第97話 銀職人の村グライオッツ
「ギミリさん、少し太ったんじゃないですか」
「そうか、別に服はきつくないぞ」
森の緑が眩しい。ドニとギミリの二人は、ピクニックに言うような小型のリュックを背負い、渓谷と山の背が複雑に入り組んだ山道を歩いていた。
知らない人が見たら、楽しそうに歩く二人を見て、散策を兼ねて山菜やキノコ狩りに来たのか、清流の魚を釣りに来たのかと思うだろう。
「顎の下が少したるんでいますよ」
「まあ、そう焼くな。おまえさんにも、多少お裾わけしてたじゃないか」
「色街の仕出し屋に入り込んで情報収集するというアイデアはさすがでしたけど」
「酒と女が絡めば、どんな堅物でも
「たしかに色々な店に顔を出せますからね」
「それのおかげで表には全く出てこない情報が6ヶ月ほどで、手に入ったというわけだ。おまえさんも色々と盗み見、盗み聞きできたわけじゃろう」
「ええ。まあ、そうですけど」
「今回のことは、デイジーには黙っておいてやるからな」
「なんで、デイジーさんが出てくるんですか」
「デイジーが今回のことを聞いたら、不潔、とか言いそうじゃな」
「わかりましたよ。もうその話は結構です」
「わかってくれて、感謝するぞ。ところで、後ろについてくる者はどうじゃ」
「どうやら、一定の距離をあけて本当に私達を追ってきているようです。今気づきましたが、二人いるようです。一人はこの先の野山で狩りにでも行くような格好で、弓を持っています。その後ろ、行商人の格好をして、少し離れて他人のフリをしています」
「その
「師匠の魔道具を作る才能には驚かされます。ただ、ものすごくお腹がすくのが欠点ですけど」
「副作用というやつか。それはなんとか我慢しろ。どころでそいつらが政府の手のものなら、銀職人の村グライオッツがこの地方にあるのは間違いないな」
「そうですね。どうしますか、今日はここまでにしますか、今から引き返せば、日が暮れる前には、街に戻れますよ。呪術石を適当にばらまきながらもどりましょうか」
「そうじゃな。せっかくここまで慎重に事を運んできたんだ。今日はこれくらいにしておくか」
ギミリは、素早くしゃがみ込み、地面に耳を当てた。
「水の音が、そっちから聞こえてくる」
左手を水平に突き出した。
「きっと、川があるだろうから、釣りでもして帰ろう」
「ギミリさんの耳も便利ですね」
「儂ら古ドワーフは、地面があればなんとかやっていけるものよ」
ギミリは鼻歌を歌いながら機嫌よく歩き出した。程なくして、水の音がドニの耳にも聞こえてきた。木々の隙間から、川筋が見えるのだが、河原に降りれる場所がなかなかみつからなかった。
ギミリは、適当な場所をみつけたようで、草むらに突っ込んでいき、斜面を滑り落ちるようにして河原に降りていった。
「おおい、降りてこい」
ドニも、ギミリの真似をして草むらに足をいれたが、足を踏み外し滑り落ちた。
泥だらけになりながらドニが河原につく頃には、ギミリはもう携帯用の釣竿を広げ、川に向かって餌のついた針を投げ入れていた。
川幅はそれほど広くないが、水量は豊富で綺麗だ。上から見るより流れは急だった。
巨岩がごろごろと川床に転がり、流れ下る水を白波をたたせてせき止めていた。また、いたるところに落ち込みがあり、白い泡が湧き出ていた。
ドニは、百目鬼でつかうの都合のよい大きさの石を探してまわった。
チラチラを百目鬼で、追跡者たちの様子を探ってみる。渓流を見下ろす場所に陣取り、こちらを見張っているようだった。
どうか、このまま立ち去ってほしいものだ。
ギミリは、あっという間に、6匹の川魚を釣り上げた。平たい大岩の上で内蔵を取り出し、清流で血を洗い流し、持ってきた塩を塗りこんだ。
