— 2 —

——すごく、美しかったの……。

紙川様は、私にそう語り掛けた。

煌めく黒いドレス。死人のように白い肌を紅潮させながら。

目の前は、真っ暗闇。

未だに、私はトンネルの中を歩き続けている。

ふらりと振り向いた、恍惚の表情。

あの時の語り口は、深く心に刻まれて。

——ねえ、春香さん……。

今も、瞼の裏に残っている。

目の端から零れ落ちる、黒い涙。

——貴方には、見えていますか?

指先から羽ばたいた、透き通った音色の蝶のさざめき。

信じてきた言葉の、煌めき。

——かつては透明だった、言葉たちの姿。

豊かな言葉のイメージは、朗々と響き渡って。

すっかりと、その場を支配する事が出来た。


——脳裏に、うっすらと浮かんで……。

あの当時であれば。得々と。浮かんだ言葉を、淡々と吐いていれば。自ずと、他人が付いてきた。

——染み込んでゆく、砂漠の花の鮮やかさ。

いや、誰もが従ったのである。トンネルの内に蔓延る、乾いた音の漢字。言葉の幽玄なる響き。

——はなたばを。

じっとりと。人々は、無意味な文字を求め続けて。光を、何とかして得ようとしていた。

——はなたばを、あなた

目の前に広がった、永い暗闇。線の固まり。脈々と満ちた、通路はもぬけの殻で。

——あなたをはばな。

何にもない。皮膚に漂う化粧の匂い。揮発した血液の感触、は気持ちがいい。

——をば、あをばたな

何せ、酷く真っ白だった。から、私は凄く卑猥な気持ちになった。

——をばな、をばたをな……。

頭を垂れた私の母親。女の人は皆、私の前に跪いて。

──あなたは、「をばな」です。

裸の姿を、曝け出していた。

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