第139話 罠

 トロールと八雲の戦線は、ほとんど膠着状態だった。

 八雲は、攻めよりも守りで力を発揮するタイプらしい。トロールたちを押し返す事はできなかったが、一定ラインから、押し込まれることもなかったらしい。


 その証拠に前回訪れたときとほぼ同じ場所に天幕が張ってあった。俺は、天幕の中に忍び込んだ。中には、一人の魔族が横になっていた。


 灰色の魔族だ。確か、ペリトと言ったか。指輪を持っていたのは、黒い魔族、ブルフラスだったはずだ。


 やつは、どこにいるのか。俺は天幕を抜け出し、辺りを探索したが、見当たらなかった。


 まずい。違う戦線に移動したのか。どこかに隠れてしまったのか。もしかしたら、俺が復活したのがばれたか。可能性はある。犬神の大城で暴れすぎたから、誰かが、俺のヘンゲを見ていた可能性もある。


 ドニやギミリは大丈夫だろうか。あの二人から俺の情報が漏れて、正体がバレたとしたら。それを本国に報告しに戻ったとしたら。


 俺の背中の毛が逆立つった。慌てるな。まだ、バレたと決まったわけじゃない。

 落ち着け。もし、俺の復活がバレたとしたら、あの指輪を使うことを考えるはずだ。


 いや、待てよ。ここに俺がいたことは知らないはず。俺が復活していることがわかったとしたら、犬神の大城に向かうかも。


 ダメだ。推論に推論を重ねるだけでは、ダメだ。確実な情報が必要だ。俺は、しばらく、ペリトについてまわることにした。


 この魔族は、基本的に怠惰だった。適当な時間に目を覚まし、食事をしてから、戦線に向かう。トロールたちは、それに合わせて、戦闘の準備を行う。朝でも夜でも関係ない。このペリトという魔族の時間に合わせて行動するのだった。


 ペリトが石版を頭上に掲げると、一斉にトロールたちは進軍を開始し、もう一度掲げるとそこで戦闘は終わりになった。陣を引くときもあるし、その場に留まることもあった。


 ある意味、戦闘が得意でない八雲の相手だからできる戦略だ。何日か見ていて、これが理にかなっていることに気がついた。


 ここのトロールたちは、本気で八雲と戦おうとは思っていない。八雲をこの地に押し込めておけばいいのだ。


 白鳥城での作戦会議で話された戦況の説明では、風魔が夜叉を助けられなかった原因として、トロール、この部隊とは異なる部隊とオーガの巧みな用兵が指摘されていた。


 つまり、西のオーガが引けば、東のトロールが寄せてくる。東のトロールが引けば、西のオーガが寄せてくる。部隊自体は、それほど大編成ではないが、無視できるほど小さくもない。


 フルブラストが指示していたとおりに魔族とモンスターたちは、行動していたわけだ。


 風魔は、モンスターたちの組織だった動きにより、白鳥城に釘付けになってしまったのだった。


 構図は同じだ。八雲をこの地に釘付けにしておく作戦が、この部隊のトロールによってなされているのだ。


 そうすると、ブルフラスは、風魔対応のトロールを指揮しているのかもしれない。


 俺は、3日ほど待ってもブルフラスは現れなかったのでペリトと石版をカクホした。これで、こちらのトロールは、指揮者を失い、八雲に有利に働くだろう。


ーーーーーーーーーー

木霊の石版

別格

特記事項 意思伝達

ーーーーーーーーーー


 俺は、更に1日様子を見るため、とどまった。もしかしたら、異常を感じてブルフラスが戻ってくるかもしれないからだ。


 だが、この目論見は失敗に終わった。トロールたちは、次の日からやる気を突然なくしたように三々五々、勝手に山に引き上げていっただけだった。


 ここでするべきことがなくなったの風魔と相対しているトロールの戦線に向かうことにした。しかし、風魔に相対していたトロールの指揮していた魔族は、ブルフラスとではなかった。こいつも簡単にカクホした。指揮官を失ったトロールは、ここでも元の住処に戻っていった。