斜面に生えている細長い竹を刈り取り魚を串刺にした。腰の袋から石の粉をとりだし、河原に転がっている流木に近づいた。
「そんな流木に火はつかないでしょう」
「黙って見ていろ」
そういうと、流木に向かって手のひらの石の粉を吹きかけた。
石の粉は、吹き飛ばされた空中で炎に変わり、流木を包んだ。流木の表面が炭化し、いく筋かの煙が立ち昇った。
「ここからが我が秘術ぞ」
ギミリは、その煙に手をひらをかざすと、煙は空には舞い上がらず、ギミリの手にまとわりついた。
まとわりついた煙は炭化した流木の表面とギミリの手を楕円を描き往復しはじめた。
煙の色が次第に濃くなってきて、しばらくすると、炭化した表面が赤く灯った。その赤い光はやがて、流木全体にいきわたった。
「何を、惚けている。さっさと魚を焼け」
「すいません。ありがとうございます」
「それで、どうだ。追跡者たちは」
「川の上に隠れて、まだ我々をみはっています」
「さて、どうする。このまま来た道をもどるか、それとも、反対岸にわたって別の道をさがしながら戻るか」
「そうですね、来た道を戻って鉢合わせするのも気まずいですね。まだ日は高いですから、反対岸に渡ってキノコでも取りながらもどりましょうか」
「それも、いいな。今日は、キノコ鍋だな」
その時、上流で何か大きなものが川に落ちた音がした。
反対岸の河原をみると、女性が、何かさけんで、こちらに駆けてくる。
その女性の少し前に、子供が溺れかえていた。子供は川の流れに揉まれながら下ってきた。その姿は、まるで急流に落ちた木の葉のようで、水面に顔を出したとおもったら、あっとうまに川に飲み込まれ見えなくなり、また下流で顔をちょっとだけ出すのだった。
ギミリは、タイミングを計り、子供めがけて川に飛び込んだ。
ギミリが、子供の手を掴んだと思った瞬間、二人とも水の中に沈んでしまった。
ドニは、思わずギミリの名を叫んだ。川の表面は相変わらず白波と白い泡が立っているだけで、ギミリがどこまで流されていったのか見当もつかなかった。
「そんな馬鹿な」
ドニは、フラフラとあてなどなく下流に向かって歩いた。ドニの視線よりもずっと下流で水面が跳ねた。
その音ともに、息を吸う音がして、ギミリが姿を現した。ドニは、夢中で、下流にむけて駆け出した。
ギミリの手は、少年の手を引張り、上陸するの近い反対岸に引き上げようとしていたが、流れに足をとられ苦戦していた。
反対岸の女が、何やら言葉にならない声で鳴き叫んでいた。
ドニも慎重に川を渡り、ギミリの元にたどりつき、少年の襟首を持ち、いっしょに岸にひきずりあげた。
女は、少年の名を呼び駆けてきた。ギミリが人工呼吸をすると、少年は息を吹き返した。
女性は、ビット、と少年の名前を呼び、抱きしめた。ギミリは、女性にだけ聞こえる声で女性に尋ねた。
「ここらへんにグライオッツという名の村がありますか」
ドニは、その質問にはっとしてギミリの顔を見た。
「はい。私の住む村です」
ドニとギミリは、顔を見合わせた。そのとき、さきほどまでドニとギミリが魚を焼いていた場所から誰かが大声で呼びかけてきた。
「どうされましたか。手伝いましょうか」
ギミリとドニは一斉に振り返った。優しそうな微笑みを浮かべた青年が立っていた。弓を持っているが、獲物は持っていない。
ドニが小声であれです、と言った。ギミリは、小さくうなずいた。
もう大丈夫だ。儂らでなんとかなる、とギミリも青年に負けないほどの大声で答えた。
「お母さん、心配しなさんな。儂はこう見えて、医術の心えもある。でも、ここではなんだから、自宅に運び込もう。さあ、お母さん、自宅に案内してください。早ければ早いほど良いぞ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます