第86話 それぞれの作戦へ



 洞窟を出ると、クロエが切り株に腰を落とし待っていた。美しいその顔にはいくつかの傷と泥とが残ったままだった。


 さすがにまだ、そこまで気をつかう余裕がないのだろう。


「洞窟を塞いでくれたのじゃな。さすがカーバンクル様じゃ」

「いまさら、おだてても何も出ないよ」


「儂は、一度湖に戻る」

「構わないよ」


「古龍様の寝床を整えたらすぐにまた合流するつもじゃ」


 もう、勝手にして。


「カーバンクル様に頼みがある」

「何?」


「ヴァンパイア共を退治してほしい。奴らは、かならずまた、この森の水を穢す」


「なんで奴らは、古龍とかオンディーヌとかに執着するの」

「やつらは、血を穢す。そして、その血はやがて水をも穢す。そのため、過去に何度も古龍様とオンディーヌ様は、ヴァンパイアに痛い目をあわせてきた」


「それで、恨んでいるということか」

「もし放置すれば、やつらの呪詛を含んだ水は、やがてオンディーヌ湖に注ぎ、徐々にオンディーヌ様と古龍様の力を蝕んでいくだろう。そうすれば、古龍の森はやがて朽ちる。そうならぬように、これこのとおりだ」


 クロエは、両膝をつき頭を下げた。


「どうか、憎っくきヴァンパイア共を討滅してほしい」

「でも、古龍やオンディーヌが過去に討滅できなかったのに、俺ができるとは思えないが」


「そうかも、知れぬ。古龍様とオンディーヌ様が、最後の最後で、ヴァンパイアにトドメをさせなかったのは、真祖と呼ばれるヴァンパイアの存在なのじゃ。よくて相打ち。もし敗れることになれば、最悪の結果を向えてしまう。だから、儂らも強く言えなかった。いや違う。正直に話せば、トドメは必要ないと説得しておった。失うのが怖かったのじゃ」


 それじゃ、まるで俺は死んでも構わないみたいな口ぶりじゃないか。まあ、どうせ俺は世間の嫌われ者ですよ。


 そうは言っても、あのオンディーヌ湖にヴァンパイアの呪詛の水が入り込むのは、たしかに気持ちが悪い。しかし、ヴァンパイアどものトンネルは一応塞いだおいたし、今すぐ対応する必要があるのだろうか。


 あのミハイというヴァンパイアの強さを考えると、クロエを仲間に引き入れておくことは必要だが、神話級の俺のアイテムを集めることのほうが優先度は高そうだ。


 そういえばアルファエルもどさくさ紛れに洞窟でヴァンパイアに国をとられた云々と言っていたな。


 ここは、話しはわかったということにして、俺のアイテム収集を優先しよう。


「わかったよ。でもクロエにもちゃんと働いてもらうよ」

「もちろんじゃ」


 そういうと、クロエは霧となり、文字通り霧散した。


 俺は、カクホしていたみんなをカイホし、一度古ドワーフの街に戻った。


 土玉の古ドワーフの坑道に対する影響を見ておきたいと思ったからだ。今更、被害が大きくてもどうしようもないのだが、誠意は見せておきたい。


 まずはギミリの店、美食洞に向かった。俺たちが美食洞で食事休憩している間に、ギミリが街の様子を探ってくれた。


 幸い、住民たちにも大きな怪我はなかったようだ。慌てた何人かが転んで怪我したということだ。


 坑道の何本かが通行不能になったようだが、生活には大きな支障はないようだとのことだ。しかし、それらの坑道が完全に復旧するまでには、年単位の時間が必要だろうと見積られたらしい。


 その夜、ギミリは、家を抜け出しどこかに向かった。きっとあの洞窟でも真相を王に報告するためにでかけたのだろう。


 翌朝、街の外にでると、まずアルファエルに国を救う手伝いをする旨を伝えた。アルファエルは薄っすらと涙を浮かべていた。


「話は了解したが、ことは簡単ではない。俺にはやらねばならないこともあるから、同時並行で仕事をすすめたい。まずは、今回の件で、ヴァンパイアたちに対抗するためには、銀職人をできるだけ多く味方にする必要があることがわかった」


