第129話 狂戦士と赤ん坊
俺とアサカは、城に近づくのを諦めて海岸まで引き返してきた。崖の上に腰を下ろした。
「こんな見晴らしのいい場所で、休憩なぞ、正気か」
アサカは、不満そうで不安そうだ。
「俺にとっては、ここは絶好の休憩場所だ。大丈夫。心配するな」
見通しの悪い場所よりも、相手も姿をさらさないとこちらに近づけないところのほうが都合がいい。
アサカは、逃げる事を考えているのだろうけど、ここなら、空へも、海の中へも逃げられる。いや、小石にヘンゲして磯の小石に紛れるのが一番簡単か。
まあ、そんなことはいちいちアサカに説明しない。アスカが手をうつと
「ところで、あの黒煙は何だと思う」
「多分、サイ城が燃えていたんだろう」
アサカは、まだ詳しく事情を説明する気はないらしく、うつむき自分の握り拳を見つめていた。
「次は、どこを目指す?」
「お前は、私をここにおいてこの国を去れ」
「どうして」
「この国は鬼の国に逆戻りしてしまったようだ」
アサカをここに置いていったら、死ねと言っているようなものだ。そんなことはできない。
「あたしは、まだやることがある」
「その足じゃ、まともに歩けないだろう」
「一匹でも多く、敵を殲滅する」
「犬死だ」
「それが我らの犬神一族の生き方だ」
「まったく助けがいのないクズだな」
「何?」
「クズだと言ったんだ。せっかく貴重なアイテムで助けてあげたのに、たかだか、2、3匹のオークやコボルドと心中するなんて、助けがいがない」
「お前に何がわかる」
「だから、わかるように説明してほしいと何度も頼んでいる。はっきりいうが、お前より俺のほうが多くの敵を倒せると思うぞ。もちろん犬死などせずに」
「ふん、口だけならなんとでも言える」
「では、口だけ無いことをおみせしよう。お前が行きたいところへ瞬時にお連れしますよ」
「あたしの、行きたいところ」
そうつぶやくと、アサカは目をつむった。涙が一粒こぼれ落ちた。
「ではもう一度言う。あたしをサイ城へつれていけ。たとえそこが燃え落ちていようとも」
「わかった。
「ふん。何の子供だましだ」
「いいから。たった手を三回叩くあいだ、付き合うだけだろう」
「わかった、さっさと済まそう。ただし、もし、目をあけてもこの場所だった場合は、不法侵入者として殺す」
「どうぞ。ご自由に。だがもし、目的の城だった場合は、詳しく知っている情報を教えてもらうぞ」
「いいだろう。やってみろ」
「俺は、2度手をたたいところで、アサカをカクホした」
****
夕日が沈み、その代りに満月が空に登りはじめている。広大な敷地に、燃え残った建物は一つもなかった。立っているのは、黒焦げになった太い柱だけだ。
できるだけ早くこの場所にから立ち去りたいと思わせる景色だった。たぶんここがサイ城だろう。
ここを攻略したモンスターたちは、この城がどうなろうと関係がなかったようで、さっさと次の戦場へと北上していった。
黒焦げの柱が音を立て崩れ落ちた。その近くの瓦礫の山も崩れ、物が割れる音がした。そこから起き上がってきたのは、血走った目の男だった。よだれを垂らし、返り血を全身に浴び、それが固まっていた。気が狂っている。
手に持つのは明らかに刃こぼれした長剣だった。頭が陥没していて、歪な頭の形になっていた。世界樹の葉でも、もう助からないだろう。
瀕死の狂戦士が腰の高さに長剣を構えた。吼えた。俺に向かって駆けてきた。俺は冷静に距離を測りながらハエにヘンゲし、カクホした。落ち着いたら、どこかに葬ってあげよう。
俺は、他に同じような者がいないか慎重に地獄耳と反響定位で安全を確認した。他に生き物の気配はなかった。
俺は、アサカをカイホすると同時に、手をうった。目を開けたアサカが、まず匂いを嗅いで顔をしかめた。
