第85話 別れと混乱
魔王軍とエルフ、ウルフマン、エンプ、人族、リザードマン、ドワーフたちなど古龍の森の種族が戦っていた。
先頭を行くのは人族の女性で綺羅びやかな鎧と光り輝く剣を携えていた。襲いかかる魔族を蚊かハエのようにバッタバッタとなぎ倒していた。
その側には数匹の王犬が彼女をサポートしていた。
俺は、エルドエクアルの背中に乗って、状況を見下ろしていた。眼下には、魔王軍の城が見えた。
俺のとなりで、ひまそうにあくびをしながらオンディーヌがつぶやいた。
「もう、帰ってもいいか」
エルドエクアが答えた。
「だめだ、このカーバンクルが帰るというまで。こいつは何をしでかすかわからんからな」
そのとき、古龍の森の軍の脇腹を襲いかかる形で魔族の軍が出現した。
「エルドエクア、あの軍の勢いを止める。上空に行ってくれ」
エルドエクアは、返事もせず、カーバンクルの指示に従った。
上空に到着するとカーバンクルは、その軍めがけて、溶岩の雨を降らせはじめた。
エルドエクアとオンディーヌがカーバンクルにハモりながら抗議した。
「全部燃やして仕舞う気か」
その直後、エルドエクアとオンディーヌが雷雲を呼び寄せ、雨を降らせはじめた。雨は次第にその勢いを増し、息苦しさを感じるほどになった。
いつの間にか戦闘は止んでいた。双方の軍も兵を引き、雨が止むのを息を潜め待っているようだった。
雲間から一筋の光が差し込んだ。当たり一面の草木は燃え尽きていた。空から降ってきた大量の溶岩によってある地面は抉れ、急激に固まった溶岩によって以前とは全く異なる風景に変貌してしまっていた。大量の雨水は、幾筋もの新しい川を作っていた。
エルドエクアは、雲の上に舞い上がった。
陽の光が心地よい。雨に濡れた毛並みを乾かすのに丁度いい。カーバンクルは、自分の毛並みをなめて整え始めた。
エルドエクアは、鼻息荒く背中に乗っているカーバンクルに言った。
「なんて迷惑な奴なんだ。こんな死に方は勘弁だな」
「大丈夫、お前が死ぬ時は、ゆっくりと子守唄を歌ってやる」
そういうとカーバンクルは、エルドエクアの背の上で丸くなり、目をつむった。
そこで俺は、現実に引き戻された。
「ああ、エルド。お前との約束を思い出したよ」
頭のかなで不思議と聞き覚えのない子守唄が流れ出した。俺はその歌をなぞるように声に出して歌った。
古龍の体が光だした。その光はやがて光の粒となりまるでホタルが飛び交うように洞窟内に霧散し、洞窟の隅々を照らし出した。
歌い終わると古龍の巨体は消えていた。暗闇に慣れてくると、古龍の寝ていたあたりに、玉が落ちていた。
オンディーヌは、その玉を丁寧に拾い上げた。
「ありがとうカーバンクル。さすがにあなたは頼りになる。これは、エンドエクアルの卵。私は、再び孵化するまで、湖でこの子を見守りましょう。落ち着いたら、思い出話しでもしましょうね。じゃあね。カーバンクル」
「おい、待てよ。オンディーヌ。まだまだ聞きたいことが」
俺が、呼び止めたにも関わらず卵を抱いたオンディーヌが俺に向かって微笑むと地面に染み込むようにして姿を消した。
途方に暮れる俺を残して消えたオンディーヌに悪態をつく暇もなく、天井から小石が落ちてきた。なんだろうと見ていると、さらに小石が落ち始めた。
地震もないのにどうしたことかと眺めていると、ツルハシをもった者が落ちてきた。
地面にたたきつけられ、関節がありえない方向にネジ曲がっていたが、それはなおも動き出そうとうごめいた。
俺は、涙を拭いて、叫んだ。
「みんな逃げろ。ヴァンパイアだ」
天井の穴から、ガーゴイルが数匹とびだして来た。
クロエは、ガーゴイルを見てもその場を動かず、余裕そうだ。
「汚らしい。でっかいハエよのう。トム」
ドニがクロエをけしかけた。
「得意の霧でやっちゃってくださいよ、師匠」
「いやじゃ。弟子のお前たちがなんとかすればよい」
アルファエルが震えていた。
「とうとうこんなところまで進出してきたか。なんという冒涜、古龍さま、オンディーヌ様の神聖な場所を