「マンノールに質問だが、エルフの国に銀職人はいるか」

「いない」


 古ドワーフの王も銀職人はいないと言っていた。


「ここは、3手に別れようと思う。目的は、銀職人を探し出すこと。ウルフマン族なら、天敵である銀職人に関して何か情報を知っているかもしれないから、これは、デイジーとチロにまかせるよ」


 デイジーは、チロの頭をなでながらうなずいた。


「俺は、帝国に潜入する。ギミリとドニはグナール王国へ向ってほしい」


 ドニがすぐさま反応した。


「どうしてですか」

「銀次ことネビは軍人でありながら銀職人だった。なにか秘密があるかもしれない。家族がいるとか、親戚はどうとか、生まれはどうこかなどできるだけ詳しく調べてほしい」


「どうした乗らない顔だなドニ」

「ええ、一回捨てた故郷に戻るには、ちと早いようなきがしますし、トムさんが出向いたほうが話しは早そうな気がします」


「それは、無理筋だ。たしかに銀次に化けられるが、家族とか友達、同僚とかと合っても、話しをあわせられる自信がない。実際、そういう情報は何も頭に浮かばない。好きな食べ物だってわからない」


「たしかに、そんなんじゃ、怪しすぎますね」

「そうだろう。よろしく頼むよ。ただ、ドニもハーマン商会に顔が割れているから、気をつけて行動してくれ。古ドワーフも目立つだろうしな」


 ギミリは、心外だと言わばかりに言った。


「たしかに古ドワーフは、他の国では見かけないが、ドワーフは東側の国では、見かけないこともないぞ」

「そうなのか。それはすみません。ところで、古ドワーフとドワーフとはどうちがうんだ」


「着ているものと、言葉が若干ちがう」

「それじゃ。ギミリに大きく期待していいのか」


 ギミリは、任せろと胸を張った。


「マンノールは、俺についてくるんだろう」

「あたりまえだ。国宝を返してもらうまでは絶対に離れない」


「それでは、アルファエルとマンノールは俺とともに帝国に向かう」


 ドニが羨ましそうに言った。


「私も、帝国がやっぱりいいです」

「まあ、そういうなよ。もしも帝国軍を動かそうとしたらドニじゃ役不足だろう」


「軍を動かすんですか」

「ミーナニア王国全体が本当にヴァンパイアに牛耳られているなら、さらに、ヴァンパイアと魔族が手を組んだとしたなら、帝国は前門の虎、後門の狼という状況に陥る。帝国に少しぐらい頭の回るやつがいたら、これをほっとくわけがない。だから、うまく行けば、帝国軍を動かせる。ただし、アルファエルには申し訳ないが、多少の犠牲は伴うだろうが」


 アルファエルは目を伏せ、うなずいた。

 デイジーが尋ねた。


「多少の犠牲って?」

「領土割譲。簡単に言えば、領土を売り渡すということになるだろう」


「なんで、そうなるの。おかしいじゃない」

「おかしいかもしれないが、帝国も無料で動くとは限らないから、それぐらいの覚悟は必要だということだ。はじめから割譲ありきではないし、こちらには、いざとなったら未来の豪商、交渉上手のドニがいるから、あんまり心配はしてない」


 デイジーは説明を聞いても不満げだ。


「さて、ヴァンパイア関連は、ひとまずこれでいいとして、俺の頼みも聞いてほしい」


 ギミリが興味深そうに尋ねてきた。


「なんじゃ」


「俺の頼みは、噂の収集だ。黒光りしている木刀、複雑な網目の麻の服、木目のない六角形の木の板、革紐のついた手のひらサイズの砂時計、古代銅貨、左右の大きさの違う木靴、真っ白な革袋、縁の欠けた瑠璃色のお猪口に関する噂ならなんでも歓迎する」


