第131話 シズカ



「見晴らしのいい部屋だ」


 俺は、シズカの侍女に連れられて階段を登り、この部屋に通された。窓の外には街が一望の元に眺められた。


「王様になった気分だ」


 侍女は、俺の言葉にはまったく反応を示さず、部屋で少し待つように言って去っていった。俺のもたらした情報によって、急きょ、新たな会議が招集された。


 今頃は、今後の方針が熱く議論されているのだろうが、この部屋で聞こえるのは、時折吹く強い風による風切り音のみであった。


 だが、目を室内に戻すと目のやり場に困ってしまう。明らかに、シズカのプライベートルームだからだ。シズカの私物をどかさなければ座る場所もない。


 ベットの上には、室内着が無造作に置かれているし、机には日記と思しき書き物がページを開いたまま置かれていた。


 内容は、読まない。この国の文字が読めないからだ。もちろん、ミラさんに翻訳を頼むことは可能だが、そこまでして読みたいとは思わない。ただ、字面を見る限り、几帳面な性格のようだ。部屋の様子とはギャップがありすぎだ。


 このまま部屋の中を見ていたら何か間違いを犯しそうなので窓の外に目を移した。窓から見える屋根の数を数えてみる。だいたいここから見える範囲で1000戸ぐらいだと見積もる。一戸に四人が住んでいるとすると4000人ぐらい。ここから見える範囲が全体の四分の一だとすると、16000人規模の街だということか。


 そこまで考えると、後は特にやることも思い浮かばなかった。俺は、ハチにヘンゲしてぼんやりと街並みを眺めていることにした。そうして半日が過ぎた。


 月が登り、街の明かりが灯った。勢いよくドアが開き、シズカが酒瓶を持って入ってきた。


「待たせたな、グレン。どこに隠れている、グレン」


 俺は、部屋の中央に飛んでいってグレンにヘンゲした。


「お前は、妖精か、ハチか、それとも人か。どれが本物なのだ」

「どれも俺だが」


「ふふ。そうか。面白い。それがお前の仕掛けだな」


 シズカは、ドアの外に向かって入れ、と言った。


 ドアの前で待っていたのだろう、テーブルやら、椅子が運び込まれ、女たちが、テーブルの上に料理を並べた。


「ささやかだが、アサカと赤ん坊を助けてくれた御礼だ。飲めるだろう」


 シズカは、コップに酒を注いだ。おお、光っている。供物だ。俺は、ありがたく酒をいただくことにした。


 一口いただき、残りはこっそりカクホした。空いたコップにすかさず酒を注いでくれた。おお、これは簡易供物製造器だな。


 シズカの食事がひと段落したところで本題に入った。


「さて、サコンのことだが。その前にこの国の仕組みを話しておこう。この国には、4つの人族の部族が4つのモンスター部族を抑え込んでいた。4つ人部族とは、我ら、犬神。風魔、八雲、夜叉だ。モンスター部族は、オーク、コボルド、オーガ、トロールだ。我々は、モンスターどもを個別に管理し、決して連帯できなように分離させることに成功した。この国の形を単純に説明すると、東西に細長い長方形の形をしている。オークは、南西の角に、コボルドは、中央南から南西にかけての海岸沿いに、オーガは、中央北の山側に、トロールは、北西の山の中にそれぞれ押し込むことに成功したというわけだ。対して我々は、国の中央に陣取った。西から、我々犬神、夜叉、風魔、八雲。それそれの部族が、ここのような城を作り、必要に応じて各部族は連携することになっている。小競り合いは、日常茶飯事だが、基本的に各個撃破すればよかったのだ。ざっというと、これが、サコンの策によってなされたのだ」


「ちょっと待って。そうすると真ん中の夜叉と風魔の負担が大きくないか」

「そうだな。我々犬神は、主にオークを見張っている。川向こうには、出城があるが、コボルドたちににらみを効かせるためと、夜叉が手一杯にならないようにするためだ。一番厄介なオーガに対しては、夜叉と風魔で対応することになっている。ここから川に沿ってを北上すると、湖がある。そこに我ら4部族共通の首都を作って各部族の精鋭を集めて対応することになっている。この首都が、実質今までオーガに睨みを効かせていた」


