舌切りスズメとオジイさん

六花

短編

 仕事の帰り道、アルトコロ大陸トアル国領地の外れで少女、スズメはお腹を空かせて動けなくなっていた。


「くっ! 私とした事が、依頼の事ばかり考えていてお弁当を持ってくるのを忘れるとは……」


 人通りが殆ど無い街道。このままでは脱水か飢餓で死んでしまう。


「フッ……幾多の殺しで手を赤く染めてきた報いか。命尽きる時は少しでも長く苦しませてやろうという殺された者の呪いかもな……」


 スズメは若くしてプロの殺し屋。受けた依頼は必ず遂行するが、少しばかりアホだった。


「もうダメ……だ……」


 意識を失いスズメは地面へ倒れ込んだ。

 死を覚悟したスズメは目を覚まして自分が死んでいない事に疑問を抱く。


「んぅ……ここは……? 私は何故生きている……?」


 体を包む柔らかく温かい布団感触に見知らぬ天井と漂ってくる美味しそうな匂い。

 ワケも分からずただボーッと天井を見つめていると顔を覗き込んできた青年が優しく微笑み話しかけてきた。


「やぁ、目を覚ましたようだね」


「貴方は?」


「僕はオジイ。道端で倒れていた君を運んだ者さ」


「オジイさんが私を助けてくれた?見ず知らずの私を何故?」


「何で? って……そのままにしていたら死んでしまうと思ったから」


「お人好しですね。私は死んで当然の人間なのに、それを助けるなんて――あっ」


 話している途中でスズメの腹が空腹を伝える音を出した。

 咄嗟の出来事にスズメは顔を赤くし、オジイは音とスズメの表情を見てカラカラと笑う。


「あはは、お腹が空いているんだね。丁度、ご飯が出来上がるところだから、一緒に食べようか」


「すみません……」


 食事を取りに立つオジイは部屋を出る前にスズメへ言葉を置いていく。


「君は死んで当然というけど、体は正直だ。お腹が鳴るって事は君の体が生きたいって言ってる証拠だよ」


 オジイが出ていって部屋に1人きりになったスズメは上半身を起こして自分の腹に手を当てる。


「生きたい……か」


 暫くしてオジイがトレーに食事を乗せて運んできた。

 食事は至って質素。白米と味噌スープ、そして味付け海苔。

 運び終わってスズメの居るベッドの隣にある椅子腰を下ろしたオジイは苦笑いを浮かべた。


「ご飯と言っても大した物を出せなくてすまないね」


「いえ、とても美味しそうです」


「そう言ってくれると嬉しいよ。じゃ、食べようか」


「いただきます」


 食事に手をつけ出してすぐにスズメの手が止まる。


「あのー、オジイさん……」


「ん? どうかしたかい?」


「この黒い紙は何ですか?」


 スズメは海苔を知らなかった。今までスズメの食事はパン食が多く、白米を食べる時は何も手を加えずただ炊いた物を食べ、味噌スープも具を入れずに味噌をお湯で溶かした物しか飲んだ事がなかった。

 食事に何か付け加える事を考えていなかったスズメにとってオプションである海苔は今まで目に入らなかった食べ物である。


「それは味付け海苔といって、海藻を加工した物だよ。塩っけがあって美味しいから食べてごらん」


 本当に食べられる物なのかと疑ったが、助けてくれたオジイさんの言葉を信じて海苔を一齧り。

 すると、見る見るスズメの表情はにこやかになり、パリパリと味付け海苔だけを食べていく。


「美味しい! あっ……もうなくなってしまった……」


 海苔を気に入ったスズメを見てオジイさんはニコニコと笑い自分の分の海苔をスズメの器へ置く。


「かなり気に入ったようだね。僕の分もあげるよ」


「良いのですか?」


「ああ。美味しそうに食べている君の顔を見ていると気分が良くなってくるからね」


「それではお言葉に甘えて……うん! 美味しい!」


 和やかな食事をし、食べ終えると違和感を覚えたスズメがそれを口にする。


「ご馳走様でした。オジイさんにお伺いしたい事があるのですが」


「何かな?」


「この家屋や周辺に人の気配がしない。恐らく人里離れた所の一軒家に1人でお住いのようですが、何故そのような生活をなされているのですか? オジイさんのような人当たりの良い人ならどこでも上手くやっていけそうなのに……」


