第132話 トロール戦線



 東部の村落は、農耕というよりも狩猟採集に適するように整備されているようだ。適度な間隔で果樹や実のなる樹木が植えられていた。


 森の様子を見るに鬱蒼とした森林ではなく、適度に間引きされ、光が入るように手入れがされている。散歩をしても楽しそうな場所をいくつもみつけることができた。


 シズカは、シビアが東西に細長い国だと説明してくれたが、実際に訪れてみると、古龍の森の東西の長さよりも長いようだ。


 鳥にヘンゲし休まず飛ぶこと15日、やっとトロールたちが暴れている現場、シズカたちの言葉でトロール戦線まで到着することができた。


 トロールは、背丈が5、6メートルはあろうかという巨人で、手に棍棒やら、果樹を引き抜いたものを持って暴れまわっていた。


 山から持ってきのか大岩を投げては、それをまた拾い、投げるのを繰り返しているものもいる。


 戦い方をみるに、力はあるのだろうが、頭はそんなによくなさそうだ。


 俺は、安全で見晴らしの良い山の上でアサカをカイホした。アサカにヘンゲして、けんという犬神を使役することも考えたが、生きている誰かに化けるというのは、気苦労のほうが多いということは、前回のアカネの件で骨身にしみていたのでやめた。


「どう、その義足の調子は」


 アサカの足には、義足がはめられていた。


「走ることはまだ難しいが、歩くには問題ない」


「下で戦っているのが、八雲一族?」

「そうだ。八雲一族は幻術をよく使う。トロールの死体を見てみろ。どれも同士討ちをした結果、仲間の武器によって頭を割られ、首を折られている」


 眼下の戦場には、おびただしい数のトロールが倒れていた。


「正面から決してトロールに勝負を挑まない。賢い選択だ。とても人族が差しで敵う相手じゃない」


 トロールたちは、しばらく混乱しているように見えても、はっ、と我に帰るときがあるようで、そうなると、訓練を詰んだ軍隊のように隊列をすぐに組み直し、的確に八雲の部隊を押し込んでいた。


「敵の本部を探そう」


 アサカが、手を振り呪文を唱えると、目の前に炎が灯り、そこから赤い犬が躍り出てきた。


「これが、けんだ」


 赤毛の柴犬という外見だ。しっぽも目もくりくりしていてかわいい。きっと、この犬の目を通じてシズカもこの風景をみているのだろう。


「済まないが、けんを使っているときは、あたしの目は、けんの目だから、周りがみえていない。だから何か問題が起こったら肩を叩いてくれ」

「わかった」


「それじゃあ、トロールを指揮しているやつがいないか探ってくる」


 そういうと、見は、元気よく、坂を下っていった。


 しばらくして、アサカが突然口を開いた。アサカの顔から血の気が引いていた。呼吸が荒い。だいぶ体に負担がかかっているようだ。


「トロール陣営の後方に、天幕が張ってある。今、その天幕の中に魔族が入っていった」

「無理するな。もどってこい、アサカ。ここからは、俺が探るから」


 次の瞬間、アサカの体が前後に揺れ後ろ向きでひっくり返った。俺は、慌てて抱きかかえた。


「大丈夫だ。まだ本調子じゃないようだ」

「これで、シズカは納得したか」

「たぶん。十分だろう。後は、オーガの陣地を見て回ろう」


「せっかくここまでやって来たんだ。その前に奴らの会話、できれば作戦を盗み聞きしおこう。ここで待っていてくれ」


「大丈夫なのか」

「こういうのは、俺のほうが得意だと思う」


 俺は、鳥にヘンゲして空に舞い上がり、天幕を発見した。ノミにヘンゲして天幕の中に忍び込んだ。中には魔族が二人、30人ほどの人族がいた。


 人族は2つのグループに分かれていた。つまり、魔族と対等に話す奴と、話せない奴隷だ。


 天幕の一番奥に、ゆったりとしたローソファーが置いてあり、そこに魔族二人が寝そべっていた。


 その前には、4人の人族の男が酒を飲みながらあぐらをかいて座っていた。魔族と人族が同じ酒を飲んでいるのをみて、俺は、吐き気を覚えた。


 こいつら、本当にイカれている。


 灰色の体毛に覆われた牛頭の魔族が、青黒い体毛に覆われた羊頭の魔族に酒を注いだ。


 ルフより羽もツノも立派で艶がいい。羊頭の魔族が言った。


「ブルブラス様の作戦は完璧でございます」

「まだまだこれからだ。この国を我々が取れば、エルフの領土に手が届く。憎きカーバンクルが隠れている古龍の森を焼け野原にして炙り出してやる」


「そうすれば、アレですな」

「そうだ」


 牛頭のブルブラスと呼ばれた魔族は、左手の人差し指を掲げてみせた。その指には、金色の指輪が輝いている。羊頭の魔族に酒をつぎながら男が、尋ねた。


 それは、すごいものなのでしょうか、ペリト様。


「ブルフラス様がお持ちの指輪は、開封の指輪だ。我らの研究の結晶だ」

「開封とは、何を開けるのでしょうか」


「カーバンクルに封印された魔王様を解放するのだ」


 なに!


