第88話 ナトト村
リルマー国は、チェイロール帝国の南西部、古龍の森の東に位置している。国の中心を東西に大河ウウバ川が流れ、国を大きく南北に二分していた。
ウウバ川を西に進むと、隣国シャグゼビア国に通じ、セイホウ湾に注ぎ込む。セイホウ湾の反対岸は、古龍の森のエルフ領である。
リルマー国の南部を除く地域は比較的裕福であった。それはチェイロール帝国が、西側諸国から陸路で物資を買い入れたりするときの交通の要所となっているためだった。
一方南部は、山が深く、人口も少ない。ロアが語ってくれた話は、このリルマー南部におけるウルフマン族の暗い過去と銀職人との因縁の対決の歴史だった。
この地方がはるか昔、ウルフマン族ともに銀職人が生まれた発祥の土地なのだそうだ。
しかし、ロアもこれ以上のことは知らないと語った。
ウルフマン族も古龍の森に住居し、3000年以上が立っており、昔の伝承の多くを失っているためだという。
それでも調べるべき国と地方まで絞り込めたのは、幸運だ。これらの地方の村を手当たり次第に巡るのは、気の遠くなる作業だが、立ち止まってはいられない。
まずは、南部最大の都市オリアジェで聞き込みを始めた。手当たりしだいに人に話を聞き回っているうちに、使えないと思っていた新しい技の使い所を閃いた。
今、デイジーとチロは、城門脇の道端に座り、門を出入りする人は見つめていた。
「ねえ、チロ。要は、ほんの少し電気を流し続けるというところが
チロは、首をかしげた。
「いい、微弱な電気を放出するわよ。ほら、あの人。籠をもったおばさん。あの人は今、ものすごく怒っている」
デイジーは、前を通り過ぎたおばさんを指差した。
「まあ、あのおばさんの場合、顔を見れば一目瞭然なんだけど。でもこれも大切なこと。怒っている人の反応と電気の反応が対応していることが、これでわかったんだから。つまり、よ。ここで、電気を出しながら大声を出して、銀職人という言葉をみんなに聞かせて、緊張したり、どきっ、とした人を見つければいいのよ。いい、見ていて」
デイジーは立ち上がった。大きく息を吸い込んだ。一度、すべての空気を吐き出し再び吸い込んだ。大声を張り上げた。
「銀職人。知っていますか」
あたりにいた人びとが一斉に振り返った。デイジーは、にっこり微笑んだ。
振り向いた人々は、デイジーをひと目、見てから、ため息やら、侮蔑の表情やら、隣の人とヒソヒソ話をしながら、通り過ぎていった。
デイジーは再び、その場にしゃがみこんだ。
「結構、恥ずかしいわね。でも、誰も知らなかったようね」
チロが、伏せの状態になって尻尾を丸めていた。
「今のは、ちょっとやりすぎたわ。もう少し考えてみましょう。でもね、チロ。この技のすごいところは、これを極めれば、対戦相手の動き、心理状態をいち早く知ることできるかもしれないっていうことよ。それでね、これを察知と呼ぶことにしたの。すごいでしょう。無駄なことなどない。これも修行なのよ」
デイジーは、チロの頭をなでてやる。やっとチロが尻尾の先をわずかに左右に振った。
それから二ヶ月ほど経ったある日、デイジーとチロはリルマー国南部の山に分け入っていた。
オリアジェでの聞き込みでやっと「銀職人」という言葉に反応した男を見つけたのだが、山の中に入ると男の姿を見失ってしまったのだった。
いったいどんな仕掛けがあったのかわからなかった。クロエの術のこともあるから、それに似た魔法を使ったのかもしれない。
巻かれてしまったはしょうがない。デイジーとチロは、この付近の山間の村を重点的に捜索することにした。
村を訪ね歩いているうちに、人の住むところ、住みやすいところが、山のなかでどういう場所なのかがだんだん体感としてわかってきた。そうなると山を見れば、自ずと村の位置も明らかになってくる。
村というものは何も無いところにポツンとあるわけではないのだ。
たとえば、山と周囲の景色を見て、この先に村が有りそうだとか、この谷沿いにはなさそうだから、違う谷沿いに移動しようとか判断できるようになってきた。
