第136話 サコン
鳥にヘンゲして首都から、東北東に10日間飛び続けた。
ライゾウの話によれば、サコンが幽閉されている城は、オーガの生息地とトロールの生息地と風魔の支配域からちょうど等距離の地点だという。
山に囲まれたこの地域の山々の頂きには、雪が降り積もっていた。万年雪なのか、それとも季節的なものなのかはわからないが、それを見ただけで背筋に寒気が走った。
谷間を縫うように飛行して見えてきたのは、山間にひっそりと立つバホラ城だった。
バホラ城を始めた見た人に、この城が何のために作られた城か、と問えば大体の人は、罪人を幽閉するための監獄と答えるだろう。
城というだけあって、塀の上には、
こんな山中の城をわざわざ
この城を奪ったとしても、どこに何の影響も及ぼさないことは、地形を見れば明らかだった。俺は、しばらく塀の上に止まり、塀の中の施設を観察した。
大きな建物が中央に建っている。それを囲むように8つの建物が建っていた。井戸のまわりでは、女たちが、洗い物をしながら、井戸端会議をしていた。
大神や夜叉の城がモンスターたちに蹂躙されたことなど感じさせない、のんびりとした雰囲気で、まるで違う世界の光景のようだ。
俺は、いったん城の外の森に降り立ち、グレンにヘンゲして、城に向った。
先程まで、ヤンキー座りをして談笑していた二人の門番も、俺の姿をみて威厳を保って門の前に立ちはだかった。
「何用だ」
俺は、ライゾウからの手紙を門番に手渡した。手紙を受け取った門番は、しばらく待つように言って城の中に入っていった。
残された門番は、距離をとって俺を見張るようにして立っていた。
俺は、空に浮かぶ雲を眺めて時間をつぶした。再び門番が美女を連れて現れた。
「どうぞ、グレン様、お入りください」
美女が門内に入るように、手で示した。俺は、門番に頭を下げて門をくぐった。美女は、足音を立てず歩いた。美女のお尻を見ながら考えた。サコンとはどんな関係だろうか、それとも全く関係ない人か。
中央に立つ大きな建物の中には、図書館の資料室のような、多くの本が整然と収納されている部屋があった。
その部屋の真ん中に、ソファーとテーブルが置かれていた。一人の男が、ソファーで横になりながら、本を読んでいた。美女は、俺が部屋に入ると、静かに扉を閉めて出ていった。
二人きりになると、男は本を閉じて、俺を見た。
「お前は何者だ」
これまで、何度この質問をされただろうか。その度に違う答えを答えてきたような気もするが、今回は正直に答えても大丈夫な気がしてきて、不思議な感じがした。
何が、俺にそう思わせるのか俺は、じっと男を見つめた。
目だろうか。濁りのない目だが、少年のような無知な好奇心をはらんではいない。それよりは、老練な学者の好奇心のような気がした。たぶんそう思うのは、目尻のシワによるものだろう。
「私はグレンです」
結局俺は、嘘をついた。男は、興味を失ったと言わんばかりに、何も言わず再び本を広げて読書に戻っていった。
流石に、無視されては、こちらも黙っているわけにはいかない。
「サコン様ですね」
サコンは、本から目を離さず、答えた。
「そうだ」
「ライゾウ様の手紙はお読みになられましたか」
「読んだ」
「なんと書かれていましたか」
「追放だそうだ」
「それだけですか」
「そうだ」
「今、シビアの状況は書かれていましたか」
「いいや。何も」
「実は、これまでおとなしくしていたたオーク、コボルド、オーガ、トロールたちが一斉に蜂起しました」
サコンは、相変わらず本を見ていた。
「犬神と夜叉の城が落ちました」
サコンは、瞬きをした。本を閉じた。
「もう一度問う。お前は何者だ。シビアの人間ではない。シビアはよそ者を嫌う。なのに、兄者は、シビアの人間でないお前を使いとしてよこした。そして、俺は、この国を追放される。モンスター共に俺のふるさとが蹂躙されているというのにだ。お前はいったい何者なのか」
「ジンベエに会いました。そして紹介されたのです、世界一の軍師だと。このシビアで起こっている戦争は、世界を巻き込む戦争の一端でしかありません。私は、世界を巻き込んでいる戦争を戦っています。私が何者かを知れば、あなたはより大きな戦いに巻き込まれることになりますが、その覚悟はおありか」
