第135話 長《おさ》たちの会談



 シズカの後ろを俺は黙ってついていく。シズカの前には、案内係の女が、俺の後ろには、お目付け役のようにアサカがついてきた。


 ここは、首都シンの中心、シン城の最奥にある、周りを庭に囲まれた一軒家の中である。城に中に、庭付き一戸建てがあるようなものだ。


 首都シンには、住むところをモンスターたちに奪われた犬神や夜叉の一族が、続々と集まってきていて、大変な混雑と混乱の中にあった。


 とても、全員を城下町に入れることはできないので、多くの避難民は、ここを経由地として、さらに、北西方向の村々へと別れていくらしい。


 今俺がいるこの場所は、そんな喧騒とは、無縁な静寂に包まれていた。


 案内係の女が扉の前で立ち止まった。シズカは俺に向き直った。


「今回は、急な状況ゆえ、手順をだいぶ端折っている。風魔と夜叉の長も同席するが、不満に思っている長がいるかもしれない。そのときは不快な思いをするかもしれないし、認めないと言い出すかもしれない。そこは、あたしがねじ伏せるから、あたしが発言を求めるまで黙っていてくれるか」

「もちろんだ。できれば、そんな大事な会議に出る必要は俺はないから、外で待っていようか」

「いいや、是非一緒にいて、必要な証言をしてほしい。敵の詳しい戦力やら魔族の存在も」


 ただサコンをスカウトしに来ただけだが、大変な事態に巻き込まれてしまった。それに現在、俺の一番の関心は、サコンから金の指輪に移ってしまっていた。一度は、あの金の指輪にビビって逃げ出してしまったが、すこし間を開けて考えてみれば、すぐにでもトロール戦線にもどって、なりふりかまわずあの金の指輪を奪っておきたかった。


「ここで少し待っていてくれ」


 シズカと案内係の女が扉の向こうに消えた。扉の前でアサカと二人にきりになった。なんだか手持ちぶたさだ。こういう間は、金の指輪のことを思い出して落ち着かない。


 多少無理をしてでも、あの時、金の指輪を盗んで置くべきだったかも。でも、あそこでタイミングを見計らっていたら、多くの犬神たちは死んでいた。ならば、俺の選択は間違っていなかった。でも、やはり。


「どうされました。グレン様」


 アサカが、俺の顔を覗き込んで尋ねてきた。アサカに、様付けで呼ばれると、気持ち悪い。


「そんな他人行儀はよそう。今まで通り呼び捨てでいいよ」

「そうは、いきません。グレン様の活躍がなければ犬神の多くは、あのときに死んでいたでしょう」


 アサカはそう言うと、深々と頭を下げた。シズカやアスカが俺の働きを具体的に知っているとは考えられない。知ってほしいとも思っていない。


 犬神陣営から見た現実は、角笛が鳴り止み、地震が起こらなくなったことで、攻め入ったオークやコボルドたちが浮足立ち、一時的に退却したということだろう。


 結果、そのスキに多くの犬神たちは城から脱出することに成功した。


 実際は、オークやコボルドたちが一旦、兵を引いたあと、犬神の住民が逃げる時間を稼ぐため、そして追撃ができないようにするために、日が暮れるまで俺は空から、巨大な石や林からカクホした木を敵の上に落としつづけたのだが、そのことについては、あの混乱の中では誰も知らないであろう。


 俺の能力について深入りしてほしくないから俺も話す必要はないと思っている。


 俺は、話題を切り替えることにした。


「ところで、夜叉と風魔の長とはどういう人?」

「夜叉の長は、現在ムソウ様です。性格的には、豪放磊落というところでしょうか」


「自由人ということだろうか」

「昔は、乱暴者と言われておりましたが、長になられてからは、そういう噂は聞かなくなりました」


「風魔の長は、ライゾウ様ですが、こちらは、質実剛健、生真面目を絵に書いたような方です」


「三兄弟の長男でいいのかな」

「左様です。一族を引っ張っていこうという気位を感じます。少々頭が硬いのは玉に瑕です。あ、いえ。批判するつもりはないのです。そういう噂をお聴きします」


「この二人は合わなそうだね」

「それを取り持つのが、我らがシズカさまです」


「八雲の長は?」

「今回、この場にはおられませんが、リュウト様は、唯我独尊。自分の信じる道を淡々と進まれる方です」


 扉が開き、先程の案内係が顔を出した。


「どうぞ、グレン様お這い入りください」


 10畳ぐらいの部屋には窓は一つもない。部屋の壁、角に等間隔に間接照明が置かれいた。暗くもないが明るくもない。そんな微妙な陰影と出席者からただよう緊張感が、独特の雰囲気を醸し出していた。