「そんな物、あちらこちらにころがっていそうな物ばかりじゃないか。噂になるわけがない」


「だから、集めてほしい。それらは、たぶん国宝級の扱いをうけているはずなんだ。アルファエルには申し訳ないが、できれば、こちらの情報を優先的に集めてほしいぐらいだ」


 へんてこな依頼だが了解した、とギミリがいうと、全員がうなずいた。よかった。嫌だとか言われたらどうしようかと思った。

 

「では、ドニ、呪術石を渡してくれ」

「これがあれば俺は、君たちがどこにいてもみつけられる自信がある。待ち合わせ場所は、帝国国内にしよう。近くまで来たらこちらから向えに行くよ」


 デイジーは、任せて、と言ってチロとオンディーヌ湖方面に向かって走っていた。


 残りの者たちは、ギミリの先導してもらい峠越えの道を進んだ。


 クロエの霧に包まれて進んだときは、麓まで一日の距離だったが、今回は4日かかった。


 そこから更に山道を登り、いくつかの峠を越えた。この辺りの山を旅慣れたギミリのおかげで山道に迷うことは無かった。


 途中何度かエルフ軍に見咎められそうになったが、全員をカクホし乗り切った。


 そうして俺たちは、いくつ目かの峠に差し掛かった。


 日の出前だ。空気は冷たかった。ギミリが、北側に広がる平野を指差して言った。ポツポツと明かりが見えた。


 ギミリが腰にぶら下げた袋から石を細かく砕いたものをひとつかみ取り出し、手のひらに乗せ、斜め上をむいて息を吹きかけた。すると、石の粉は、舞い上がりたちまち燃え上がった。口からまるで火を吐いたように見えた。その炎の煙は虹色で濃紺の空に登っていった。


 きれい、と思わずアルファエルがつぶやいた。


 確かに花火ではないが、美しい光景だった。俺はギミリにたずねた。


「それは、なんですか」

「旅の途中の儀式だと思ってくれ。大した意味はない。それに、この粉を持っていれば、旅の途中、火に苦労することがない。量さえ間違わなければな」


 そういってギミリはウインクした。たしかに、あんな少量であれだけの火力が得られるなら、旅の間中、火起こしで苦労するこはないだろう。


「儂らは、うまくエルフ領を迂回できたようだ。あの平野が、ミーナニア王国の領土だ」


 アルファエルがうなずいた。暗緑色の森に覆われた平野が広がっていた。


 ギミリは、振り返り、こんどは南側を指差した。


 遠くに海が見えた。


「俺等は、南側に降りてシャグゼビア、シビアを経由して海からグナール王国に入ろう。ざっと到着まで一月はかかるだろう」

「ギミリ、ドニ。グナール王国は、俺達の敵である可能性が高い。くれぐれも気をつけてくれよ」


「わかっておる。特にハーマン商会だろう」

「そうだ。何かあってもすぐには助けられないからな。それと、噂はなしの収集も」


「すべて、儂らに任せておけ」


 そういうと、不安そうなドニをひきつれて、ギミリは、南側の斜面を獣道に沿って降りていった。


 そういえば、ドニに商売が上手くいったのか聞きそびれてしまったななどと思いながら、二人の後ろ姿を見送った。


「ここからは、アルファエルに道案内を頼みたい」

「はい、お任せください」


「できれば、ミーナニアに入らず、帝国領に入りたいのだが、道はあるか」

「申し訳ございません。ギミリ殿ほどこの辺りの山道に詳しくありません。ですが、先程、ギミリ殿に、この尾根伝いに進めば、良いと教えていただきましたので、なんとかなるかと」


 腕組みをしたマンノールが胸を張って言った。


「なんと頼りない。それで国を取り戻せるのか」


 アルファエルは、唇を噛み締め、ぐっと感情を殺した。ああ、この唐変木には頭が痛い。


 俺は、二人をおいて、さっさと尾根を歩き始めた。

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