第91話 治療と献身
チロには家で寝ているように命令して、デイジーは、外に出た。
村人は、縛られ地面に転がされたままだった。何人かは、意識を取り戻したようで、芋虫のように、身体をくねらせていた。
デイジーは、意識のある村人の縄を素早く焼き切った。
「旅の方、ありがとうございます」
「お礼は後で結構です」
デイジーは、未だ目を覚まさない村人の手当てを始めた。
家の中に連れ込まれ、何かしらの拷問を受けて出て来た村人たちの何人かは、すでに事切れていた。
残りの数人はチロよりも重症だった。頭のどこかですべての人は助けられないと計算しながらも夢中で治療を行った。
村人の治療が一段落したとき、太陽は中天をとっくに過ぎていた。
立ち上がろうとした時、激しいめまいに襲われ、デイジーは気を失った。
デイジーが目を覚ましたのは、見知らぬ薄暗い部屋の中だった。
よく見ると入口のドアの近くに光る魔石一個が置かれていて、
チロが寄り添うように隣で寝ていた。
デイジーは、チロの毛をやさしくなでた。チロが頭を上げ、デイジーの顔を舐めた。
チロの体に電気を流し、体調を確認した。もう薄汚れものはチロの体に流れていなかった。完治したようだ。
デイジーは、ほっと胸をなでおろし、ゆっくりと体を起こした。虫の声は聞こえたが、人の動く気配は感じなかった。
外に出てみた。空には、薄い雲がたなびき満月が登っていた。そこは、見知らぬ場所だった。
ルフたちに襲われた村は、山に囲まれていたが、ここはさらに山が近い。
それに、こじんまりとした村で大通りやら村の中心にあった井戸もない。
いったいここはどこ?
向かいの家から、男が一人出てきてこちらに近づいてきた。
男は、デイジーに頭を下げた。
「あなたのおかげでみんな命が助かりました」
「あなたは誰? ここはどこ?」
「私は、ナナト村とママシホ村を管理するゼビと言います」
「そうすると、ここはママシホ村?」
「そうです。村の恩人を看病するのに使えそうな家がここにしかなかったものですから。あなたが寝ていた家は今、空き家なので、ゆっくりしていってください。今、食事と飲み物はお持ち致しましょう。お腹すいていますよね。丸一日以上寝ておられたんですから」
ゼビは、デイジーの返事を待たずさっき出てきた家に入っていった。デイジーはその後ろ姿に見覚えがあった。追跡して逃げられた男の背中だ。
デイジーは、とりあえずだまって元の家に戻ることにした。部屋に戻り、しばらく待っていると、二人の女性がデイジーとチロの分の食事をもって入ってきた。
その二人の女性が出ていくと、代わりに、ゼビが入ってきた。
「どうぞ召し上がってください」
「ありがとうございます」
デイジーは、まずコップに注がれていた水を一気に飲み干した。
つめたく清浄な水が体に染み渡っていく。チロも水を飲んでいた。
ゼビが、水差しからデイジーのコップとチロの皿に水を継ぎ足した。水をたっぷり飲んでやっと空腹感がやってきた。
だが、食欲を満たす前に聴いておきたいことがあった。デイジーは単刀直入に聞くことにした。
「ここは銀職人の里で間違いないでしょうか」
ゼビは、顎に手を当て、目をつむり考え込んだ。
「こんな山奥ですから偶然、私たちの村にお越しになったとは思いませんでしたが、そうですか銀職人を尋ねてきたのですか。私は、村が襲われたときちょうどナナト村を留守にしていましたので、実際に何がおこったか知らないのです。村人たちも煙を吸ったところまでは記憶にあるようなのですが、それからの記憶がない。もしよろしかったら、何がナナト村を襲ったのかお教えいただけないでしょう」
デイジーは、自分が見たことを正直に話してきかせた。
「そうすると、村を襲ったのは、魔族と人族の盗賊ということでしょうか」
「盗賊ではありません。あれは、ハーマン商会という手広く商いをしている店の私兵だとあたしは考えています」
「信じられません。人族が魔族とともに、私たちの村をおそうなんて」
「ネビという銀職人を知っていますか」
デイジーは、察知によってゼビの体に緊張と懐かしさと不安な気持ち同時よぎったのを知った。
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