第89話 襲撃

 チロが、唸っていた。


 しばらくして、どうしてチロが唸っているのかデイジーにも理解できた。


 原因は、匂いだ。風上から、かすかに漂ってきている焦げた匂い。他に別の何か、あまったるい匂いと何かが腐った酸っぱい匂いが混ざり、それでいて吐き気を催すなにかが混ざっていた。


 ルフたちが関わっているに違いないから、ろくでもないものを燃やしているに違いない。


 煙を吸いこまないように風上に急いで移動した。


 山を少し登る。少し開けた場所、たぶん登山道の休憩地点だと思われるが、木々の隙間から下を見下ろす薄闇の中、村の全景が見えた。


 大通りとなる道を中心に左右に20軒づつほど立ち並び、村の中心には、井戸が掘られていた。建物の明かりはまだ付いていない。


 煙は、その大通りにそってまるで川の流れのように流れていた。


 匂いに気づき家から出てきた村人たちは、井戸の周りで何か話し合っている間にバタバタと倒れていった。


 それからしばらくして口に布をまいた武装した男たちが村に乱入してきて倒れている村人を次々と拘束していった。


 武装した男たちの一部は、家の押し入り中から人を担ぎ出し、拘束していた。


 どうして奴らだけ動けるの?


 解毒剤をもっているのか、それともあの口を塞いでいるマスクになにか仕掛けがあるのだろうか。


 デイジーとチロは、敵に悟られず煙の影響を受けない場所を探りながらジリジリと村に近寄っていった。


 早く助け出したいが、あの煙が何なのかわからないので煙がなくなるまでうかつに動くことはできない。


 40人ほどの村人が、あっという間に井戸の側に集められた。それらの村人はみな両手両足を縛られていた。


 要領が良い。こういう荒事を日常的にこなしている私兵なのだろう。ルフと同じ組織の私兵なら手加減はいらない。


 デイジーのいる場所から、村を覆う煙が見えなくなった頃、ルフが現れた。


 ルフに少し遅れて現れたのは、魔族だった。身長も腕の太さも、足の太さも胴回りも、すべて人族の1.5倍は大きく、体の一部は灰色の毛に覆われていたが、全体に体は引き締まっており筋肉質のようだ。背中の翼や頭のツノを隠そうともせず、堂々とその威容を周りに見せつけていた。


 周りの私兵たちは、その姿を見慣れたいるのだろう。まったく動揺する様子は見られなかった。


 デイジーは、それらの光景をみて、両手で口を押さえた。


 魔族の姿を目の当たりにして、まったく動揺しない人族がいるなんて思いもしなかったし、そればかりか、魔族の手下として働く人族がいるなんて信じられなかった。


 ルフとラクトは、村で一番大きな屋敷に入っていった。


 ついで、二人の私兵が一人の村人の男性を担ぎ上げ、その屋敷に運んでいった。


 しばらすると、運ばれていった村人が手足の縄を外された状態で外に出てきた。そのあしどりは、まるで大量の酒を飲まされた後のように不安定だった。


 案の定、家を出て何歩も歩かない内に地面に倒れた。体が痙攣しはじめ、やがて動かなくなった。


 その村人を踏みつけながら別の村人が家の中に運ばれていった。


 はやく、こんなことは止めさせなければ。


 他の私兵たちは、村人を拘束しおわったので、まったく油断している様子だ。


 デイジーは、ルフたちが入った屋敷の裏手に回った。


 ラクトとルフの言い争う声が聞こえた。


「話が違うぞ、ラクト」

「何が違う」


「この日のために、薬の調合と量の調節を繰り返してきたんじゃないのか」

「もちろん。しかし、微調整は何にごとにも必要だ」


「お前、楽しんでやっているだろう。苦しむ姿を見て喜ぶために、やっているだろう」

「どうしてそう思う?」


「いいか、俺たちに失敗はゆるされん」

「俺たちじゃない。お前だけの話だ。口の聞き方もしらんのか」


 鈍い音がして、壁や床に人が倒れ込む音がした。


 きっとラクトがまたルフを殴り倒したのだろう。


 仲間割れしている今のうちに村人を助けよう。


 デイジーとチロは、まず単独行動をしている私兵に狙いを定めた。奴らは村内の家々を物色していた。周りに気を配りながら個別に素早く電撃で排除していった。


 流石に、7人ほど片付けたころで私兵たちが騒ぎ始めた。


 村人を人質に取られると面倒だ。デイジーは、チロに耳打ちした。


 デイジーは、建物の影を利用しながら、チロの反対側まで移動した。


 チロの側には、電撃で気絶している私兵が横たわっていた。偵察に着た私兵がそれに気づき、仲間に大声で合図した。


 その私兵は、多少戦闘に自信があるのだろう、愚かにもチロに近づいてきた。


 チロの間合い入った瞬間、その私兵は、喉を噛み切られ絶命した。喉から血が吹上、空気が気道を抜ける不気味な音がした。


 応援にかけつけた数人の私兵が一斉にチロを襲いかかった。


 いくら兵士として訓練されているとはいえ、魔族を葬るほどの能力を持つ王犬のチロに人族が正面から挑むのは、あまりにうかつすぎだった。


 あっというまに、3人の私兵が血祭り上がった。デイジーは、その混乱に乗じ村人を監視している私兵と村人の間に割って入った。


 それらの私兵たちが、背後の気配に気づき振り向いた。デイジーを認めると、躊躇することなくデイジーに襲いかかってきた。


 私兵たちからみれば、背後にいるデイジーに気づき、すぐさま一斉攻撃に移ったと認識しているかもしれなかったが、察知を使いこなしているデイジーから見れば、デイジーに気づいた私兵から順に倒していくだけの作業だった。


 外の私兵がすべて無力化されたとき、やっと外の騒ぎを聞きつけて、ルフとラクトが屋敷の外に現れた。


 ルフが叫んだ。


「おまえ」

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