葛折り山道を登りきると、峠にでた。眼下に村が見えた。あれが、先の村で聞いたナトト村のようだ。
周りの景色、地形から判断して、その先には、きっと村はないだろう。このナナト村に手がかりが得られないなら、隣の山系に向かうしかない。
道なき道を進まなかればならないと思うと気が重くなるが、これも修行かと思い直した。
日は傾き始めていた。できれば、野宿は避けたいから、今夜はあの村でお世話になりたいところだ。
デイジーは、深呼吸してから峠道を降り始めた。
葛折りの道を降り切ると、T字路にぶつかった。道幅から考えて、どうやら村に通じる道は、自分が降りてきた道ではなく、こちらが本道だったようだ。
本道の手前まで来ると、理由はわからないが、イライラして、一箇所にじっと立ってられない。考えもまとまらなくなった。これは、おかしい。
察知を覚えてから、こういうときは立ち止まってイライラが収まるのをじっと待つべきなのだと知った。
デイジーとチロは本道から離れて、イライラが収まる距離まで来た道を戻り、念の為、草むらに身を隠した。
3台の荷馬車がやってきた。悪寒がした。
3台目のに荷馬車が通りすぎると、外の様子を伺うように、後ろのホロが少し開いた。
一瞬見ただけでその男が、ルフだとわかった。草むらに隠れていて正解だった。
デイジーは、自分の血液が沸騰するような気分に襲われたが、すぐさま逆に、息をひそめ深く深く気配を消すことに集中した。
ルフは、キョロキョロとしばらく周りを伺っていたが、やがてホロの内側へと消えた。
ほっと、ため息をついた。まだまだ修行がたりない。でも大丈夫だ。以前のあたしではない。気配も上手く隠せたはずだ。
ナトト村で、ルフは何をするつもりなのだろう。きっと悪巧みに違いない。後をつけなければ。
デイジーは、距離を十分に取って、ルフの乗る荷馬車を追った。
3台の荷馬車は、村には向かわなかった。途中で道を外れ、河原に降りていった。
日はすでに、山の向こうに落ちていて、空は、夕焼けに染まっていた。
荷馬車が目指す河原は、すでに夜の気配に包まれていた。
今日は、ここで野宿をするつもりなのか?
荷馬車が止まると、中から、武装した男たち20人ほどが出てきた。
ルフは、荷馬車から降りてこなかった。
武装した男たちは、一言も喋らずに、四方に散っていった。
それらの動きは綿密は計画が練られていることを物語っていた。ただ、デイジーには、その計画がろくでもない計画であるという以外わからなかった。
デイジーは、チロにここで待つように指示し、自分の心に湧き上がるイライラを抑え込みながら慎重にルフの荷馬車に近寄り、馬車の下に潜り込んだ。
野太い声の男が笑っていた。
「愉快、愉快。あの山の中をプライドの高い金狼が密輸入者を追って這いずり回っていると思うと笑いが止まらぬ」
ルフが鼻で笑った。
「ふん。金狼は耳と鼻がいい。その言葉、金狼に聴かれぬように気をつけろ」
「ルフ。お前も、口の聞き方がわからぬようだな。今は、ワシの部下だと言うことを忘れるな」
平手打ちする音がして、デイジーの頭の上に誰かが倒れた。
ルフが、「くそ」と毒づいた。まるでデイジーに語りかけて来たかのように聞こたので、デイジーは、一人見えないルフに向かい、口を開き睨みつけた。
男が再び高笑いした。
「おい、ルフ。準備ができたか確認してこい」
まずい。
デイジーは、素早く荷馬車の下から転がりでて、別の荷馬車の荷台に潜り込んだ。
息を整える。
荷馬車からルフが出てきた。ルフの口のなかで、「ラクト殺す、ラクト殺す」とぶつぶつと呪いながら、足音が通り過ぎた。
怒り心頭のようで、周りに気を配る余裕はまったくないようだ。
大丈夫、絶対にバレていない。
ルフの足音が完全に遠ざかったのを見計らってデイジーは、チロと合流するために、荷馬車から足音を忍ばせ草むらに駆けていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます