第12話

 松林の奥へと足を踏み入れる私の後を、モハレジュがついてくる。

「今度は粘土?」

「丈夫な炉が作れないと、砂鉄が溶かせない」

 振り向きもしないで答えても、モハレジュは妙に絡みついてきたりはしない。

 今朝からずっと、こんな具合だ。

おかげで、朝の松林の澄んだ風の中で、土の色や匂いを落ち着いて感じ取ることができた。

「これだ」

 しゃがみ込んで、触れてみる。

 いい具合の柔らかさだった。

 指先をじっと眺めていると、後ろから見下ろしているらしいモハレジュが、気を取り直したようにからかう。

「また舐めてみるとか?」

「そうだ」

 もっとも、こっちは大真面目だ。

 土のついた指を差し出してみると、モハレジュは困ったような顔で後ずさった。

「今度は、ちょっと」

 もちろん、こっちは冗談だ。

 素人に分かる味ではない。

 自分で舐めて確かめてみる。

「……いい土だ」


 土と木を水の傍に必要なだけ運んで、鉄を溶かすための炉を作る。

 固い粘土の塊を抱えさせられたモハレジュは、当然のことながらぼやいた。

「何でこんなの持たせんの」

「手伝うつもりで来たんだろうに」

 もっとも、ひとりで使うのに、そんなに大きなタタラはいらない。

 さらに、

 父には、大人数を使う炉の作り方も習った。

 刀鍛冶の技が求められなくなり、頭の中にあるだけで使うこともなかったが。

 モハレジュは、私の抱えた松やその他の木々の枝を見て文句を言う。

「そっちがよかった」

「自分で打つんならな」

 木に登って、薪にできるくらいの枝をナイフで落とすのは、私でなければできなかっただろう。

  

 流れる水で粘土をこねて、四方の幅は肘から先くらい、高さは膝くらいの炉を作った。

 さらに別の窯を作って、枝を炭にする。

 これで何日もかかったが、幸い、モハレジュがナイフ片手に山の中で獣を仕留めてくれたので、食べるものには困らなかった。

「感謝しなさい」

 小柄な身体で見下ろすように言われたが、こればかりは逆らうこともできず、頭を下げるしかなかった。

 砂鉄をタタラに入れて、焼けた炭で綿のように柔らかくする。

 ふわふわになった鉄の塊は、ふいごで風を送って更に熱しなくてはならない。

 それを火箸で取り出して、金床の上に置いて金槌で叩き、混じりっ気なしの鋼に鍛えることになるのだが、そこで邪魔が入った。


「何をしている」

 声の主は、ひとりでここまで来たのではなかった。

 ぐるりと見渡すと、私とモハレジュと、炭火の燃えるタタラを遠巻きに囲んでいる男たちがいる。

 私を捕らえようというのか、その手に長い縄を持ってはいるが、兵士ではない。

 近寄ってこないのは、ナイフを構えたモハレジュの気迫に押されているからだろう。

「ここの持ち主がいたとしても、これだけは打たせてくれ」

 私は、柔らかい鉄の塊に金槌を振り下ろした。 

 別のひとりの返事は速やかだった。

「煙なんぞ上がらねば、こんなとこまで誰も踏み込みまねえ」

 どうやら、近隣の村人らしい。

 そこで、何が言いたいかは察しがついた。

「怖いのか、炎の皇帝が」

 ぼそりと答える声がした。 

「兵隊が先に気付いたら、俺たちが見逃したことにされる」

 何を恐れているかは、これで分かった。

「銃など作ってはいない」

 村人たちが顔を見合わせる気配がした。

 やがて、尋ねる声が聞こえた。

「なら、何でこんなことを」

「刀だ」

 もっとも、炎の皇帝の銃に怯える村人が信じないのも無理はない。

「そんなら、こんな山の中でなくても」

「龍さえも屠る刀だ」

 嘲笑とも失笑ともつかない、力に乏しい笑い声が聞こえた。

 腹は立たない。

 どうしたわけか、憐れみさえ感じられた。

「そんなおとぎ話を」

 私は、刀を打つ手を止めて、改めて村人たちを見回した。

「なら、手を貸してくれ。銃の弾も通さない鎧を作ってやる」

 顔を見合わせての相談が始まる。

 面倒くさいなあ、とモハレジュがつぶやいて、ナイフを構えた手を下ろした。

 

