金髪の女騎士、命を救われる


「ボイス! しっかりしろっ、ボイスッ!」

「フルル……お前、だけでも、に、逃げろ……」

「そんなことができるものか!」



 女騎士フルル=キッスイは金級ゴールドクラスの冒険者だ。


 パーティーメンバーだって、銀級シルバークラスの実力者が3人。街では最強との呼び声も高いベテランである。


 オークジェネラルは強敵といえど、彼女たちのパーティーなら難なく対処できる相手。にも関わらず、彼女たちのパーティー『飛翔する獅子』は絶体絶命の状況を迎えていた。



「くっ、こんなヤツがいるなんて聞いてないぞッ」


 バサバサッと大きな羽音が響き、風圧で体勢がくずされる。

 フルルのパーティーを壊滅させた原因がそこにいた。


 岩をも砕く鋭い大きなクチバシ。

 尾の代わりに蠢く二匹の大蛇。

 警戒色である赤のトサカ。


 コカトリスだ。


 雄鶏の凍るような目が、地べたの虫でも見るかのようにフルルを見下ろしている。


「QUEEEEAAAAAAAAA!!」


 オークジェネラルの死体を足蹴にし、コカトリスが大きく鳴いた。


 いかに強敵コカトリスとて、パーティーが万全の体勢であれば決して勝てない敵ではない。


 しかし……、とフルルはそばで絶命している神官プリーストの背を見てため息をつく。


回復役ヒーラーを真っ先にやられてしまっては、な」


 不意打ちとはいえ、彼を真っ先に襲われてしまったのは、前衛である彼女自身の失態。


 ヒーラーを失ったパーティーはもろい。

 回復薬ポーションも用意はしてあるが、数には限りがある。


 フルルは上級ジョブの聖騎士パラディンである。

 多少の回復術は心得ているが、その効果は本職に遠く及ばない。


 さらに前衛としてパーティーの盾を担っているフルルが回復にまわれば、盾役が欠けた前衛の被害が拡大する。


 前衛がダメージを負い、再び回復にまわっているうちに前衛が……、という悪循環によって戦線は崩壊した。


 いま彼女が仲間を回復しようとすれば、その隙を突かれることは明白。


「これも運命、か」


 フルルは覚悟を決めた。

 ここで自分だけ逃げ出せば、「仲間を見捨てて逃げ出した」という汚名を背負うことになる。


(それだけは絶対に、あってはならない)


 斬りかかり、距離を取り、戦いの中で仲間たちのもとからコカトリスを引き離す。

 これは仲間を逃がすための戦い。


「お前の相手は私だ! こっちへ来い!」


 戦いの舞台は草原から林へ。

 距離は十分に取れただろう。これで当初の目的は果たした。


 あとは自分が生きて帰ることが出来れば100点。

 勝てずとも、死ぬ気で戦えば逃げるスキくらいは作れるかもしれない。


「うおおおおぉぉぉぉぉ!」

「QUEEEEEEEEEEEEEEE!」


 ひとりと一匹の気勢がぶつかる。

 大気がふるえ、一帯の空気が緊迫する。



 トテトテトテトテ。


「あー、待て待て、待てって」

「BUUUUU!!」


 ひとりと一匹の間に、プチオークのケツを追う貧相な服を来た青髪の男が割り込んできた。緊迫した空気もどっかへいった。


「おまえ、逃げ足はやいなあ」


 プチオークを追っている、ということはスタンピードの討伐報酬目当ての冒険者だろう。クラスは木か、鉄か、銅か……。


 いずれにしても戦力足りえるとは思えない。それどころか彼の身も守らねばならないことを考えると邪魔でしかない。


「おい! そこの男、どけ! ここはキケ――」

「QUEEEEEEEEAAAAAAAA!」


 遅かった。

 コカトリスの矛先が青髪の男に向いてしまった。


 コカトリスはすさまじいスピードで飛びかかり、鋭い爪が男の身体を切り裂く――とは、ならなかった。


 ポヨヨン。


 コカトリスの爪は男に届く前に、なにかに弾かれたように見えた。

 フルルは目を凝らす。


「あの白いカタマリは……なんだ?」


 それは初めて見るものだった。


 フルルもそれなりに経験を積んだ金級の冒険者。


 敵の攻撃から身を守る『防御壁シールド』を生成する術も何度か目にしたことがあるが、そのどれもが光の壁のようなシールドだった。


 あんなプヨプヨしたシールドは見たことがない。


「うおっ!? びっくりしたぁ。……ん? でけぇニワトリがいる」


 青髪の男には傷ひとつ無い。


 爪を弾かれたコカトリスが、躍起になって攻撃を繰り出す。爪爪嘴蛇爪蛇爪。

 そのことごとくが白いプヨプヨしたシールドに防がれ、一撃たりとも男のもとに届くことはなかった。


 なんと頑丈なシールド。


「なんだ、なんだ? ウザいなぁ」


 コカトリスの連続攻撃をうっとおしそうにしていた男が、フルルの方に視線を向ける。


「あのー、すみません。俺、なんかコイツにタゲられてるんで、こっちでヤッちゃってもいいすか?」


 タゲ?

 よくわからないが、青髪の男は自分がコカトリスを倒す、と言っているようだ。


 プチオークと追いかけっこしていた男が?

 コカトリスをソロで倒すだと?


 フルルの胸中には「なにをバカなことを」という思いと同時に、男への興味も湧いていた。


 気になるのは、あの白いバリアだけではない。


 男の目はコカトリスを恐れていない。

 それどころか獲物を狙う捕食者の目に見えた。


 コカトリスという凶悪なモンスターを目の前に、あのような目を出来る男、いったい何者なのか。


 フルルは無意識に「ああ」と返事をしていた。

 青髪の男はペコッと頭を下げると、コカトリスの方を向く。

 

「カラメマシマシ!」


 これもまたフルルが聞いたことのない詠唱だ。


 コカトリスが男を狙ってクチバシを突き出す。

 もちろんクチバシは白いプヨプヨのシールドに弾かれる。


 青髪の男は右腕を引くと、その拳でコカトリスの顔を殴り――。


 パアアアァァァァン!


「………………はああぁぁっん!?」


 一瞬、フルルにはなにが起こったのかわからなかった。

 いや、脳が事実を受け入れられなかった、という表現が正しいかもしれない。


 コカトリスといえば討伐難易度はA。

 金級率いるパーティーか金剛級ダイヤモンドクラスで対処する敵だ。

 それがパンチ一発で頭部を失い、地面へと崩れ落ちたのだから。

 

「よし! チキンと鶏ガラ(肋骨)ゲットだぜ!」


 青髪の男は嬉しそうにそう言った。


 男が何をしたのかも、何を言っているのかも、フルルには1ミリも理解出来なかった。




 🍜Next Ramen's HINT !!

 『MN5』

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