 次は、オーガ部隊だ。


 東からトロールの圧力を受けなくなった風魔は、八雲の一部を引き入れて、西のオーガに全神経を集中させているはずだ。


 俺が、ここで魔族の指揮官をカクホしてしまえば、城の守りを捨てて、全勢力を持ってオーガ殲滅にサコンは動き出す手はずだ。


 予定では、トロールたちが引き上げるまで数週間かかるだろうとサコンは見込んでいたが、実際は、1日だったため、怖いくらい計画は順調だ。


 オーガの部隊の天幕は、学校の体育館がスッポリ入ってしまうかと思うぐらい巨大で天幕の周りには、等距離で兵士が10数人見張りに立っていた。


 地獄耳で天幕の中をさぐってみれば、聞き覚えのあるブルブラスの声が聞こえてきた。


 会議が終わったのだろう、1人のオーガが出てきた。


 入口の付近に立ち止まると、何やら、両手で印を結んだ。地面から、ミミズのお化けが現れた。オーガがミミズのお化けに俺ではわからぬ言葉を伝えるとミミズお化けは地面にすーっと消えていった。


 地面には、ミミズお化けが現れた形跡はまったく残っていなかった。サコンによれば、オーガは鬼道を使うという。鬼道とは、霊魂、悪霊、鬼神を呼び起こし使役するのだという。


 あのミミズお化けも、そういう類なのだろう。また、オーガ個々の戦闘力も、知力も高いらしい。


 確かに見張り役の兵士も緊張感をもって仕事にあたっていて、スキがない。トロールとは大違いだ。


 つまり、軍隊としての規律がここにはある。これは、今までのように指揮官をカクホすれば、戦いをやめて元の住処に戻っていくという感じにはみえなかった。


 それでも、魔族がいることにより、他のモンスターたちとの連携がうまくいってしまうのは明白だ。俺は、じっとブルブラストが一人になるのを待った。


 張り込み2日目の真夜中、天幕周辺で、騒ぎが起こった。侵入者が現れたのだ。侵入者は7人ほどで、いきなり、天幕前の空間が張り裂け、そこから黒ずくめの人影が飛び出てきた。すぐさま見張りのオーガ2人が倒された。黒ずくめたちの動きには、無駄はなかったし、ほとんど音を立てなかったが、オーガたちは仲間の異変に異常なほど素早く気がついた。すぐさま天幕の周りで戦いが始まった。


 俺は、その混乱に乗じてレイスにヘンゲして天幕の中に侵入した。


 天幕の中央では、ブルブラストが、胡座をかき、理解できない言葉で節をつけながら、何やら呪文を詠唱していた。


 俺はノミにヘンゲして背後に回った。カクホしようと近づいた。その瞬間、全身に電気がはしった。動けない。体に力が入らなかった。


ブルブラストがゆっくり振り返った。


「やったぞ。ついに我はやった」


 ブルブラストは、泣いていた。


「おおおおおおおお!」


 雄叫びを上げた。まずい。声を聞いて援軍がやってくる。逃げないと。


 ブルブラストから離れようと這いずりながら地面を掴んだ。


「俺はついにカーバンクルを捉えた」


 俺の視界に、毛並みのきれいな俺の、カーバンクルの手足が見えた。ヘンゲが解けていた。ブルブラストの声が近づいてきた。


「逃さぬ。この機会を失うわけにはいかない」


 体の動きを封じている電気が弱まり始めていた。時間を稼げ。


「どうして俺が復活しているとわかった」


 しまった。カーバンクルでは会話できない。ブルブラストが呪文を唱えた。


 強烈な電撃が体を貫いた。気が遠くなる。


「ああ、何という快感。なぜ私が、お前が捉えられたのか知りたいか」


 もう、そんなことは良いから逃してくれ。逃げ出さないと、俺は、ブルブラストの指にはまっている指輪に釘付けになった。


「私は、犬神の城の攻略に違和感を感じた。結果的に、城は攻略できたわけだが、指揮していたマルコシアスとヴォラクが突然いなくなり、城に攻めこもうとした軍勢の上に空から大岩が雨のように降りそそぎ、敵の大将の首をとりそこねたと報告をうけたとき、違和感を感じたのだ。私は、こういう話を以前にも聞いたことがあったことを思い出した。指揮官が突然消えていなくなるのは、お前がかつて魔族と戦った時にによく使った暗殺の手口だし、空から大岩や溶岩、マグマを振り落とすとは、大軍同士がぶつかり合う前段で行うお前の常套手段だった。私は、お前がすでに古龍の森から外に出て活動しているのではないかと予想を立てた。そして、俺は、お前がいるものとして振る舞うことにした。そう思いながらも、他の仲間には、知らせなかった。なぜなら、カーバンクルから魔王様を解放できるのは、開封の指輪をもつ私だけだからだ。用心深いお前に、気取られてはならない。案の定、トロールを指揮していたエスティオンとペリトが同じ手法で暗殺された。私の予想は確信に変わった。後は、罠を張って待つのみだ。必ずお前はここにやってくるとわかっていた。お前が、動けなくなっているのは、その準備の賜物だ。我々の多くの術者が開発した対カーバンクル用の捕縛陣だ。どうだ。動けまい」


