第95話 王都メイヘラ
ドニとギミリが再び王都に戻ってきたとき、城門は開かれ、郊外にあった屋台群は跡形もなくなっていた。城門をくぐり城下町に入ると人々の喧騒がドニたちを迎え入れた。
「ドニ、顔色悪いぞ。ちょっと休んでいこう」
「すみません。ちょっと緊張しているようです」
ギミリは、一番近くにあった飲み屋に入っていった。ドニもその後をついていった。
店の中は、満席だったが、4人組の男たちがちょうど席を立って店を出ていったので、ドニたちは、その席に座ることができた。
ギミリが、他の客が何を頼んでいるのか観察すると、まだ昼には早い時間だが、酒と飯を頼んでいる客が半分ほどいることに気がついた。
「ずいぶん、活気のある街だな」
「ええ。いまここで食事をとっている人たちは、午前中に働いている人たちと交代するんでしょう。だから、早めに昼食をとっているんです」
「なんだ、午前中で仕事終わりか」
「いいえ。午前中働いているひとは、夕方また職場に戻ってきます」
「そんじゃ、いま飯を食っている連中は、どうなるんだ」
「彼らは、夕方一旦仕事を終わってから、夜中に働くか、掛け持ちで別の仕事に付いているかですね」
「うへえ。よくそんな働き方で体がもつな」
「まあ、仕事が大好きな国民なんですよ」
「ものには、限度があるだろうよ」
「そうですが、まあ、そのおかげで、他の国よりも裕福だと思います。外にでて、それが実感できました」
「ふうん。カネがあることと、裕福なことは別だと俺は思うがね」
店の女が、注文を取りに来た。ギミリは、酒と甘いものを二人分注文した。
「それで、踏ん切りはついたのか」
「考え中です」
「考え中、って言ってもな。もうここまで来ちまったんだぞ」
「ギミリさん。このエルフの首飾りを売ってこいという師匠の真意は理解できていますか」
「まあ、なんとなくだが」
「師匠は、俺の協力がほしければ、このエルフの首飾りを一個売って、カネに変えて来いって言いました」
「ああ、聞いていたぞ。俺は、髪飾りなんかいらねえんだ。研究にはカネだ。カネが欲しんだって絶叫していたしな」
「そうです。師匠の研究には、カネが必要です。本来なら弟子の私が、もっと稼いで、師匠の研究資金を工面しなければならないぐらいですが」
「そんな雰囲気でもなかっぞ。言っちゃあ悪いが、ドニに期待はかけてないと、俺は見た」
「それは、私の不徳のためです」
女主人は、愛想笑いひとつ浮かべず注文の品をテーブルに手際よく並べ、離れていった。
ギミリは、ドニの前にコップを置き、徳利から酒を注いだ。それから自分のコップにも酒を注ぎ、飲み始めた。
ドニは、コップに注がれた酒を見つめていたが、思いたったかのようにコップを掴み、一気に酒を飲み干した。
「私の家族の事は、以前お話しましたね」
「まあ、な。聞いた。死にそうなところを、あのイカレ師匠に助けられ、手伝いをしながら行商の腕を磨き、旅に出た」
「簡単に言えばそうです。そこで、色々あって、あなた達に出会えることになった」
「何が言いたいんだ」
「今、こうしてここで酒を飲んでいられるのは、師匠のおかげでもあるし、奴らが、私の事をきれいに忘れてくれているからでしょう」
「そうかもな」
「もし、この髪飾りをこの王都で売ったら」
「高く売れる」
「ええ。そして、そのことは、必ず奴らの耳に入ります。奴らは、私のことを調べるでしょう。そしたら、遠からず、あの家のものであることが判明します。つまり、ここでこの髪飾りを売るということは、生き残りがのこのこ帰ってきたと宣言するようなものなのです。つまり、だから、これは、反撃の狼煙を上げてこいということなんです」
「まあ、そうなるか。じゃあ、やめるか」
「やめられません」
「じゃあ、やるしかない」
「そうなんですが、少し黙っていてくれませんか」
ギミリは苦笑いをうかべ、皿の上のタレの付いた団子を頬張った。
「なかなか行ける。旦那に教わったタレをつけたら、もっと旨くなりそうだ」
「ギミリさん、真剣に考えてくれてますか」
「いやあ、俺が考えてもね。それに黙ってろって言ったばっかりじゃねえか」
「もう、ギミリさんには頼みません」
「まったく面倒なヤツだな。余計なお世話だと思うが、言わせてもらうぜ。あんたの師匠の真意はわからんが、おめえさんに選択の余地はねえんじゃねえのか。俺たち職人の世界では、師匠は絶対だ。師匠が黒といえば、白いものも黒くなる。つまり、おめえさんが、ほんとにヴォルガさんを師匠、命の恩人だと思っているなら、四の五の言わずにカネに変るしかねえのさ。もう腹を括れということなのさ」
「わかりました」
ドニは、徳利に口をつけ酒を一気に飲み干すと、店を大股で出ていった。
「おい待てよ、ドニ」
ギミリは、勘定をテーブルの上におくと、駆け足でドニの後を追った。追いついたギミリは、ドニの横を歩き、尋ねた。
「どこか、宛はあるのかい」
「この髪飾りの価値がわかり、高額で買ってもらえるのは、色街です」
「いいね、やっと腹が括れたかい」
「はい。もう迷いません。売って売って売りまくってやります」
「そんじゃ、儂も腹をくくるとするか」
そういうと、ギミリは大笑いしながら、ドニの尻を思いっきり叩いた。
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