隙があった。

 跳ね起きた私が飛刀を喉元に突きつけるには、充分な間だった。

 これも、テニーンに教わったことだ。


 私と夜の床を共にすることはなかったが、昼間は地面に投げ転がされ、武器を取り上げられて、寝技をかけられるのはしょっちゅうだった。

 豊かな胸を私の身体に押し付け、耳元で甘ったるく囁いたものだ。

 勝てると思わないでね、と。

もとより、そんなつもりはなかった。

 拳打から投げ技から、人間とは思えない妙技を次々に繰り出すテニーンには、最初から敵うわけがなかった。

 むしろ、押さえ込まれたら、その長い髪を枕に、しなやかな身体と共に横たわっていたいと思ったものだ。

 もっとも、そんなことを考えようものなら、すぐに勘づかれて関節技の痛みに悲鳴を上げる羽目になったものだが。

 それを避けようとしていれば、組み打ちの技も身に付こうというものだ。

 

 だが、私の敵はひとりではない。

 馬から下りるべきではなかったと悔いることになったのは、その蹄の音が何頭分も聞こえてきたときだ。

 どこからか駆けてきたモハレジュが、後ろから私を急かした。

「逃げて! そんなの放っといて」

 だが、逃げる気はない。

 私は龍騎兵が手にした剣を、飛刀で叩き切った。

 モハレジュは苛立たしげに私を責めたてる。

「囲まれてるのよ!」

「だからどうした!」

 怒鳴り返したのは、それならそれで、もう、間に合わないと思ったからだ。

 飛刀で竜騎兵たち全て倒して、私ひとりで追われる身になることはもう、できない。

 気づかれずにひとりひとり襲うことができなければ、銃を持った騎兵に敵うはずがないのだ。

 さらに、村の中でも血の気の多いのが、戦う気になっている。

 その手に構えているのは、その先を失って棒きれとなった、大鎌や熊手の柄だった。

「邪魔すんな、お前ら」

 彼らを死なせたくはなかったし、殺しもさせたくはなかった。

 棒切れを、それぞれ掴んだ手からもぎ取って告げる。

「そこにしゃがんで動くな」

 飛刀を手にして、後ろにかばう。

 モハレジュの様子を伺うと、やはり、身体をすくめた若者たちを背にしてナイフを構えている。

 私のしようとしていたことは、既に察していたのだろう。

 目を凝らすまでもなく、竜騎兵たちの姿が四方八方に現れているのが見えた。

 馬上の銃口は、もちろん私たちを狙っている。

今、することは、ひとつしかない。

「分かってるな」

 そう囁くと、若者たちを挟んで背中合わせに立つモハレジュが頷く気配があった。

 呼吸を合わせて、龍騎兵の乗る馬の脚の間に飛び込むように地面を蹴る。  

 銃弾が雨脚のように地面を打ち叩くかと思っていたが、簡単に近づくことができた。

 右に左に飛刀を振るえば、馬の鞍が切り落とされて、龍騎兵たちは地面に転がる。

 立ち上がったところで、手にした銃を片端から真っ二つにする。

 龍騎兵たちはすぐに剣を抜く。

 だが、私は告げた。

「剣を捨てろ。このまま村を出て行くなら、命は取らない」

 銃を持ち、馬に乗ってこその龍騎兵だ。

 たぶん、それは本人たちもよく分かっていることだろう。

 その証拠に、僅かではあるが、足が左右にふらついている。

見れば、モハレジュが相手にした方は、すごすごと馬に乗って退散しようとしている。

 私の目の前にも、一斉に剣が投げ捨てられた。

頭の中で、かつて聞いたテニーンの言葉が蘇る。


 ……うまく行きすぎる話は、罠よ。


そんなことは分かっている。

 だが、今は疑っている暇も心のゆとりもない。

 龍騎兵たちがこの村を去ってくれれば、言うことなしだ。

 だが、思わぬところで邪魔が入った。

 聞き覚えのある雄叫びが上がる。

「モハレジュに何してやがった……帝王の犬がああああ!」

 それは、ここにいるはずのない半人半獣の者どもワハシュたちだった。

 足もとに道があろうがなかろうがお構いなしに、土を蹴立てて突進してくる。

 先頭に立っているのは、あの狼頭のヴィルッドだ。

 長い刀を手に、凄まじい勢いで龍騎兵に襲いかかる。

 その刃を、私は飛刀で受け止めた。

「やめろ!」

「どういうつもりだ!」

 狼頭が振り下ろす大刀を、悪いと思いながら叩き切る。

 続いて襲いかかってきたのは、山猫頭のアレアッシュワティだ。

 先に鉄球のついた鎖を振り回している。

「裏切ったのか!」

「そうじゃない!」

 横殴りに跳んでくるそばから、飛刀を振るって細切れにしていく。

 振れるほどの長さがなくなった鎖を見つめて呆然としている山猫頭の前で、モハレジュを指差してやる。

「無傷だ。逃げる相手を殺すこともあるまい」

 モハレジュも、困ったように言った。

「むやみやたらと恨みを買うこともないしね。むしろ、貸しを作ったと思えばいいよ。こいつら、意外と義理堅いから」

 そこで狼頭も山猫頭も大人しく引き下がったが、納得しない者もいるにはいた。

「関係ない」

 短い十文字槍ランサーを構えた、その獣人にも見覚えがあった。

 それは、山を出て最初に出会った、狗頭人の賞金稼ぎだった。

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