 スズメの質問にオジイさんはまた苦笑いを浮かべる。


「ベッドから動いていないのにそこまで分かるなんて君は凄いね。君が言ったように僕は人里離れた所で1人住まいだ。ここで生活しているのは仕方のない事なのさ」


「仕方がないとは?」


「僕の家系は貴族でね。とは言っても貧乏で弱小だけど。貴族の地位を捨てれば今より良い暮らしが出来るけど僕はそうしたくないのさ」


「何故ですか?」


「この家と土地は両親が死んで残った唯一の物。両親はトアル国の王族に騙されて貧乏になったのさ。弱小なのは元々だったけどね」


 話すにつれ表情を曇らせていたオジイさんだったが、


「両親はとても優しかった。自分達が辛い状況にあっても僕には一切辛さを見せず温かく育ててくれた。そんな両親が残した物を僕は何がなんでも守りたくてここに1人で暮らしているのさ」


 理由を語った後は凛々しくそして優しく微笑んだ。


「そうですか……すみません、気が回らない質問をしてしまいました」


「気にする事はないよ」


「先程の話を聞いて少しばかり気になった事があるのですが……」


「何だい? 何でも聞いてくれて構わないよ」


「では……残った領地を守るだけでなく奪われた領地を取り戻そうとは思わないのですか?」


「そうしたいけど、さっき言ったように僕は1人ぼっちの貧乏な弱小貴族。力も無く、使用人を抱えるお金も無い。ここを守るだけで精一杯なのさ」


「そうですか……」


 少し黙って考えを巡らせたスズメはオジイへと体を向けて真っ直ぐに見つめた。


「オジイさん、私を使用人としてここにおいて下さい」


 スズメの言葉にオジイは焦りを見せる。


「僕の話を聞いていたかい? 僕は君を雇えるほどの財力はないんだ」


「お金に関しては問題ありません。使用人といってもお給料は要りません。ただご飯を食べさせて貰えるのと貴方のもとで生活をさせていただけるだけでいいのです」


「まぁ、君がそれでいいなら僕は構わないけど……」


「決まりですね。私はスズメと申します。これからよろしくお願いします」


「ああ、こちらこそよろしく」


 こうして2人の生活が始まった。


 ◇


 オジイの家での生活は毎日平穏。殺しの依頼がない時は基本的にスズメはオジイと一緒にいる。

 最初は安定した食料元と決まった住処を手に入れる為に使用人を志願した。

 だが、オジイの優しさと味付け海苔の美味しさに酔い、少しづつ殺しの仕事を受けなくなっていき、いつしか全く殺し屋の仕事をしなくなった。

 そしてある日、町へ買い物へ出かけた日のこと。


「オジイさん! 味付け海苔! 味付け海苔を沢山買いましょう!」


「あはははは。ダメだよ。1週間に1袋って決めただろ?」


「予備ですよ、予備! 食べませんから買って下さいよ〜」


「ははは、ダメ、ダメ」


 いつものように楽しく買い物をしていた時。

 すれ違った人とぶつかってしまう。


「きゃっ」


「おっと失礼」


「すみません、ウチの使用人が」


「いえいえ、こちらこそ余所見をしていたもので。では」


 軽く会釈をして去る男をオジイは頭を下げて見送ってスズメへと向き直ると、


「はしゃぐのはいいけど、気を付けないと……」


 スズメが表情を曇らせて俯いていた。


「どうかしたか? さっきぶつかった時に怪我をしたのか? それとも具合が悪いのか?」


 オジイの声を聞いてハッとした表情を一瞬見せたスズメはすぐに笑顔を作った。


「いえ、少し反省していただけです」


「そうかい」


