限界ラオタ、心が躍る


「まだですか?」

「そう焦るな。もう少しだ」


 フルルはどんどん街の中心の方へ向かっていく。

 俺はキョロキョロと辺りを見回しながら、彼女の後ろに続いていった。


 冒険者ギルドも、市場も、入口の方にあるから、こんな奥まで来たのは初めて。


 街は中心に近づくほど建物が立派になっていく。

 領主様の屋敷に近づくからだ。


 行き交う人は上品で身なりもしっかりしている。


 俺は、というと。

 フォーマルなジャケットとパンツのおかげで浮いてはいないハズだ。


 どちらも途中のブティックで、フルルが「昇級のお祝いだ」と買ってくれたもの。

 つい彼女の厚意に甘えてしまったが、周りから見たら立派なヒモ――自らは働かず女性に養ってもらっている男、家事もしないので専業主夫とも異なる――である。




 女騎士とヒモ男の二人組は、目的地を目指して歩き続け、ついに到着した。


「さあ、着いたぞ」

「え……? ココですか?」

「そうだ。おもむきのある店構えだろう?」

「趣……なるほど?」


 …………ちがう。

 これは『趣のある』ではなく『由緒正しい』だ。


 昭和レトロの大衆食堂と、明治時代創業の料亭は全然違うだろ?


 そういうことだよ。

 そしてココは高級料亭サイドにしか見えんのよ。


 まず門がデカい。

 当然、建物はさらにデカくてきらびやか。

 武装したガードマンみたいな人まで立ってる。

 出入りしている人の雰囲気がお貴族様っぽい。


 さっき服を買ってくれたのはドレスコードがあるからか、と今さらながら気づいた。ドレスコードがあるお店なんて、前世でも行ったことがないんだが。


 ギイィィィィ。


 ガードマン風の男が、金属製の門を開けてくれる。

 怖い……んだけど、ちょっと楽しみだ。


 ここまで、この世界の料理には全く良い思い出が無い。だけどこのお店なら、もしかしたらワンチャンあるかもしれないワン。



 俺は期待と不安に胸をふくらませながら、でっけぇ金属製の門をくぐった。




 ――1時間後。


「ここの料理は君の口に合うかい?」

「ええ。こんなに美味しい食事を食べたのは初めてです」


 これは偽りのない俺の本心だ。

 あくまでこの世界に来てから初めて、という但し書き付きだが。


 ひと口食べればわかる。

 この店はとても良い食材を使っている。

 きっとモンスター由来の食材と調味料を、惜しみなく使用しているのだろう。


【スキルが解放されました】

──────────────────

☆パッシブスキル

  ・魚介系Ⅱ

   水棲系への特効(中)を得る


解放条件:中ランクの水棲系モンスターを食べる

──────────────────


【スキルが強化されました】

──────────────────

☆パッシブスキル

  ・ベジ系Ⅰ → ベジ系Ⅱ

   植物系への特効(中)を得る


強化条件:中ランクの植物系モンスターを食べる

──────────────────

 

 ほら、スキルもそう言ってる。


 でも残念なことに、料理としてみるとシンプルなものばかりなんだよなぁ。


 野菜のソテー、串焼きの肉、野菜と貝を煮込んだスープ。

 素材の味を活かしているといえば聞こえがいいが、調味料で味付けして焼くか煮るかするだけ。


 これでは、いくら美味しい食材でも味が単調で飽きてしまう。



 理由は、おそらく食の格差。


 多くの調味料も肉も野生のモンスターからしか手に入らず、原生の野菜や穀物は正直美味しくない。


 栽培や、畜産、品種改良といった手段が取れなければ食材の流通も限られる。

 まともな食材は全てが高級食材。

 ごく一部の特権階級がたまの贅沢でしか口にできないとなれば、贅沢な食材を使って料理の研究など出来るはずがない。


 とても哀しいことだ。



「さあ、メインディッシュの登場だ」


 フルルの声でハッと我に返った。


 あぶねぇ、あぶねぇ。

 世界を憂いている場合じゃなかった。


 まずはこのお店の料理を堪能させて頂こう。

 難しいことはあとで考れば良かろうなのだ。


 テーブルに運ばれてきた鉄板の上で、赤身の分厚い肉がジュージューと音を立てていた。


 ステエエェェェキ!

 熱々の鉄板に乗ったステーキ!!


 がっしりとした見た目に反して、ナイフはするりと抵抗なく入る。

 柔らかすぎてフフッと笑いがこぼれた。

 この世界で初めて食べた肉料理、ゾウサギの丸焼きとは大違いだ。


 ひと切れ口へと運ぶと、ジュワっと肉汁があふれ出す。


「…………ッ!?」


 言葉が出てこない。

 味付けはおそらく塩コショウのみ。


 肉本来の旨味が口の中に広がったかと思うと、噛んでいるうちにサッと肉が消えてしまった。


「……肉が溶けた、いや消えた」


 別にブランド牛を食べ比べたことがあるわけじゃないけど、この肉のスゴさは理解できる。


 感動に包まれながら、もうひと切れ、もうひと切れと口に運ぶ。

 ナイフとフォークが止まらない。


【スキルが強化されました】

──────────────────

☆パッシブスキル

  ・肉盛り系Ⅱ → 肉盛り系Ⅳ

   ケモノ系、ドラゴン系への特効(大)を得る


解放条件:高ランクのドラゴン系モンスターを食べる

──────────────────


 うるさい。それどころじゃない。マジうめぇ。


 半分以上をイッキに平らげたところで、俺は視線に気づいて顔をあげた。


「どうだ? 美味いだろう?」


 フルルが満足そうな笑顔でこちらを見ていた。


「めちゃくちゃ美味いです。これなんてモンスターの肉ですか?」

「アルティメットハザードラゴン」


 なんだ、その中二病まっしぐらな名前のドラゴンは。

 ハザードとドラゴンの『ド』を重ねてるところが特に気に入らない。


 名前つけたヤツ、出てこい。


「スゴい名前ですね……。どこに行ったら狩れます?」

「狩れます? アハハハハハハ! 災厄の化身を狩ろうなんて、やっぱり君は面白い男だ。フフッ、アハハハハハハ! アハ、アハハハ、アハハハハハハ」


 よほど面白かったのか、フルルが腹を抱えて大爆笑している。


 フルルの説明によると、こいつは突如現れて街や村を壊滅させていくヤバいモンスターらしい。最近では一年ほど前に現れて、小さな街をひとつと、村をふたつ灰にしたところで撃退されたそうだ。


「撃退……。じゃあ、この肉はどうやって手に入れたんですかね?」

「なんでも戦闘の中で尻尾を斬り落としたらしくてね、それがこういう場所に出回っていると聞いた」


 なるほど。じゃあこれは一年前の肉ってこと?

 保管とかどうしてるん……ああ、アイテムボックスみたいなスキルがあれば平気か。


 俺も似たようなことしてたわ。


 なんてことを考えている間に、ステーキは俺の腹の中に消えてしまった。


 体も心も包み込む多幸感。

 未知の美味と出逢えた奇跡。


 この世界で『前世で食べていたラーメン』を再現しようと思っていたけど、こんな食材があるというのなら話が変わってくる。


 モンスターグルメに秘められた無限の可能性。

 この世界に転生したことに、ちゃんと意味はあったのだ。


 俺が、俺の手で、俺の舌で創る、今まで誰も食べたことのない究極のラーメン。


 ああ、想像するだけで心臓がバクバクと波を打つのを感じる。


 俺は胸の鼓動にココロオドル夜を過ごした。




 🍜Next Ramen's HINT !!

 『清湯スープ』




 

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