第7話
完全に信用されたわけではない私は、ナイフ一本持つことも許されなかった。
フードを目深にかぶって、どこへ行くのか尋ねると、スラハヴァーは頭からかぶった分厚い麻布の奥から答えた。
「大通りの裏道……ならず者たちのたまり場だよ」
同行することになった2人の
日の出前のまだ暗いうちに大通りを横切り、裏道に入ると、辺りがぼんやりと薄明るくなった。
こそこそとやってきた何者かが、裏道の片隅に毛氈を強いて座り込んだのをスラハヴァーが指差す。
「あれじゃないか?」
仲間が止めるのも聞かずに、のそのそと歩み寄ると、毛氈の上の男が、面倒臭そうに顔を上げた。
「見ない顔だな」
その眼差しの先にあるものを横目でちらと見やると、スラハヴァーが首をすくめていた。
「見ないでください」
甲羅の中に頭が引っ込むのを邪魔している角を、麻布で隠そうと必死になっていたのだ。
ひとりの
「見んじゃねえよ」
たちまち、男はすくみ上がる。
そこで、すかさず私は口を挟んだ。
「探しているものがあるんだが……表通りじゃ見かけないものでね」
男は立ち上がると毛氈をくるくると巻いて、ついてこいと言わんばかりに歩き出した。
私はワハシュたちに目配せして、その後についていく。
やがて、たどりついたのはどこかの路地の片隅だった。
何やら大きな荷物を背負った、小柄な男がこちらをじっと見つめている。
私たちが近づくと、背中に背負った荷物をほどいて、骨付き肉を差し出した。
「この肉、買ってくれねえか」
スラハヴァーが手を突き出すと、小男は肉を渡しただけで、代金も請求しない。
ただ、こう告げただけだ。
「食え」
スラハヴァーは喜んで貪り食うのを、何か毒でも仕込んであるのではないかと疑ったが、思い過ごしだったらしい。
だが、小男は怪訝そうにスラハヴァーを見つめていた。
「当たらねえのか?」
しまった、と思った。
この肉は、たぶん腐っていたのだ。
当たる、つまり腹を下せば、銃を商っていることの察しがつくという謎かけだったのだろう。
だが、スラハヴァーの胃袋は少しばかり丈夫すぎたらしい。
小男は跳ね起きるなり、後ずさった。
「人間じゃねえな」
懐から小さな笛を取り出して吹き鳴らすと、たちまち、あちこちの家に寝泊まりしていたらしい人相の悪い男たちが現れた。
手に手に持っているのは、大小さまざまの棒だ。
逃げようとした私たちは、あっという間に、狭い路地で行く手を塞がれてしまった。
「化物どもの来るところじゃねえ」
これが癇に障ったらしく、
私は小声でなだめた。
「ここは逃げろ」
だが、山猫頭も頭に血が上っているようだった。
「舐めると痛い目見るって……」
その脅し文句が終わらないうちに、ならず者たちが叫んだ。
「こっちが見せてやらあ!」
山猫頭の男を殴りつけた棍棒を、他の
低い声でたしなめる。
「落ち着け、アレアッシュワティ」
そこへ銃の売人が、ナイフを抜いて斬りつけてきた。
狼の頭を持つ
「危ない、ヴィルッド!」」
亀の甲羅に当たったナイフの刃が折れたところで、私は声を限りに叫んだ。
「逃げろ!」
狼頭のヴィルッドがぼそりと言った。
「モハレジュに会わす顔がない」
私には理解できなかった。
こんな切羽詰まったときに……こんな目に遭ってまで?