 部屋の中央に丸テーブルが一つ置いてある。その丸テーブルを三等分するように三人が座っていた。


 入口の正面には、こざっぱりとした男が姿勢を正して座り、その右側には、髭面の男が頬杖をついて座っていた。


 シズカは、髭面の対面といめんに座っていた。


 正面の男が、どうぞお座りくださいと、シズカの右側の空いている席を勧めた。


 これで、バランスはだいぶ悪くなるが、どうなることか。俺は、指定された席に黙って腰を下ろした。


「おい、てめえ本当に魔族が後ろで糸を引いているんだろうな」


 髭面がガンつけながら俺に言った。どこの田舎のヤンキーだ。正直カチンときたが、シズカの顔を立てて黙っていよう。


「私の部下も、確認したし、あたしもけんを通して確認した」

「魔族がどうして俺たちの縄張りにいる」

「それは、あたしにもわからないよ」


 また髭面が俺を睨んだ。


「てめえ、臭うな。何者だ」


 鼻にシワを寄せ上目遣いで口を向いた。お前こそ、人間離れした面じゃないか、と思ったがここもぐっと我慢だ。


「ムソウ、我ら犬神の恩人に対して、その態度は無礼だろう」

「俺の感が言っている、こいつが災いの元凶なんじゃないかってな」


 たしかに遠因はそうかもしれない。中々痛いところをつく。風魔の長がムソウをいさめた。


「それぐらいにしないか、ムソウ」

「おい、ライゾウ。俺は今回の風魔の働きに納得いってねえからな」


 ライゾウは、ムソウの言葉を無視して、俺に頭をさげた。


「すまんグレンさん。ムソウは自分の城が天敵オーガどもに奪い取られて冷静ではいられないのだ。どうか許してほしい」


 そういうと、もう一度、頭を下げた。俺も愛想笑いをして頭をさげた。髭面の男が吠えた。


「おい、ライゾウ。サコンを引っ張り出せ。お前じゃ、この状況を逆転させられねえ」


 なんということをこの髭面は面と向かって言うのだろう。案の定、ライゾウの目に怒りの表情が浮かんだ。隣のシズカが深い溜息をついた。


 扉が開き、数名の女性が膳を運んできた。俺は、その間に、シズカに小声で訪ねた。


「どういう状況なのですか」

「さっきも少し話しがでたが、犬神だけでなく、夜叉の大城も落ちた」


「でも、風魔と八雲の大城は落ちていないんですよね」

「落ちていないが、状況的にはだいぶ悪い。夜叉の大城は、東西に細長い我が国の東西を結ぶ交通の要衝だったのだ。それが落とされたということで、我らがいるシン城と、風魔と八雲が居を構えれる東部とに分断されてしまった。さらに、犬神と夜叉の兵と避難民がこのシン城に一挙に押し寄せているから、食料や避難場所の確保など、色々と不都合が起こっている」


「夜叉が攻略されているとき風魔は、応援に行けなかった」

「そうだ」


 俺は、トロールの天幕で聞いた魔族の話を思い出した。風魔は、魔族の策にまんまとハマってしまったようだ。


「ふざけるな。お前では役不足だっていってんだ」


 髭面が、席を立ち、ライゾウに掴みかかっていた。


「よさないか、ムソウ。私達がこんなんでは、死んでいったものたちに顔向けができん」

「けえ」


 ムソウが、ライゾウを突き放し、自分の席にどっか、と座った。シズカが、ライゾウの目を見て言った。


「ライゾウ殿、あたしもサコンを赦免し、軍師に戻ってもらう必要があると思う」

「赦免する理由がない」


「それでは、今回のわたしの戦功をサコン殿にお当てください」


 俺は、思わず口走っていた。黙っていろと言われたはずなのに。


 三人が一斉に俺を見た。


 俺は、心のなかで、言い訳をした。いや、十分な戦功を上げたと思いますよ。そうだ、魔族を二人をカクホ、魔道具も取り上げた。犬神の大城に群がる敵をだれよりも多く倒したはずだ。俺のおかげで犬神の被害はだいぶ抑えられたはずだ。


 シズカが、良いのか、望めば金銀財宝が手に入るかもしれんぞ、といった。


「い、いい。いいよ」


 ライゾウは、胸の前で腕をくんで、目を瞑った。


「風魔にとって里抜けは重罪。それをサコンは助けた。とても許されることではない」

「ライゾウ、まだそんなことを言って」


「黙っていてくれ。これは、風魔の問題だ」

「サコンの処分は、保留ということで蟄居を申し渡してあったが、追放とする」


「おい、ライゾウ」


 ムソウが再び席を立った。同時にシズカは円卓を両手で思っきり叩いた。さすがにシズカも堪忍袋の緒が切れたようだ。それでもライゾウは、たじろがない。


「ここからは、独り言だが」


 ライゾウが俺をチラッと見た。


「里を追放されたサコンが、もし誰かの部下についたとして、その誰かが、我らのために大きな働きをしてくれた恩人なら、その誰かが、サコンの入国を求めるなら、我らが異を唱えることはさし控えるべきだろう」

「周りくどいぞ、ライゾウ。お前のそういうところが、石頭だというのだ」


 これは、願ったり叶ったりだ。これでサコンは、自動的に俺の仲間となることが決定したわけだ。俺は、席から立ちライゾウに頭を下げた。ライゾウも席を立ち、俺の両手を握った。


「グレン殿。サコンがいるのはバホラ城ですが、我らが得た情報では、城に通じる道はオーガやトロールの小隊によって封鎖されている可能性があります」

「全然、問題ない」


 これでやっと俺の当初の目的が果たせそうだ。俺は、小走りで部屋を出た。

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