 ああ。しくじった。魔王が復活してしまう。ブルフラスが金色の指輪を指から外し、頭上に掲げた。

諦めるな。何か方法があるはずだ。


 俺は、このピンチを救ってくれるアイテムリストを上から順に探した。袋に入っているのは、使えない。体が動かないから袋からとりだすことができない。グレンにも銀次にもヘンゲできない。


「さあ、俺の全ての魔力を吸い取るがいい。足りなければ俺の命も吸い取るが良い」


 指輪が光を放った。光が次第に強くなる。


 額から、ガラスに小さなヒビが入ったような音がした。アイテムリストの中に、弔い忘れていたサイ城でカクホした狂戦士がいることに気がついた。


 俺は一か八か、狂戦士を解放した。いまさら失うものはない。狂戦士が俺を襲うか、ブルブラストを襲うか、それともその場で力尽きるか。勝負だ。


 カイホした狂戦士は、頭を前後左右に揺らしていた。倒れるな。俺の方を見て、一歩前へ進み、ブルブラストを見て、一歩後ろへ後退した。来るな。こっちじゃない。


 もう一度、ブルブラストを見ると、長剣を構えてブルブラストに向かって突進した。狂戦士の体と魔族の体が重なった。


 ブルフラスは、口から血を吹き出した。狂戦士は、力つき魔族の足元に崩れ落ちた。魔族の腹に深々と長剣が刺さっていた。


 ブルブラストの体が、急激に炭化しはじめた。ブルブラストの体は灰となり、狂戦士の体の上に積もった。指輪の光が消えた。体がやっと自由になった。


 魔王は復活してしまったのか。どこに?

 魔王らしき気配は感じなかった。床に金銀2つの指輪が転がり落ちていた。


 天幕に一匹のオーガが入ってきた。オーガは、俺を見つけると、怒りの声を上げて呪文を唱えた。そのオーガの前に2つの鬼火が現れ、その中にドクロが現れた。ドクロは、笑いながら、俺に向って飛んできた。


 せっかく助かったのにドクロにやられるわけにはいかない。俺は、レイスにヘンゲして、ドクロをすり抜け、さらにハエにヘンゲして、オーガに突っ込み確保した。


 振り返ると、ドクロは消えていた。また、いつ新手の敵がやってくるかわからない。なにはともあれ金の指輪はそのままにして置けない。


 指輪に近づき、カクホしようとしたが、金の指輪だけカクホできなかった。


ーーーーーーーーーー

呪詛の指輪 

伝説級 

特記事項 魔力増幅。

ーーーーーーーーーー


 金の指輪は、神話級のアイテムということか。よかった。他の魔族がいるところでカクホしていたら、失敗するところだった。ビビっていた過去の自分、ナイスだ。


 俺は、俺の命を助けてくれた狂戦士をカクホした。こんどこそ、手厚くともらわなければ。


 さて、敵陣最深部から、指輪を持って逃げだすはめになった。でも、どうやって逃げ切るか。


 悩んでいる暇はなかった。足音がすぐそこまで敵が来ていることを告げていた。俺は、カクホしたオーガにヘンゲし、金の指輪を握った。


 間一髪、天幕の入り口が開き、オーガたちがどかどかと入ってきて俺を睨んだ。オーガ語は、頭の中に入ってこなかった。しゃべれない。俺は、とりあえず大声で、アアと叫びながら、天幕の後方を指差した。


 オーガたちは、俺の声を真似ながら、天幕から出ていった。俺も最後尾から、オーガたちの後を追った。


 どうやら何かは通じたらしい。オーガたちは、天幕の後方を捜索しはじめた。


 俺は、指輪を握りしめたまま、しばらく捜索しているふりをした。オーガの気配が近くになくなったのを確認してから、ネコにヘンゲし、指輪を咥えて逃げ出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る