— 3 —

振り返ると、それはやっぱり文章だった。

脳裏に整然と並んだ、白く固まった筆致。

目の前に訪れた内容は、一見すると乱雑で。

しかし、自分の記憶は古びた箱の中身の様に。


私の身体は、スラリと進んでゆく。


平坦な抑揚に、足の爪先の張り。怒涛のような言葉の渦。

くるくると、軽やかに宙へと跳びあがって。

視界の中では、静寂が踊っている。

薄靄のような、真っ昼間の静寂。

冷めきった空気が、茹だった腕の中のように。


改札の外側の世界。


涙の中は、真っ暗闇。

宇宙のように真っ暗闇。

視界を遮るガラスの雫。

覆われた油分の煤は、こびり付いて。


拭き取っても、全然拭き取れない。


ドス黒く汚れた服の裾。

赤縁あかぶちの眼鏡は、空白に塗れて。

拭いても拭き切れない、乾いた色合い。

黒い色。

インクのように苦々しい、黒く透けた涙の跡。


駅の外の光景は、まるで白い紙みたい。


この先には何にも無いかのように、呑気な空。

真っ白で何も見えない、曇り空が発した歌声。

嘲笑うように静かに漂う、生ぬるい風。

私の肌の表面を、撫でるかのように。


緊張で強ばっていた身体、太った猫の欠伸。


スラリと運ばれてゆく筆のように。

それは、暗闇の中を突き進む猫のように。

滑らかに、勝手に動き続けている。


乾いた涙は、黒いインクの味。


明白に描かれた、嘘みたいな味。

紙面の上を揺蕩うように、踊っているかのように。

乾いた音が、視界の中に渦を巻いた。


無意味で灰色な、私を導くような文字の声。


古びてしまった記憶は、文章の奥底から湧き出てきて。やはり、指の先から舞い出てきた。既に割れてしまった泡のように、真っ新で。

言葉の空白が、私の身体を求めている。

形を失った、妙に懐かしげな雰囲気。あの街の公園。白いお化粧をした、由紀恵さんの横顔。紙川様の姿を求めた、あの村の人だかり。


由紀恵さんも、同じ事をしてたみたい。


私が生まれるよりも、遥か昔のお話。村の人々の願いに添って、紙川様のフリをして。どうしようもない皆の孤独を、癒し続けて……。


それならば、今の私がすべき事とは。

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