 俺は、慌てて天幕から外へ逃げ出した。ふざけるな。そんなものがあるなんて聞いてないぞ。


 入口を出たところで、振り返った。


 でも待てよ。ここで逃げ出していいのか。まだ俺がここにいるとは知られていない。ならば、まだ安全なはず。俺は、天幕に入り、入口付近で聞き耳をたてた。


「でも、たしか、カーバンクルを殺せば、魔王様の封印は解けるのではないですか」

「そうだがな。カーバンクルは、魔王様でさえ、てこずった相手だ。我らがとどめをさせるとは、かぎらん。なんと言ってもずる賢い」


 魔族のお前たちに言われたくない。


「膨大な魔力が必要だが、この指輪を使えば、確実に魔王様を解放することができるのだ。カーバンクルが現れれば、俺は迷わずこの指輪を使うぞ」

「もちろん、微力ながら私の魔力もお使いください」


 二人の魔族は、酒坏を掲げ、酒を一気に飲み干した。二人の男が、飲み干された酒器に酒を注いだ。


 あの指輪は、たいへん危険だ。必ず奪い取らねばならない。

 ブルブラスに酒を注いだ男が言った。


「なるほど、そのためには、この国を取る必要ありますな」

「それだけではない。帝国に入る物資を支配することも可能になる。現在、北回りの輸送は、帝国の隣のミーナニアですでに、ヴァンパイア共にある程度抑えられている。だから実質、北回りは海上も陸路も止まっている」

「しかし、南回りからは、まだ帝国に海上も陸路からも物資が流れておりますね」

「そうだ。だが、シビアを押さえれば、南回り陸路の玄関口を抑えることができる」


「シャグゼビア、リルマー経路の使うためには、シビア沿岸を通って一度シャグゼビアに陸揚げしなければならないからですな」

「そうだ。それだけではない。古龍の森のオールドシャッドが閉港した今、貨物船の補給場所がシャグゼビアしかない。つまりグナールに頼らずとも、南回りも抑えられる」


「では、グナールは用済みですか」

「いや、グナールには、アロス、ブレビアに睨みを効かせ、スキあれば侵略させる」


「そうすると残る問題は、グナールの砂漠に閉じ込めた氷輝将軍だけでしょうか」

「たしかに、奴だけが問題だが、それもそのうち片がつく」


「ほう、それはどういうことで」

「それは、秘密だ。楽しみに待っていろ」


 二人の魔族が大笑いした。そうなると、帝国は、北側に魔族の国、西はヴァンパイアの国、国境は接していなが南側に親魔族の国々に囲まれてしまうわけだ。すぐに今の情勢が引っくり返ることはないが、長い目でみれば、じわじわと劣勢に追い込まれかねない。


 それに、何より、古龍の森に、魔族の手が伸びてくるのがまずい。


「この国をとってしまえば、バエルやアガレスも黙って我らの意見に従うだろう」

「バエル様やアガレス様は、今回の作戦には、参加されないでしょうか」


「するわけがない。バエルは、自分が新しい魔王になりたいと思っている野心家だ。アガレスは、魔王を頂点に据える体制にこそ弱点があるとかぬかしておる。魔王は金輪際いらぬとうそぶいておる。まったく、我々に協力すれば、もっと早く古龍の森に隠れているカーバンクルを炙り出せたというのにだ」


「ところで、オーガたちは、ほっといても大丈夫なのでしょうか」

「オリアムが指揮をとっているから心配するな。それでなくとも奴らは、人族に恨み骨髄に達してるからな。それに元々戦闘能力の高い部族だ、心配ない。万が一苦戦するようならな、俺が援護する予定だ。だが、まずは、このトロールで、八雲を引きつけておくことが重要だ」


「風魔は、手練が多いと聴きます。それに、知恵者がいるとも」

「たしかに風魔は、厄介だ。イリオンにコボルトの一部、エスティオンにトロールの一部を預け、向かわせている。二人には正面きって戦わないように、それでいてスキあらば城を焼き払うように言いつけてある」

「それは、また難しい命令ですな」

「なあに、簡単だ。つまり風魔が出てくれば、引き。城に戻れば出る。それだけだ」


「つまり、時間稼ぎというわけですな」

「そうだ。最悪、城に閉じ込めておければよい」


「残る勢力は、夜叉族だが、それはさっき言ったオーガの部隊が喜んで叩いてくれよう」

「完璧でございますな」


 高笑いが聞こえてきた。シビア国内の問題がいたる所に飛び火しそうだ。早くこのことをアサカやシズカたちに知らせたほうがいいが、でも、あの魔族からあの金の指輪を早く取り上げたい。


 どうやって、指にはめている指輪を気づかれずに盗めるのか。いや、あの魔族ごとカクホしてしまうか。もしも、あれが神話級のアイテムなら、可能性はある、あの指輪を口に咥えて、もしくは手にもってここから逃げ帰ることは可能だろうか。


 だめだ、敵が多すぎる。片っ端からカクホなどできないし、もし失敗したら、カーバンクルがうろちょろしていることを宣伝するようなものだ。


 ああ、どうするべきか。とてもじゃないが、犬神族どころではなくなったぞ。


 こういうときは深呼吸。落ち着こう。落ち着け。


 指輪はとりあえず見なかったことにしよう。そうだ。どうせ俺がここにいることはわかっていないんだから、どうせ、古龍の森に隠れていると思っているんだから、保留だ。ここは、いったん、アサカの元に戻ってゆっくり考えよう。

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