 大勢の手を借りると、仕事は早かった。

 次々に炭が火にくべられ、男たち代わる代わるふいごで風を送る。

 最初の鋼で、私が刀の代わりに打ってみせたものは胸甲と背甲だった。

 男たちは感嘆の声を上げた。

 早速、身に付けてみせる者もいれば、その出来栄えを疑う者もいる。

「銃の弾が通らないって、どうすりゃ分かるんだ」

 龍がいなければ、飛刀に用がなくなるのと同じだ。

 村人たちに取り囲まれた私が返答に窮していると、改めて尋ねる声があった。

「何をしている」

 男たちが振り向いた先には、炎の皇帝の兵士がひとり、銃を構えていた。

 村人のひとりが、慌てて言い繕った。

「いや、妙なところから煙が上がっとりましたんでワシらも来てみましたが、よそ者が……」

 そう言いながらも、何人もが壁になって、鎧を隠しにかかる。

 だが、無駄だった。

「どけ」

 銃をつきつけられては、拒むわけにもいかなかっただろう。

 さっき鎧をまとった男は、もう背中を向けて逃げ出そうとしていた。

 それを叱り飛ばす声があった。

「逃げるの? 風虎ふうこのフラッドが!」

 モハレジュだった。

 飛刀を打とうにも打てないのだから、その言葉はないと思ったが、私に向けられたものではなかった。

 兵士の銃が、逃げ出した村人の背中に向けて火を噴く。

 悲鳴を上げて倒れた男に仲間たちが駆け寄ったが、嘆きの声は上がらなかった。

「本当だ!」

「傷ひとつない!」

「おい! 起きろ!」

 撃った兵士は、青い硝煙のくすぶる銃口を呆然と見つめている。

 その顔が恐怖に歪むまで、それほどの間はいらなかった。

 次の弾を込めることもできずに、村人たちに取り押さえられていたからである。 

 

 こうして、砂鉄を初めとして、山にあった一切のものは、村へと運ばれた。

 私の代わりに縛り上げられた兵士を載せていった荷車は、大きな瓶と共に戻ってきた。

 刀を鍛えるのに使う清水を汲み、炉に使う粘土が乾かないように運ぶためだ。

 もちろん、薪にする木も新たに伐られて山と積まれる。

 足踏みの大きなふいごを備えた「タタラ場」はあるのに、鍛冶屋がいないのは不思議な話だった。

 だが、共に炉へ風を送りながら男たちから聞くことができたのは、昔のつらい出来事だった。

「昔は、ここにも鍛冶屋がたくさんいたのさ。鋤鍬、鎌に熊手、何でもあった。だが、残らず炎の皇帝に連れて行かれた……銃を作るためにな」

 炎と共に歓声が上がり、鋼を打ち延ばしては、更に細かく割る。

 そこでも、怒りに満ちたつぶやきが漏れた。

「逆らえば殺される。道具を鍛える者がおらんで、どうやって作物を育てるんじゃ」

 より混じり気のないものを選び出して、炭で熱する。

 そこで語られるのは、今の暮らしだった。

「固い地面で井戸水汲んで、穫れるのはほんの少し。そんなもんを都で売って、新しい道具を買うんじゃ。ちょっとばかりな」

 刀の芯となる柔らかい鋼の後に、それを包む鋼を鍛える。

 折り返しては打ち、また折り返しては鍛える。

 私の小槌に合わせて大槌を振るう若者たちの口から漏れるのは、帝王の兵たちへの怒りの声だった。

「この刀が……この刀が……あいつらを!」

 だが、その顔には精気が宿っていた。

 刀を鍛えている間は、誰もが暗い昔話や今の惨めさを忘れられるようだった。

 

 力仕事は男たちに預けて、女たちはモハレジュと共に、木炭や砥石を砕く。

 平たい鋼の棒ができると、私は小屋にひとり籠った。

 瓶の中に寝かせておいた粘土の炉に松の炭で火を起こし、父から学んだ秘法で小槌を振るい、ヤスリで形を整えていく。

 炭と石の粉を刃に塗り、山中の清水で一気に冷やしてやると、薄く塗ったところに、いわゆる「焼き」が入る。

 曲がりや、反りを直してやって、柄に収まる部分にヤスリを入れる。

 そこに穴を開けるのは、柄に釘で固定するためだ。

 最後に、父から教わった祈りの言葉と共に、古代の文字を刻んでやる。

「……鋼の主に願い奉る、地水火風の力を賜りし龍をも屠る力をこの刃に許したまえ」


 刀を手に小屋を出ると、夜が白々と明けるところだった。

 冷え切った風が微かな音を耳元で立てる。

 その中に身体を寄せ合って座り込んでいるのは、まんじりともせずに待っていたらしい村人たちだった。

 何と言おうか考えもしないくちに、私の口は開いた。 

「この刀は龍をも屠る。それは間違いない」

 もう、誰も笑わなかった。

 針のように鋭い、無数の眼差しを向けられた私は、いい年をして縮み上がる。

 だが、もう退くわけにはいかなかった。

 朝の光に刀をかざして訴える。

「この飛刀、幾振りでも打ってみせよう。望むなら、鎧も鍛えてみせる。だから……」

 共に、炎の皇帝に立ち向かおう。

 そう言おうとしたときだった。

 私を見つめる村人たちの向こうから、モハレジュが息を切らして駆けてきた。

「逃げた……あの兵隊が!」


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