第96話 餞別

 エルフの髪飾りをすべて売りさばいた5日後、ドニとギミリは、辺りに注意を配りながら、滝行たいぎょうした東屋あずまやまで戻ってきた。


 ドニたちは、道すがら呪術石をおいて、尾行してくるものがいないか慎重に確かめながら、しかし、できるだけ素早く王都から離れた。


「ギミリさん。だれも、付いてくる様子はありませんが、もう少しここで様子を見ましょう」

「おう」


 そういうと、ギミリは、背中にしょった袋から乾燥させた芋を取り出しシャブリ始めた。


 ドニは、傷だらけの腕の傷を触りながら、耳を済ませている。


「その技も、師匠からならったのかい」

「ええ、そうです」


「その傷一つ一つが、石一つに対応しているんだっけね」

「そうです」


「今のところ、怪しい足音も聞こえないです」

「まあ、今頃は、まだエルフの髪飾りを誰が売ったのか調べている段階だろうよ」


「そうだといいんですけど。銀職人やネビの噂はどうやって集めますか。今回のことで悪目立ちしてしまったので、仕事がしづらいですね」


「たしかにな。おまえさんは、これから裏方だな。俺がその石を王都中にばらまいてくる。お前さんは、どこか隠れ家を見つけて、情報を集めてくれ」


「し、だれか来ます」


 暗闇から、ヴォルガが姿を表した。


 とっさに短剣を抜いていたギミリが、脅かさんでくださいよ、とつぶやいた。


「売ってきたようだな」

「はい、師匠。どうぞお納めください」


 ドニは、売上の入った袋をヴォルガに手渡した。ヴォルガは、中身を開けて確認しようとはせず、袋を上げ下げして中身を振ると、硬貨どうしがぶつかりあう音に耳をすました。


「まあ。上出来か」


 ヴォルガは、そう言うと懐に袋をしまい込んだ。


「さて、次の仕事じゃが」

「はい、なんでしょうか」


「俺が研究している内容は知っているな」

「はい、死者の復活です」


 ギミリは眉をひそめた。


「そんな邪道な」

「わはは。ギミリ殿は、俺がまっとうな者に見えたかな」


「それにしても、死者復活など、外道の極みじゃ」

「まあ、邪道でも、外道でも、冒涜でもかまわんが。ドニ、古龍の森で死者復活の秘術があるかないかを調べてこい。あれば盗んでも手に入れろ。俺はこれから、ブレビア国に再び潜入する。今にして思えば、俺の調査も完璧とは言えなかった。まるで表面をさらっと撫でるような調査だったから、今回はガッツリとブレビア国内にある文献を調べ直したい。だから、ここにはもう戻らんだろう。あの住処すみかは好きに使っていいぞ」


「では、どうやって師匠に結果を報告すればよろしいでしょうか」

「ブレビアの首都に足を踏み入れれば、儂からお前に会いに出向くから心配いらん。ところで、これを餞別にくれてやろう」


 そういうと、ヴォルガは、ポケットの中から、丸い玉をだした。その玉には、いくつもの目が彫刻されていた。


百目鬼どうめきという魔道具だ」

「どう使うのでしょうか」


「それは、お前に教えた呪術石を拡張する道具だ」

「拡張とは?」


「これまで、いちいち傷をさわり対応する石を指定し、音を聞いて確認しなければならなかったが、その百目鬼をつかえば、そんなことはしないでよろしい。ただ、その百目鬼に尋ねればよい。さらに、呪術石付近の映像もお前の頭の中に再現されるはずだ」

「それはすごいです」


「そうだろう。お前の目と耳となり、さらに記憶までしてくれる優れものじゃ。おまえたちが探す銀職人に関して、俺は何も知らぬが、この百目鬼をうまく使えば、必ずや見つけ出すことが出来るだろう」


「師匠ちなみに、これはいくらほどで」

「そうじゃな。お前が有力な証拠、資料を持ってきたら無料にしてやろう」


「ありがとうございます」

「さあて、俺は、もう行くぞ。次に会うときは、すべての借金をチャラに出来るような情報か、大金持ちになっていることだ。でないと、次はお前の命を本当に貰い受けることになる」


 ヴォルガはそういうと、闇に溶けるようにして、二人の前から消えた。


「ドニ、どうするつもりだ」

「どうもこうもありません。大金持ちになるか、古龍の森に潜入して死者復活の術があるやナシやを調べるしかありません」

「お前も難儀な師匠を持ったな」


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