第130話 ホテリ



 コタケラ川は北から南に流れる大河だった。川を行き来する船は見かけなかったが、オールドシャッドで見かけたような外洋に出て荷物を運搬するような船どうしが余裕ですれ違えるほどの川幅があった。


 北上して1日目の昼過ぎ、川の西側に大城と呼ぶにふさわしい城が姿を表した。


 犬神の大城は、コタケラ川が削ってできた河岸段丘の上に作られていた。


 川沿いの低地は城下町となっており、商人や農民たちの住居や畑が広がっていた。それらの街や城を内側に包むように、幾重にも城壁をめぐらされていた。


 これだけの城を建てる技術にも関心するが、裏を返せば、これほどの防御を固めねばならない土地柄ということも言えるだろう。


 俺は、城下町に降り立った。


 通りを歩く人々の表情は一様に固い。サイ城が陥落した知らせが届いたためだろうか。俺は、空き家を見つけ、そこでアサカと赤ん坊をカイホし、手を叩いた。


「ホテリに着いたぞ」


 アサカが、片足けんけんで空き家の窓まで近寄り外を覗いた。赤ん坊が泣き出した。


「ありがたい。これから、あたしは、親方様に事の顛末を話してくる。この赤ん坊を頼む」

「おい、ちょっと待て。説明はどうした。この赤ん坊のご飯は」


「それよりも、先に親方様に話をしなければならぬことがある」


 そう言うと、片足けんけんで家を飛び出して行った。


「まったく、約束が違う」


 俺は、もう一度赤ん坊をカクホすると、今度は、ハチにヘンゲしてアサカを追った。


 アサカの背中に取り付くと、今度は、ノミにヘンゲして、アサカと共に城に潜り込んだ。


 装飾やら設えなどなにもない板の間の部屋に、アサカは通された。すでに部屋の左右の壁沿いに20人ほどの男女があぐらをかいて座っていた。


 部屋の中央にアサカひとりがあぐらをかいて座っていた。目を正面の壁を見据えたまま、動かない。


 だれも、何も喋らなかった。太鼓が一回なり、女性が部屋に入ってきた。


 部屋にいる全員が頭を下げた。女性は、一番上座に立ち、一同を見下ろした。


 その女性の両脇には、チロよりも二周りは大きい王犬が寄り添っていた。女性が指で床を指すと、それが何かの合図だったのだろう、王犬二匹は伏せの姿勢になった。女性は、右側の王犬により掛かるようにして片膝をついて座った。さしずめ王犬ソファーだ。


 女性が、アサカに声をかけた。


「アサカ、よくぞ無事に戻った」

「申し訳ございませんでした親方様」


「謝る必要はない。ゼン城にいたカク、ソウシ、ゼンはみな戦死した。お前だけでも生き残ってくれて、礼を言う」

「滅相もありまません。こうして生き恥を晒してまで、帰ってきたのには訳がございます」


 女性の顔が厳しいものに変わった。


「包み隠さず話せ」

「はい。オークとコボルド供を指揮していたのは、魔族の将だと思われます」


「なにい」


 親方の顔がより一層険しいものに変わった。


「コタケラ川東岸にいるはずのコボルド共が川を渡れたのは、二人の魔族の魔法により、コタケラ川の表面が厚い氷に覆われ、橋が駆けられたからです」


「アサカは、それを目撃したのだな」

「確かに。それだけではありません、オークを指揮している将が持っている杖は、狙った場所に大地震を引き起こします。さらに、コボルドを率いている将は、角笛を持っていて、それを聞いたコボルド共は、半狂乱になって、我が同胞に襲いかかりました」


「つまりどちらも厄介な魔道具をもっているということか」

「はい」


「これまで個々に暴れまわることはあったが、連携することはなかった。もちろん、モンスターどもの個別管理、連携切断はあたしらの基本的戦略だったわけだが、魔族の将が突然あらわれ、指揮を取ることにより、それらの戦略が無効化されたわけだな。セイカ」


 右側の比較的上座に座っていた女が応えた。


「はい」

「やな予感しかしない。このことを、至急首都にいる首脳陣に伝えよ」


「かしこまりました」


 女は、ちらっとアサカを見てうなずいてから、部屋を後にした。雰囲気や、顔の作りが似ている。もしかしらた姉妹かもしれない。


「ところでアサカ。サイ城をおそったモンスター共はどこに向かった」

「申し訳ございません。それについてはわかりかねます」


「そうか。質問を変えよう。この城にサイ城陥落の知らせがきたのが、昨日の昼だ。それから一日たってから、アサカ、お前がやってきた。随分早くはないか。ましてや、その足だ」


