君に費やした時間

保育園からの付き合いであるアイツが、文化祭が行われる今日ようやく想い人に告白をするらしい。


望む結果になって欲しい。というか、そうでないと困る。じゃなきゃ、これまであたしがあの馬鹿に費やしてきた時間が全部無駄になってしまう。


初めて本気で人を好きになった、とアイツは言っていた。言葉通り、元々恋愛はからっきしで、クラスでは下ネタで男子から笑いを取り、女子からは心の底から引いた目を向けられる。オシャレだって全く興味が無く、私服はいつも白シャツに黒チノパンだったし、アクセを身につけることも髪をセットした経験も無かったから、助けを求めてきたアイツを憐れんでゼロから100まで全部あたしが叩き込んだ。


その甲斐あって見た目は…まぁ…それなりにかっこいいじゃん?ってくらいには仕立て上げることができた。元々素材はいい方だったし。それを見抜いていたあたしがなにより凄い。


しかし一難去ってまた一難。想い人の彼女と2人でお出かけにいきたいというアイツからデートプランを聞いてみたところ


「昼から集まって、まずは二郎ラーメンに連れて行こうと思う」


と開口一番に言いやがった。完全に男友達と出かけるノリである。スパァンと頭を叩いてデート舐めんな、と叱ってやった。すると


「お前が二郎ラーメンが好きだから女子もみんな好きだと思ったんだよ!」


と言い訳をしだす。確かにあたしはアイツとよくラーメンを食べに行くが、あたしから誘ったことはないし、仕方なくアイツに付き合ってやってるだけ。別に二郎ラーメンが好きというわけではない。量多くて食べきれずいつもアイツに食べてもらってたし、太るし。1人じゃ絶対に行かないと思う。


結局アイツには水族館に誘うよう提案した。男女2人で水族館なんて正直中学生レベルとしか思えないが、アイツの恋愛経験を踏まえるとそれくらいが丁度いい。ロクに会話もできないだろうけど、水族館の静かな雰囲気がそれを許してくれるし。


無事水族館デートは成功したようで、よほど嬉しかったのか、館内で撮った写真を全て送ってきた。アイツが単体で写ってる写真だけあたしのスマホに保存してあげた。特に意味はない。


その後も何度か2人でデートに行っていた。遊園地、海、イルミネーションなどなどなど。その裏側には毎回あたしの助言があって、あたしと想い人ちゃんでデートしていると錯覚してしまうほど、アイツは忠実にあたしの指示を守っていた。ラジコンじゃないんだから、全く。


元々恋に奥手だったのか、恋愛には興味なかったせいなのか、確実に関係は深まっているというのに、次のステップに進むことを躊躇っていた。これ以上付き合うのは懲り懲りだったから、1週間前の夜に電話で、文化祭で告白しろ!と言いつけてきた。そこでも告白の言葉はどうしようなんてなよなよしてたから、最後くらい自分で考えろ!と怒りを露わにして通話を終了してやった。なんで怒っちゃったのか、自分でもよく分からない。


そして文化祭当日。あたしたちの学校の文化祭は、一般の方が入場する昼の部、学生のみで出店の余り物などを分け合いパーティーをする夜の部に分かれている。ムード的に夜の部で告白をした方がいいことは、流石のアイツも分かったようで。


想い人ちゃんを体育館の裏に呼び、告白をする前にアイツはあたしの元はやってきた。体育館裏って…マジで中学生じゃん、と揶揄うあたしの声も、ど緊張しているアイツには届かなかったようで。あたしがどんな気持ちで笑顔を作ってるかなんて気づくはずもないんだろうな。


「…ちょ、まじで。ギリギリまで一緒にいてくれ」


やめてよ、そんなこと言うの。


「お前といると落ち着くんだよ。なんというかこう…一家に一人欲しいっていうか。今まで世話になってきたから信頼してるというか」


嬉しくない。全然嬉しくないから。






だって君の1番は、あたしじゃないんでしょ?


あたしは顔を俯け彼に接近し、ヘッドロックをかました。いだいいだいいだい、と悲鳴をあげる彼。こうしておけば、あたしの表情は彼からは見えない。


自分でも、どんな顔をすればいいのか分からない。100%感情を出したとしたらあたしは泣いてしまうだろうし、感情を隠せるほど器用じゃない。そういうところも、君に似ていたりする。あと一歩が踏み出せないところも、あたしたちは似たモノ同士だ。


あたしは君と2人で水族館に行きたかった。イルカショーで何も知らない君と1番前の座席に座り、飛んできた水飛沫を頭からかぶり、暫しの静寂の後びしゃびしゃになったお互いを見て大笑いをする。


あたしは君と2人で遊園地に行きたかった。お互い絶叫モノは大好きだったから、同じジェットコースターを何周もして、2人で叫んで。仲良くガラガラになってしまった声で、また次も行こう、と約束する。


あたしは君と2人で海に行きたかった。君だけのために新調した水着を着て、でも鈍感な君は向こうで浮き輪貸し出してるって!なんてあたしの姿なんて気にも留めず走り出してしまって。でも、それも君らしいな、そういう君を好きになったんだよなって後を追いかける。


あたしは君と2人でイルミネーションに行きたかった。行ったはいいものの、ちかちかと光るLEDライトを見て、こういうロマンチックなのは俺たちには合わないな、なんて君が言い出して、それってどういう意味、とあたしが声を荒げる。


そして、あたしは君に文化祭で告白をしてきてほしかった。顔を真っ赤にして告白してくる君に、返答する代わりに抱きついて。遅いよ馬鹿って涙ぐんで。


どれもこれも子供っぽいって笑われるだろう。でも、それがあたしたちだから。あたしたちだったから。


君があたしに恋愛相談をするのは間違いだったよ。あたしはずっと君に一途だったから恋人なんていたことなかったし。でも、あたしは君に、君だけに尽くしたい。だから君をあたし好みに仕立て上げた。それ以外に方法が無かった。君の格好も君の髪型も君とのデート内容も、全部全部あたしの妄想を詰め込んで。だから前よりももっともっと、好きになっちゃったのかな。だからこんなにも虚しい気持ちになっちゃったのかな。


なんとかあたしから逃げ出した彼は、涙目で子供みたいな語彙力の罵倒を浴びせつつ、体育館裏へと走っていった。緊張は解けただろうか。お幸せに、と声をかけようとしたけど、声が震えちゃいそうな気がしたからやめた。…もしかすると、まだワンチャンスを夢見ていたのかもしれない。


そのあとあたしが何をしていたかあまり覚えていない。ただ、適当にぶらついた先で彼と女の子が照れながら手を繋いで歩いていたので、告白は成功しちゃったんだ、と気付かされた。


あーあ。君が望む結果になっちゃった。





返してよ、あたしが君だけを想って、君だけに費やした十数年。

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