第92話 デイジーの提案

 ゼビの心に平穏が戻ってくるまでだまって食事を頂いた。そして食事の最後にもう一杯コップの水を飲み干した。


 ゼビは、コップの水が空になっていることに少し遅れて気づき、あわてて水をコップに注いでくれた。


 チロには、すこし食事の量が少なかったようで、まだ食べたそうな目をしてデイジーを見上げていた。


 この話が終わったら、すこし手持ちの干し肉をあげよう。


 ゼビは、どこから話したら良いか探るようにポツリポツリと話始めた。


「ネビの事を話すためには、この村のことを知ってもらわねばなりません。この村は、さきほど説明しましたように私達はマホシシ村と呼んでいますが、村の外の人には誰にも知られていない隠れ里なのです」

「どうして隠れているのですか」


「この村を守るためです。そして何を守るかと言うと銀職人です」

「でも部外者は勝手にやってくるでしょう。どうやって秘密を守っているんですか」


「まず、この里に入るためには、さきほど襲われたナトト村からしか入ることができません。そして、その入口は巧妙に隠されておりますので、マホシシ村出身者にしか、その入口はわかりません。また、この深い切り立った山々からこの里を見ることはできないように周りの山にも手を入れております。ナトト村には、たしかに数年に一度、村の外から男や女を迎え入れることもありますし、ネビたちのように村の外に出ていくものもいます」

「それじゃ守れないと思うけど」


「私達には、この村や銀職人に関する記憶を封印する秘術がございます」

「まさか、私にも」


「どうか安心してください。村を救ってくれた貴方様にそんなことはしておりません」


 そういわれても、はいそうですかと思えない。村を出るまでには、自分とチロの体に電気を流してくまなく調べて見なくては。


「そうまでして守っているものって何?」

「よい質問です。私達が守っているのは、銀職人の血です。銀職人になるためには、血筋が必須なのです」


「じゃあ、この村の人達は同じ血縁の家族ということ」

「基本的にそうです。ただし、男性も女性も、さきほど申しましたが他の村から来てもらうことも多いです。同じ血ばかだと色々と問題が起こることがあると信じられておりますので」


 デイジーの察知は、ゼビが嘘をついていないことを告げていた。


「よその村から迎え入れるときは、まずはナナト村に住んでもらいます。品定めと言っては品が良くないかもしれませんが、その者が、我が村に必要かどうか見極める必要があるのです」

「そうすると、ナナト村とママシホ村の多くが銀職人ということでいいのですか」


「多くは銀職人です」


 良かった。あたしは銀職人が全滅するところ助けたということだ。


「さきほど、ネビ達のように村を出ていくものとおっしゃいましたが」

「はい。10数年前、ネビを含めた7人の若い男達が村から世界を見たいと旅に出ました。それから、ネビの名を聞くことは今日までありませんでしたが、ネビはどうしていますか」


 自分がオールドシャッドでコテンパンに打ちのめしたとはいいにくい。それに生きているとは言っても、今はトムの支配下に置かれ、合って話すことは叶わないだろう。


 言いあぐんでいると、ゼビが頭を下げた。


「この村にはまだネビの両親が健在です。死んでいるのか、どこぞで生きているのか、それだけでも教えていただけないでしょうか」


 デイジーは都合よく嘘を織り交ぜながら話すことはできないと思い、オールドシャッドで起こった顛末てんまつを話して聞かせた。


「それでは、ネビはあなたに打ち負かされたのですか」

「はい。そうです。ごめんなさい」


 謝ってから、どうしてあたしが謝るのかと思った。悪いのはネビのほうだ。


「謝る必要はありません。この村を助けてくれたあなたが悪意をもってネビを打ちのめしたなどとは、考えられません」

「ありがとう」


「それでネビは、その後、処刑されたのですか」

「いいえ。生きています。ただしバツを受けているので、ご両親がお会いすることは叶わないと思います」


「生きているのなら、いつかまた出会える日もあるでしょう。話していただきありがとうございます。ネビの両親には、私から話してよいですか」

「もちろん構いませんが、この村を襲った奴らとネビはつながっていると考えられます。ネビが、この村の場所を教えて襲わせたということになりますが、大丈夫ですか」


「たしかに、その可能性が無いとはいいきれませんが、ネビ達がこの村のことを誰かに話すことは、難しいと思います。もし強引に記憶を引き出そうとすれば、命を失うように術が施されているのです」

「しかし、奴らはやってきた」


「たしかに、これは何らかの方法で秘術が破られた証拠と考えてもいいかもしれません。というより、破られたかどうかの問題ではなくなったということですね」

「そうです。奴らはきっとまたここを襲います」


「そうなのでしょう。かつて我らの祖先は、安住の地を求め、この地をみつけました」

 

 ロアは、この地方が発祥の地であると言っていたが、聞き間違いか? それともロアさえ知らない真実が隠されている可能性もある。


「私の代でまたその旅に出ようとは、予想だにしませんでした」

「正直に話しますが、私は、あなた達を探し出し協力を求めるためにやってきました。それは、私利私欲のためではなく、ヴァンパイアに国を乗っ取られた人々を助けるため。どうか、私たちに協力していただけないでしょうか」


 デイジーは、床に頭をこすりつけた。


「ヴァンパイアと戦うのですか。たしかに、それには、私どもの力は強力でしょう。ですが、私達には、戦えない女子供老人おんなこどもろうじんを抱えております。その者たちをおいて村を離れるわけにはいきません」


「私が次の安住の地をご紹介します」

「そんなあてがお有りですか」


「古龍の森です」

「あそこには、我らのかつての宿敵、ウルフマン族がおります。容易に受け入れてくれるはずがありません」


「そうなんですけど。あたし古龍の森のあるじとウルフマン族の有力者と知り合いなんです。絶対大丈夫ですから」

「本気ですか」


「本気です。いつまた敵が攻めてくるかわかりませんから、できるだけ早く準備してくれませんか。あたし、段取りをつけてきます」


 そう言いながら、ルフが、あの後、どうしたのか思い出せないことに気がついた。


「あのう、ちょっとお聴きしたいのですが、魔族の死体は何体ありましたか」

「井戸の側に一体だけ」


 しまった。チロの様態に気をとられ、ルフにトドメをさすのを忘れていた。あのしつこいルフのことだ、きっと体制を整えてすぐに再び攻めてくるに違いない。


「あたしがもどらなくとも準備ができたら村を出て古龍の森へ向かってください。現在、海から古龍の森に入る方法はありませんから、海岸線に沿って移動してください。できれば、足跡をつけられないように。ああ、理由は聞かないで。そうすれば、匂いで、必ず追いつきますから」


 ゼビは、興奮するデイジーを落ち着かせながら、ちょっと皆で相談してよろしいですかと言った。

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