 アサカの顔色が真っ青になった。


「私、を、お疑いですか」

「疑ってはいない。だが、あたしは包み隠さず言えと命じたはずだ。なにか隠していることがあるのだろう」


 俺は、アサカの隣でグレンにヘンゲした。一瞬で、場の雰囲気が殺気立った。部屋にいるすべての者が、半立ちになり、王犬は、牙を向いて立ち上がった。ただ一人、親方様だけが、その場に座ったままだった。


 俺は、赤ん坊をカイホした。赤ん坊が泣き出した。虚をつかれた形で、殺気が緩んだ。


「この赤ん坊とアサカがサイ城の生き残りだ」

「まずは、この赤ん坊に腹いっぱい乳を飲ませてあげてくれないか」


 親方様がにやりと笑った。


「静まれ、皆のもの。これがアサカの仕掛けか」


 左右に控える、王犬の首を軽く撫でると、王犬は、腰を落とし、おすわりをした。


 助かる。あの牙で襲われたら、即死だからな。


「だれか、乳のでるものを呼んでまいれ」


 一番下座に座っていた男が、部屋を出ていった。赤ん坊は、周りの雰囲気を知ってか知らずか泣き止まない。俺は、どうあやして良いものか。裏声をつかってみたり、お尻をとんとんと叩いて見たりしたが、一向に泣き止まなかった。親方様が、いきなり立ち上がりこちらに近づいてきた。周りのものが、ざわめきだち、年老いた者が諌めた。


「親方様、近づきすぎますな」

「心配ない」


 そういうと、親方様が、赤ん坊を俺から奪い取り、あやしはじめた。


赤ん坊は、親方様の胸を鷲掴みにした。


「すまんな、あたしの乳はでないんだ」


 赤ん坊は少し安心したのか、泣き声が小さくなった。


 さっき出ていった男が、女を連れて部屋に入ってきた。親方様は、その女に赤ん坊を渡すと、サイ城の生き残りだ、丁重に扱え、と命令した。


 赤ん坊がいなくなると、会議の場に、緊張感が戻ってきた。


「さて、赤ん坊の問題は片付いた。おまえさんは何者だ」

「俺は、グレン。剣と魔法を少々使う。旅の途中で、死にそうになっていたアサカを助けた」


「それだけでは、ないだろう。どうやって、ここまで来た。この部屋までという意味を込めてだが」

「まあ、それは秘密だ。俺はただ、サコンさんにあいたいだけだから、ここにいなければ、サコンさんの居場所を教えてほしい。そしたらすぐに立ち去る」

「サコンに会ってどうする」


「ジンベエから、優秀な軍師だと聞いてきた。まあ、本当かどうかは、怪しくなってきたが」

「ジンベエの知り合いか」


「そうだ。そういえば、アサカさん。ここまで連れてきたら、知っていることをすべて話してくれる約束だったが、忘れてないよな」

「も、もちろんだ」


「では、まずは、親方様の名前を聞こうかな」

「親方様は、親方様だ」

「あたしの名前は、シズカだ」


「シズカさんは、この国ではどれくらい偉い?」

「話しが長くなりそうだな。グレン、場所を変えよう。アサカの約束はあたしが代わりに果たそう」


「親方様、それはいけません。敵意はないようですが、何者かはまだわからないのですから」

「気にするな。アサカは傷の手当でもしておれ」


「それは、助かる。では、俺がここに来るまでに見た敵の情報を伝えておくよ。ここに至るまで、いくつかの支城があったが、すべて落とされていた」


 年老いた誰かが、俺に恫喝するかのように発言した。


「そんな、情報はまだ届いていない。嘘をつくな」

「その情報が入って来ていないようなら、それだけ敵の進軍速度が早く、攻撃は徹底的だったということだ。見たところ、それらの支城はサイ城よりも小さかったから、持ち堪えられるわけがない」


 会議の場がざわめき出した。


「この城の南。川の西岸の森の中を粛々とオークとコボルトの混成軍が北上している。川の東岸からも川岸から少し離れた地点をコボルドの大群が北上している。大群だ。気持ち悪いぐらいの数だ。あれが、川を渡ってきたらこの城が持ちこたえられるかはわからんぞ」


「ありがとう。早速準備にとりかかろう」

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