大量の木の焦げた匂い、肉が焼けた匂い、死臭とがない交ぜになっていた。
アサカは、目の前の風景を見回した。膝を折り前のめりに倒れ、頭を両手で隠して嗚咽した。俺は、泣き止むまでじっと待った。
満月が、頭上に登った頃、アサカは、涙を拭き、その場であぐらをかいて天を仰いだ。
「ここがサイ城跡か」
「ああ、そうだ。間違いない」
「敵は、この近くにはいない。すでに次の場所に移動している。説明してくれ、何が起こった」
「これほど、関わるなというのに。お前も頭がいかれている。いいだろう。そこまで知りたいなら、あたしが知っていることは、教えてやる。そのかわり、あたしの復讐に手を貸せ」
「約束が違う」
アサカは、そんな俺の言うことには知らんぷりだ。
冷静に考えれば、この条件を飲む必要はない。別の人に頼むことも考えられるし、外から状況を観察してから自分で考えてもいい。
だが、これからアサカは、どうするつもりだろうか。また、一人で特攻するつもりなら、やはり犬死はなんとかして止めたい。
「犬死はしないと約束できるなら、手を貸そう」
「よし、契約成立だな。グレンは、あたしらのことをどれくらい知っている」
「全然知らないと思ってくれ」
「そうか。では話が長くなるな」
そのとき遠くで、微かに子供のなく声が聞こえた。幻聴じゃない。俺は、耳を済まして声の出処を探った。
屋根が落ちた建物の下から、鳴き声がしていた。俺は、カイホとカクホを使い分け、瓦礫をどかした。
アサカも、焼け残った木の棒を杖代わりにして、こちらにやって来た。
出てきたのは、事切れた母親に抱かれ灰まみれになった赤ん坊だった。
「今までよく我慢したな」
俺は、赤ん坊を抱き上げたとたん、不覚にも泣いていた。アサカは、俺から赤ん坊を奪うように取り上げ、あやし始めた。
「知り合いの赤ん坊か」
アサカは、ちらっと母親を見て、知らんといった。
「この城とその周りには、何百人もの犬神一族が暮らしていたんだ。いちいち赤ん坊が誰かなぞ知らん」
言葉の乱雑さとは、裏腹にその顔や声は慈愛に満ち溢れていた。
「アサカ。その赤ん坊のために場所を変えよう。どこか食べ物のある街まで移動しよう。どこかあてはあるか」
「あるが。何日もかかる。それにきっとこの先には敵が布陣しているのだろう。直線距離ではたどり着けないならなおさらだ」
「敵の布陣のことは気にしなくていい。とりあえずその赤ん坊の腹を満たして挙げられる場所だ」
「このサイ城は、2つの川に挟まれている。西側がジョウバ川。その川に沿って北上すると、オーク共の支配地域にたどり着く」
「川の上流、つまり水源をオークに握られているとは、随分間抜けな配置だ」
「だから、ジョウバ川の水を飲むような間抜けは、この城にはいない。もう一方の川、ここから、半日ほど東に歩いたところに、大河コタケラ川がある。そこからわざわざ水を引いているし、我らは海水を真水にする技術を持っているから問題ない」
「なるほど、それで」
「そのコタケラ川にそって北上すると、我ら犬神の大城がある城塞都市ホテリにたどり着く。そこまで行ければ安心だろう。その途中にも、いくつもの支城があるが、無事かどうか」
「わかった。そのホテリという街まで連れて行こう」
「無理だ。あたしらの足でも、ここからホテリまでは丸3日はかかる。ましてやこの足だし、敵がどこに布陣しているかわからない状況では、無事にたどり着けるわけがない」
「大丈夫だ。任せておけ。目をつむって、拍手三回だ。いいか」
「本気か」
「俺の実力は証明済みのはずだが」
「わかった。頼む」
俺は、赤ん坊とアサカをカクホし、東の川を北上した。
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