「すみません、心配や迷惑をかけてしまって」


「構わないさ。じゃあ、気を取り直して買い物の続きをしよう」


「はい」


 その後もスズメはいつも通りに振る舞う。しかし、時折暗い表情をする。

 オジイはそれに気付いていたけどスズメが自分から言い出すまで問わないようにしていた。

 スズメの様子がおかしくなってから幾らか経った日。トアル国からの呼び出しの通知がくる。

 1人で来いと指定されていたので不安を残しながらスズメをおいて王城へ出かけた。


「まだかなー。早く帰ってこないかなー。お土産に海苔とか買ってきてくれないかなー」


 朝にオジイが出掛けて半日。昼食取らずにスズメはオジイの帰りを待っていた。

 すると、どこからともなくスズメの好物の匂いが漂ってくる。


「これは……焼き海苔の匂い!」


 匂いを辿って行くと玄関の手前にホカホカの焼き海苔が落ちていた。

「何で海苔が落ちてるんだろ? ま、いいや。食べちゃお」


 落ちていた焼き海苔を拾って食べていると、体に異変がおき始める。


「あれ……? 体が……痺れて……」


 体に痺れを感じて間もなくスズメは前のめりに倒れてしまう。

 スズメが倒れた瞬間、玄関が開けられて物々しい兵士を引き連れた中年の女性が現れた。


「上手くいったようだね。お前達その娘の体を起こしておやり」


 女性の言葉に兵士がスズメの両脇を抱えて無理矢理立たせる。


「トアル国女王……態々、貴方自身が出向いてくるとは」


 中年の女性はトアル国のオバア女王だった。そして、オバア女王がやってきたわけをスズメは察した。


「今までお前のような下賎な輩に目を掛けてやったのに、主人であるワタクシの依頼を散々無視した挙句に最後の警告にすら応えない。これはワタクシ直々に罰を与えてやろうと思ってね」


 殺しの依頼のほとんどはオバア女王からのものだった。隣国の要人を殺して自国が優位に立てるようにする為の依頼。

 生きていく為の手段として殺し屋稼業をあてもなくやっていたスズメは今まで言われるがまま依頼を淡々とこなしていた。

 しかし、オジイと出会い暮らしていく内にスズメは平穏で温かな日常に魅了されていき、依頼がきても無視していた。

 ある日の買い物で人とぶつかってから様子がおかしかったのは、その人からぶつかった時に最後の警告の手紙を渡されて読んだから。

 手紙の内容は『このまま依頼を無視するなら、国から出て行け。さもなくば容赦はしない』というものだった。


「主人? 目を掛けてやった? 貴方は私を利用していただけだろ。私の主人はオジイさんだ。オジイさんは見ず知らずの私を助け、何も聞かずに食事を与えてくれた。私はオジイさんの優しさに触れ、貴方の欲にまみれた殺しの依頼をやりたくなくなっただけだ」


「貧乏で弱小貴族の方がワタクシより良いと言うのか!?」


「そうだ」


「キィー! よくもそんな口を!」


 怒りを顕にしたオバアは懐から小刀を取り出して目が据わる。


「お前達! この娘の舌を引っ張り出しなさい! そのよく回る舌を切り取ってやるわ! 抵抗するようなら痛めつけてやりなさい」


 痺れている体を動かそうとするも上手く動かず、兵士達に暴行を受けて無理矢理口を開かされ舌を引っ張り出され、オバアに舌を切られてしまった。


「あぁああああっ!」


「フフフ。これで侮辱する事も出来ず、大好きな海苔を食べても味を感じ取れない。いい気味だわ。これに懲りたらワタクシに従うか、国を出て行く事ね。次はお前だけで済むと思わないでね。オーッホッホッホ。お前達、帰るわよ」


