第93話 国葬


 虹色の煙が空に舞いあげっていく。


 ギミリが煙を上げて何かに祈っているのは、毎日欠かさず行なっている儀式なので、もうドニには見慣れてしまった光景だが、周りに居た子供たちは、大喜びでギミリにもう一度見せてと頼み込んでいた。


「だめじゃ、ダメじゃ。これは遊びじゃない。お祈りだからな。その代わり、これ、これ。今、焼き上がった肉料理を食べていかんか」


 子供たちからは、不平不満の声が上がった。


 みんなと別れてから一月半ほどが過ぎた。グルナール王国までの旅は順調だったが、王都に入る前に思わぬ足止めを食らっていた。



 紅蓮将軍らの国葬が王都で執り行われることになり、警備のためか、何なのか理由はわからないが、住人以外の者は、城壁の外で野宿を強いられていた。


 さらに、厄介なことにいつ国葬が行われるのかは、だれも知らされていなかった。明日だという者いたし、4日後だと噂する者もいた。


 そのため多くの商人たちがゲリラ的に郊外に露天を開き商売を始め、旅人たちの胃袋やら好奇心をみたしていた。


 通常なら、城から兵士がやってきて取締が行われるところだが、今はそれどころではないようだ。あきらかに新兵とわかる若手兵士が形ばかりの巡回して睨みをきかしているぐらいだった。


 そんなわけで、ドニとギミリたちも王都城下町に入れず6日が経っていた。その間、簡素な屋台を作り、ギミリの料理を旅人達に振る舞いながら情報収集に精をだしていた。


 ドニは、屋台の前を通り過ぎる人を達を眺めながら、隣で料理をしているギミリに言った。


「どこか皆さん昨日より疲れていますね」

「そりゃあそうだろう。国葬が終わらなければ、城下町に入って仕事ができないからのう。どんどん疲れも溜まってくる」


「私達の仕事もうまくいくんでしょうか。ねえ、ギミリ。やはり帰りませんか」

「まだ、そんなことをいっているのか。どこに帰るつもりじゃ」

「そうなんですよね。どこに帰ればいいんでしょう」


 酒の匂いと体臭とが混ざりあった悪臭が漂ってきて、ドニは目線を上げた。


 目の前に、半分寝ているような目をした酔っ払いが立っていた。


 酔っぱらいとドニの目線が一瞬交差した。酔っぱらいは、何が面白いのものを見つけたかのようにほほえみながらしゃべり始めた。


「この国に自慢できるものが3つある」


 酔っぱらいは、顎をドニむけて突き出した。合いの手を期待しているようだ。


 ドニは、気のないことを示すため、はあ、と答えた。


「一つは紅蓮将軍、一つは氷輝将軍、一つは風刃将軍だ。ところが、氷輝将軍は、5年前、御領地変えがあって、南の広大な砂漠の街に移動になっちまった。なんでだと思う?」

「さあ」


「表向きは、クーデターを未然に防いだ功績だが、実情は左遷さ。子供でもわかる。そのとき、嫌味のように、国宝だとか言って、砂時計を王が下賜した。まったくいやみったらしい。売るほど砂がある領地に左遷させるのに、これほどの嫌味はないわ。あとは、砂時計の砂でも眺めて余生をすごせといわんばかりだ。これがわが国の損失でなくてなんだ」


 この酔っぱらいは、氷輝将軍が左遷されたことがよほど納得できないようだ。


 ドニもこの国の出身だから、三将軍のことがたびたび噂になっていることは知っていたが、自分が生き延びることに必死で、噂の内容まで詳しくは知らなかった。


 ドニは、少しだけ興味が湧いてきたのか、焼き立ての肉料理を皿に盛って酔っぱらいに差し出した。


酔っぱらいは、手づかみで皿の肉を自分の口に運んだ。


「それで、残された2将軍のうち、今回紅蓮将軍がおなくなりなったのは、どう思われますか」

「痛い。痛すぎるぞ。我が国の防衛には風刃将軍がいれば足りるが、攻撃するには氷輝将軍の中央復帰が必要だ」


 ドニは、まるでこの国のことは何も知らない体で尋ねた。


「攻撃とは、どこを攻撃するんですか」

「もちろん古龍の森だ。紅蓮将軍の敵討ちをせねば、我が国の威信に傷がつくというものだ。お前もそう思うだろう」


 酔っぱらいは、ドニ顔を近づけて同意を求めてきた。


 この場にトムさんがいなくて良かった。


「そうですね。そうかもしれません」

「そうかもしれません、じゃあねんだぞ。おい」


 酔っぱらいは、ドニの返答が気に食わなかったのか、ドニの首に手をかけた。


 それまでおとなしく話しの行方を見ていたギミリが、その手を押さえた。


「お客さん、そんなに興奮しないで、これでも飲んでくださいよ」


 ギミリは、普段自分が飲む酒をコップに注いでその酔っぱらいの手に握らせた。


 酔っぱらいは、一瞬で笑顔に変わり、酒をのみほした。飲み終わったのを見計らってギミリがたずねた。


「紅蓮将軍の元には、優秀な部下がいたんでしょうね。その方が次期将軍になられれば問題ないじゃないですか」

「いないな。いないんだ、これが。いれば苦労しない」


「おい、お前たち、そこで何を話している」


 場外の見回りを担当している兵士たちが、酔っぱらいの両脇に立っち腕を掴んだ。酔っぱらいは、その手を振り払おうと暴れだした。


 ドニは、兵士たちと目線をあわせないように顔を下げた。兵士たちはあっという間に酔っぱらいを連れ去ってしまった。


「酔っぱらいの戯言に、ああまで真剣になるなんてのう、ドニ」


 騒ぎを見ていた旅人が、ギミリとドニのそばまで近寄って、ぼそりとつぶやき去っていった。


「この国で今、氷輝将軍の話しは、禁句だ」


 ドニとギミリは、顔を見合わせた。周りに人がいないことを確認してヒソヒソ声でギミリはドニに話しかけた


「おかしいぞ、ドニ。ネビの肩書は上陸部隊隊長で将軍の片腕だった聞いたが」

「はい、私もそう聞いています」


「それなのに、その噂はまったく聞かない」

「どういうことでしょうか」


「秘密部隊ということも考えられるかのう」

「つまり、存在自体秘密ということですか。考えられますね」


「こりゃあ、正攻法であの職人の話を得るのは難しいかもしれん。どうしたドニ。そんなに暗い顔をして」

「一ついい方法があります」

「ほう。どんな方法じゃ」


「あまり気がすすまないのですが、私がいつかは、通らなければならない道なのですが、この際、勇気を出して通ってみましょうか」


「何を言っているのかよくわからんが、何か手立てがあるなら、頼むぞドニ」

「はあ」


 ドニは深くため息をついた。

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