第2話 my feelings came out
「颯汰さぁーん!お疲れ様です!けっこーいい感じに話まとまったみたいで良かったっすね!」
「おー、建おつかれー。相変わらずテンション高ぇな…」
今日は普段よりも倍長い打ち合わせだった。疲れてげっそりとした俺と対象に、4個下の後輩にはまだピンピンしている。羨ましい、と俺は思わず苦笑した。
桝井 建。こいつは俺の専門学生時代からの友達の弟で、今年うちの事務所に入ってきた。張り切りすぎて時々から回るところが玉に瑕だが、何より仕事熱心で信頼している。女性社員曰く、世話され上手で人気があるらしい。
「にしても颯汰さん凄いっすね!これからもっと人気でちゃいますよ!」
「だといいけどな。でもブランド作るってなると大変なことも多いから、気引き締めないとなー」
今日の打ち合わせで、以前から話に出ていたブランド立ち上げの話がまとまった。ずっと目標にしてきたことで今からロゴや服のデザインを考えるのが楽しみ…なのだが、
「さっきからなんかずっとボーッとしてますけど、大丈夫ですか?」
「悪い、ちょっと考え事しててな」
大事な打ち合わせの最中なのに、気を抜くとすぐに昨日のことを思い出してしまっていた。頭を切り替えなければまずい。
「そういえば俺がおすすめしたバー行きました?ほら、銀座にあるbelleってとこです!」
忘れようとしているのに、追い打ちをかけるようにして質問された。なるべく突っ込まれないようにしないと、と思いつつ答える。
「うん、昨日行ったよ。店内もお洒落だったしカクテルも美味かったな」
「ですよね!それともうひとつなんですけど」
建は周囲をキョロキョロと見回して俺に耳打ちした。
「あの店にめっちゃ可愛いバーテンの子いませんでした?黒髪の」
「……あーいた、いたいた。澪ちゃんね。確かにすげー美人だよな、あの子。」
動揺して答えるのに少し間が空いてしまったが、大丈夫だろうか。俺は誤魔化すようにデスクに置いていたペットボトルを手に取った。
「今日ぼんやりしてたのってもしかして二日酔いですか?颯汰さん珍しいっすね。」
「昨日はちょっと調子乗っちゃったかもな。xyzがめっちゃ上手くて。」
「分かります!あとジンリッキーも最高でしたよ!良かったら今度一緒に行きませんか?ブランド立ち上げのお祝いで!」
「おー、いいね。じゃあ週末辺り行くか」
話が盛り上がったと思ったら建は急に静かになった。どうしたのかと顔を見ると同時に、
「颯汰さん、もしかしてバーテンの子気になってたりします?」
「……は?」
とんでもない爆弾が投下された。しかもどうやらかなり顔に出てしまっていたようで、生暖かい目がこちらに向けられた。
「あーやっぱりっすか!あんな感じの子タイプでしたよね?そーいえば颯汰さんの初カノも」
「おい!ちょっと待て!ストップ、ストップ!」
思いのほかかなり大きな声が出てしまって、部屋にいた全員の目がこちらに集中した。
「建、一旦場所変えよう。」
俺は建を引きずるようにして廊下に出た。
「ちょっと颯汰さん引っ張んないでくださいよ!お気に入りのジャケットがシワになっちゃいます!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ建をシカトして、俺は慌てて口を開いた。
「おい、お前急に変なこと言うなよ!だからその、俺が澪ちゃんのこと好きとか!」
「えーでも実際そうなんっすよね?颯汰さんわかりやすいからなー」
「あのなぁ…」
しまった、と頭をガシガシかいた。よりによって、こいつにバレるとか恥ずかしいにも程がある。しかも思春期の中学生でもあるまいし、一目惚れしたなんて知られたくはない。
「いやー、でも俺颯汰さんのこと心配なんですよ。ここんとこしばらく恋愛とかしてませんよね?経験人数も少ないし。前に付き合ってた子と別れたのいつでしたっけ?」
「3年ぐらいは経つ…かも。つーか経験人数少ないって余計だろ」
元カノと別れたのは、24歳になってすぐのことだ。その辺りから事務所を立ち上げる話が進み、すれ違いが多くなってしまったのだ。独立してからは忙しい毎日が続き、ゆっくり恋愛する余裕もなかった。声をかけられたり、連絡先を渡されることはそれなりにあった。でも、元々恋愛体質でもないし上手く話ができる方でもないから、相手とは何も起こらなかった。
「でも自信持ってください!颯汰さん顔結構イケメンだし、中身もそこそこいいじゃないですか。きっと澪ちゃんも振り向いてくれますよ!」
「さっきから好き勝手言ってんじゃねーよ…」
俺は思わず大きなため息をついた。
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