「オーガは、そんなに特別なのか」

「そうだ。オーガこそは、我らの宿敵だ。鬼道を使い、力も強い。知能も高く、一番気をつけなければならない相手だった」


「コボルドが夜叉を攻めてきたら、首都の精鋭と風魔が手伝うわけか」

「そうだ。そのとき、風魔の背後にいるトロールに対しては、基本八雲が対応することになっている。そしてこの作戦は、ついこないだまでうまく機能していた」


「それで、天才軍師は今回のことをどのように対応するつもりなんだ」

「まあ、結論を急ぐな。さて、サコンだが。サコンは、風魔一族だ。だから、ここにはいない」

「そうすると、風魔の城にいるのだな」


「残念。ハズレだ」


 シズカは、コップに残っていた酒を一気に飲み干した。俺は、酒をシズカのコップに注いだ。


「お前は、ジンベエの知り合いだと言ったな」

「ああ」


「風魔では、それは犯罪者と同意だ」

「どういうことだ」


「ジンベエは三兄弟の末っ子。その上の兄貴がサコン。そして、長兄が現族長のライゾウだ」

「それがなにか」


「里抜けは、重罪だ」

「なるほど、だからジンベエは重罪人ということか」


「そうだ。そして、サコンは、ジンベエの里抜けに手を貸した罪で今も幽閉されている」

「つまり天才軍師は不在ということか」


 シズカは、ゆっくりとうなずいた。


「幽閉されている場所は?」

「さあ、な。それは風魔の族長に聞いてみるんだな」


「口を聞いてくれるか」

「そこは問題だな」


「どうして」

「つまるところ、グレンが何者かわからないからだ。悪いやつでないことはわかっている。だが、私が口をきくということは、身元が確実にわかっている、万が一にも問題は起こさない事が保証できるということでもある」


「そうか。無理を言って悪かった」


 これは、自分でなんとかしなければならないだろう。


「お休みのところ申し訳ございません」


 ドアの向こうで緊張した声で女が声がした。


「構わん、入れ」

「はい」


 ドアが開いた。女は俺をチラッと見た。


「構わん。話せ」

「はい。夜叉からの使者がやってまいりました」


「こんな時間にか。それで、なんと」

「オーガの大軍と交戦中。至急、応援を頼むということです」


 シズカは、勢いよく立ち上がった。シズカの足元にコップが転がりおち、酒が床に広がった。


「グレンに頼みたいことがある」

「何者かわからん俺を信じるのか」


「赤ん坊を助けてくれたんだ。あたしは、身元どうこう以前に直感で、はじめから信じている」


「それは、ありがとう。で、頼みとは」

「現在、わかっているのは、オークとコボルドとオーガが一斉に動いたということだ。残るトロールの動きを知りたい。できれば、魔族がオーガとトロールの背後にいるのかも知りたい。調べられるか。もし、調べてくれるなら、風魔の族長に口利きをしよう」


「どうして、俺が調べられると思う」

「この部屋に入ったとき、お前がハチから人に変化したのを見た。きっと、鳥とかにも変身できるのだろう。それならば、早すぎる足も説明がいく」


「なるほど」

「それと、アサカも連れて行ってほしい」


「なぜ」

「アサカは、けんという犬神を呼び出せる。それは、私と視覚を共有できるのでな。もし裏で魔族が糸を引いているなら、実際にこの目で見てみたい」


 どうするか。なんだか信用されているのか、されていないのかわからないな。それにこちらの手の内をすべてさらけ出しているようであまり気持ちもよくない。


「赤ん坊とアサカを無事に運んでくれたのだろう。できないことはないと思うのだが」

「わかった」


「すまないな。本当はあたしがちょくについていければ良いのだが、ここを空けるわけにも行かぬ。もし、トロールやオーガの後ろにも魔族がいて、全てが計画されたものなら、我々は滅ぶかもしれない。その場合、サコンをもう一度、表舞台に引っ張り出す必要がある。そのためには、どうしても確固たる証拠が必要なのだ」

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