 これでもかという程スズメを痛めつけて満足したオバアは兵士達を連れて帰っていった。


 ◇


 オバア達が去って数時間。何も知らないオジイは家に帰ってきて驚く。


「ただいま、遅くなってすまないね。すぐに食事の準備を……な、何だ!? これは!血……?」


 床や壁に付着する血液。床に付着していたものが奥へ続いていたので血痕を辿るといつも食事をしているテーブルにポツポツと血が付いた手紙が置かれていた。


 手紙にはこう書かれていた。


『オジイさんへ。貴方との生活はとても温かく良いものでした。でも、血で手を染めて生きてきた私はやっぱり普通に生きていてはいけないようです。こんな私に優しくしてくれてありがとう。そして突然ですが、さようなら。スズメより』


 血とは別に手紙には透明の雫が落ちた痕もあり、文字も震えていた手で書いたように崩れていた。


「スズメ!」


 手紙を読んだオジイは血相を変えて家を飛び出し、夜へと移り変わる外へスズメを探しに行った。



 時を同じくしてトアル国の王城では酷い騒ぎになっていた。

 その騒ぎを起こしていたのはスズメ。

 平穏な生活を奪われたスズメは鬼神と化していた。受けた傷や痛みは怒りで気にも止まらない。

 数々の依頼をこなしてきたスズメは殺しのプロ。どれだけ傷つこうと目的へと突き進む。

 スズメ1人に対して城内の兵士数は100を超える。

 あまりにも多勢に無勢。だが、スズメは着実に兵士を葬っていきオバアを目指す。

 片目が潰れ、利き手も動かなくなり、片足を引き摺ってでも。

 そして、遂に向かってくる兵士は居なくなりオバアを追い詰めた。


「ひぃっ! 殺さないで!」


 命乞いをするオバアへスズメは舌を切られて上手く発音出来ていない言葉を発する。


「貴方は生きていてはいけない。王様になるのはオジイさんのような人がいい」


「わ、わかったわ。ワタクシは王座から降りるから助けて」


「もう遅い」


 オバアの命乞いも虚しくスズメはオバアの命を終わらせた。

 目的を果たしたスズメは張り詰めた気が緩み襲いかかってきた痛みと無理に動いていた事により、その場へ倒れて意識を失った。


 ◇


 次にスズメが目を覚ますとそこは見慣れたオジイさんの家の天井。温かく柔らかい布団の中にいた。


「生きてる……痛っ……」


「やっと目を覚ましたようだね、良かった」


 視線だけを声の方へ動かすとホッとした表情を浮かべるオジイさんがいた。


「オジイさん……どうして……」


「君を探していたら王城で騒ぎが起きてるのを耳にしてね。まさかと思って行ったら君が城の中で倒れていたから連れて帰ってきたのさ」


「何で……こんな私を……」


「今まで君は許されない事をしてきたのかもしれない。でもね、誰にだって過ちってものはあるものさ。君は僕のたった1人の大切な使用人だから。その大切な使用人が過ちを犯してしまったなら、一緒に号を背負ってやるのが主人ってものだろ?」


「オジイさん……」


「まだ傷は完全に癒えていないんだから、ゆっくりおやすみ、スズメ」


「……はい」


 涙を流しスズメは目を閉じる。オジイに優しく頭を撫でられて。



 目撃者が全て死んでいた事から、スズメの罪は問われる事はなかった。

 オバアが失跡した日から数年が経ち、それまで次の王座につく者が決まらずいたトアル国に新しい王がつくことになる。

 貧乏で弱小貴族だったオジイはスズメと手を取り合ってこの数年頑張っていた。

 王の戴冠式で怪我の後遺症で片手足が動かなくなった片目に眼帯をしたスズメの座っている車椅子を押すオジイが国民の前に立つ。


「スズメ、ありがとう。君と一緒だったからここまでこれた。両親が残してくれた領地だけでなく、僕はこの国も守っていくよ。そして、君も」


「私こそありがとうございます。これからもずっとオジイさんのお傍にいます。大好きです、オジイさん」


「僕もスズメが好きだ。ずっと一緒にいよう」


「はい!」


 愛の言葉と共にオジイは正式にトアル国の王となった。

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舌切りスズメとオジイさん 六花 @rikka_mizuse

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