山猫頭のアレアッシュワティが囁いた。
「お前こそ逃げろ……丸腰だからな」
確かに武器を渡してはもらえなかったが、それを理由に
「頼んだのは私だ」
むしろ、原因は銃を手に入れるのに巻き込んだことにある。
アレアッシュワティが、山猫の顔にふさわしく、ふーっという唸り声をたてた。
「勝手にしろ」
それが聞こえたかのように、さっき棍棒を噛み砕かれたのが殴りかかってくる。
その拳を掴んで腕を捻ってやると、足をもつれさせて転がる。
テニーンに習った技だ。
一発張り倒したところで、ならず者たちの動きが止まる。
すかさず、
「今のうちに!」
しかし、
狼頭のヴィルッドと山猫頭のアレアッシュワティは、共にけたたましい雄叫びを上げると、異口同音にわざとらしくつぶやいた。
「やりたくはねえが」
動きの鈍いスラハヴァーが悲鳴を上げる。
「もうダメだ……」
夜明け前の光にぼんやりと霞む路地の向こうから、整然と駆けつける者たちがあった。
小剣で武装した兵士たちだ。
アレアッシュワティが、人ごとのようにつぶやいた。
「銃を持ってはいないようだな……ありがたいことに」
言わんこっちゃない、と吐き捨てた私は、なおも逃げ道を探す。
もちろん、どの路地の入口も兵士たちに塞がれていた
その中のひとりが尋ねた。
「何者だ……何をしていた?」
スラハヴァーが無駄な弁解をする。
「俺たちは、ただ……」
自分の身を守っただけだ、などという世迷言が通じるわけがない。
だが、そこで私は、さらに無駄な抵抗を試みた。
「私も、これを……」
拾い上げてみせたのは、売人の落としたナイフの刃だ。
だが、ならず者たちはしゃあしゃあと言い抜けようとする。
「折れてるんじゃあ話にならんな」
兵士が首を傾げたのは、私が
「……お前は?」
「私は……」
そこで、服をはだけて見せたのは、さっき殴られたときの痣だった。
兵士が、困ったような顔でならず者に尋ねる。
「殴ったのか? 人を」
ならず者たちは、慌てて言い訳する。
「こいつは、こいつらの味方を」
兵士のひとりが私に尋ねた。
「味方なのか?」
ヴィルッドとアレアッシュワティは、私だけでも逃げろと言わんばかりに、揃ってそっぽを向いた。
スラハヴァーは、見捨てないでくれとでいうように私をじっと見つめている。
私は、そのどちらにも応じなかった。
それは、都合の悪いことへの沈黙と取られても仕方がない。
兵士は、腰の小剣に手をかけながら言った。
「それなら、まず」
おまえから、と続くところだろうが、その隙が私の狙いだった。
引き抜かれた小剣への注意が逸れたところで、それをすかさず奪い取る。
殺す気はない。
他の兵士たちから、いらぬ恨みを買って追い詰められてもつまらない
刃をこの兵士の喉元に突きつけてやるとあっさりと腰を抜かした。
だが、私たちもまた、抜き身の小剣に取り囲まれる。
兵士のひとりが言った。
「命は惜しくないな」
そこで襲い来る小剣を薙ぎ払えば、また他の小剣が迫る。
次から次へと斬りかかってくるのを、一瞬でまとめて薙ぎ払う。
迫り来る兵士の腕に食らいついて小剣を落とさせた後、ヴィルッドが狼の声で咆えた。
「きりがない!」
軽やかな動きで小剣をかいくぐって山猫爪を振るう、アレアッシュワティが応じた。
「殺ってしまおうか? ひとり残らず」
やろうと思えばできるのに、そうしなかったのは、たぶん、私と同じことを考えていたからだろう。
だが今は、仲間を失った兵士たちの恨みを買ってでも、血路を切り開かなければならない。
その決意を鈍らせたのは、夜明けの霧の中で静かに響き渡った声だった。
「やめたほうがいい」
長い髪と、しなやかな褐色の身体を持つ美しい少女が、どこからともなく姿を現した。
モハレジュだ。
兵士たちも小剣を持つ手を止めて、息を呑んでその肢体を見つめている。
だが、アレアッシュワティは聞かなかった。
「こいつら……俺たちを」
動けない兵士たちの喉元に向かって、鋭い爪を振るう。
しかし、それが当たることはなかった。
ヴィルッドが、その前に立ちはだかったからだ。
「やめろ……モハレジュがそう言うんなら」
腑抜けになった敵を前に、たちまち仲間割れが始まった。
ただし、スラハヴァーだけはいつもの調子だ。
「あの……兵隊さんたち? どうしたの?」
そんなことには構わずに、アレアッシュワティは長い爪を横に薙いだ。
「この小娘がどうしたって?」
当のモハレジュはというと、兵士たちと同じくらい、我を忘れてその場に立ち尽くしていた。
その服は横一文字に引き裂かれている。
露わになった褐色の薄い胸を腕で覆って隠したモハレジュは、目を大きく見開いて、膝から崩れ落ちた。
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