「白々しい言い方だ。巻き込む気満々だから、ここまでたどり着いたのだろうに。だが、そうまで言うのなら、知りたくもない」
「え、どういうことですか」
「知りたくないといっただんだ」
「その世界を巻き込む戦争も結構だ。わかったら帰ってくれ」
こんどは、俺が目をみはった。
「長が追放だと言ったのに、どうするつもりですか」
扉が開き、先程案内してくれた美女が、飲み物と乾燥果物を盛った皿を持って入ってきた。
「おい、サヤ」
サコンが美女を呼び止めた。
「ここに座れ」
自分の隣を指差した。サヤと呼ばれた美女は、おとなしくサコンの隣に座った。
サコンは、体を起こし、サヤの膝に手を置いた。
「サヤのお腹の中には、俺の子供がいる」
なんと、妊娠中か。とてもそのようには見えないプロポーションだ。お尻に見とれていたのが、少し恥ずかしい。
「つまり、サヤは俺の大事な家族だ。それを戦争に巻き込むわけにはいかない」
「仲間が、命をかけて戦っているのに、自分たちだけは平和に暮らしたいと」
「お前は、ここをどう思う」
「どう、とは?」
「印象を聞いている」
「正直に話せば、監獄のようですね」
「そうだ。俺もはじめそう思ったよ。でも実際は違う。ここは風魔にとってゴミ捨て場だ」
「意味がわかりません。何がゴミなんですか」
「俺たちがゴミだ。ここに暮らす俺達は、風魔にとってのゴミなんだ」
「風魔の天才軍師がゴミの訳がないじゃないですか」
「風魔とは、見えざる手の使い手のことなんだ」
「見えざる手?」
「そうだ」
サコンは、テーブルの上の本を一冊指差すと本のページが勝手にめくりはじめた。
「手を使わずにものを動かすということ?」
「俺は、これぐらいしかできん。兄者やジンベエは、もっとすごい見えざる手の使い手だ」
ジンベエがそんなことをしていただろうか。記憶にある限り、そんなことはなかった。まだ奥の手を隠し持っていたということか。油断ならないやつだ。
「ここに送られてくる風魔の者は、見えざる手がほとんど使えないのだ」
「なるほど、それでゴミと」
「ここに来るまでは、地獄だと思っていたが、ここに来て、俺はやっと心から落ち着くことができた。俺は俺で良いんだと気がつくことができた。俺もゴミだった。背伸びしてゴミであることを否定してきたが、それも疲れた。少しばかり、小賢しい知恵が使えることに、うんざりだ」
「でもここにはいられないですよ。いずれ出ていくことになります。どうするつもりで」
「兄者たちには、悪いが今は、俺達にかまっている時間はないはずだ。その時間をつかって、俺達の住める場所を探す」
「サコン様の智慧を頼りにしているものが、多くいるというのに、見捨てるのですか」
「先に見捨てたのは奴らだ」
安住の地か。デイジーから聞いた銀職人たちの村の話しを思い出した。そんなところが本当にあるのだろうか。
「今回追放となりましたが、ライゾウ様は、私の部下としてなら、再び仲間として戦うことも可能だと思っていらっしゃるようです」
「戦功を立てろか。兄者は、筋金入りの頑固者で真面目だからな」
「住む場所のあてはあるのですか」
「このさらに山奥はシビアじゃない。険しい山の中に、泉が沸いている場所がある。俺について行きたいというものが40人ほどいるから、まあ、そこなら何とかやっていけるだろう」
「それでしたらなおさら、関係は改善しておいたほうがよろしいのでは。もしも、風魔が滅びれば、あなたが考えている安住の地にもいずれトロールやオーガ、コボルドが徘徊する土地に変わりましょう」
サコンは、何も言わず席を立ち、部屋を出て行った。もう、この話は終わりだということだろう。
サコンは天才軍師なのだろうが、心がもう折れている。カクホしてサコンを連れ去ることはできるが、そんなものを戦場に連れ出したとしても、役にはたたないだろう。
残念だが俺も、あきらめて席を立った。ライゾウたちには、全滅されては困る。何か別の方策を考えなければ。
サヨが立ち上がり、俺を呼び止めた。
「少し、お待ちください」
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