どうやらビビっていたわけじゃなく、武者震いだったようだ。
「あの者たちを倒すには、銀製の武器で傷を付ける必要があります」
アルファエルは古ドワーフの里で買ってきた銀製の短剣を抜刀し、やる気満々だ。アルファエルが顔を紅潮させ俺を見つめていた。
「私は、ミーナニア王国皇太子アダンとエルフ王の娘エルミアの娘でございます。父アダンは、ヴァンパイアどもになぶり殺しにされ、母は、私を安全な場所に逃した後、父の仇討ちに向かいましたが帰ってきませんでした。ナーミニアは、これらの汚らわしヴァンパイアとその眷属によって国ごと乗っ取られてしまったのです。私の望みは、ミーナニアを元の美しい清らかな国に取り戻すこと。カーバンクル様、どうか私にお力をおかしください」
ちょっと待て、どさくさにまぎれるにも程がある。次々と穴からガーゴイルが飛び出してくるが、天井にはりつくように、上空で待機していた。
こちらを襲ってこないのは、ある程度戦力が固まったらという考えからだろう。
俺のアイテムブックには銀槍一本があるが、魔力のない俺に使いこなせる自信はない。
「ここは、一旦、逃げよう」
「バカ弟子にしては懸命な判断よのう」
そのとき、洞窟の出口の壁が崩落し、大量の
ドニが、閉じ込められたと叫んだ。俺は、とりあえずドニをカクホした。
パニックに陥ったものを野放しにはできない。パニックは他人に伝染する。
ホコリが落ち着くと、そこには、ヴァンパイア化した古ドワーフのルルグとヴァンパイアのロメロが立っていた。
ロメロが言った。
「この通路のことを知られては死んでもらうしかない」
「クロエ、なんとかならないか」
「厄介な相手が出てきた」
クロエは、ロメロには、目もくれず、天井を見上げていた。その天井の穴から威圧感たっぷりのヴァンパイアが降りてきた。
「よくやったぞ、ロメロ」
どうやらロメロの上司らしい。クロエがつぶやいた。
「序列5位のミハイだ。本気で古龍様の首をとりに来ていたようだ。儂は、あのミハイをなんとかするから、その隙に逃げろ」
「おお、これはこれは、懐かしい。雲霧の魔女がお相手してくれるとはなかなか歯応えがある」
「残念だな、ミハイ。古龍様はもうここにはいらっしゃらない」
「かまわんよ。ここの水は、オンディーヌ湖に流れ入る。徐々に力を奪っていくには大変都合のいい場所だ。近くに忌々しいエルフと古ドワーフの国もあるからな。徐々に徐々に蝕んでいこうというものだ」
ミハイが指を鳴らすと、崩れた岩がガーゴイルに姿を変えた。
天井で待機していたガーゴイルも一斉に襲いかかってきた。
俺は、やれるかどうかわからなかったが、銀次にヘンゲした。銀槍をふるう。本物よりもうまく使えているとは思わないが、効果はあった。銀槍で傷を追ったガーゴイルは、またたく間に元の
マンノールはレイピアと魔法を器用に操り、手斧と円盾を持ったギミリが敵の攻撃を受け流し、そのスキに両手に短剣を持ったアルファエルがガーゴイルを土塊に戻している。
デイジーとチロとのコンビは、鬼神のような戦いぶりだ。特にチロの爪と牙は、ガーゴイルの体を紙でも障子でも破くように切り裂いていった。これからチロがじゃれてきたらより一層気をつけなければ。
個々の力では、ガーゴイルを上回っているが、次々と湧き出てくるガーゴイルの前にすこしずつ傷つき体力を奪われていった。
頼みの綱のクロエは上空で、ミハイとにらみ合いを続けており、決着は簡単につきそうにない。
ロメロがデイジーを見ながら何やらつぶやいていた。嫌な予感がした。
俺は、邪魔するガーゴイルを斬り伏せながら、デイジーとチロに近づいた。
ロメロがデイジーに向けて手のひらを向けた。
「暗黒水域の貪食《ベルビュイート》」
真っ黒な水がロメロの手のひらから溢れ出て、水球となってデイジーに襲いかかった。
チロが吠えた。
デイジーが水球に向かって回し蹴りを加えた。
しかし、水球は四散するどころか、その力を吸収しデイジーの丸呑みにかかった。
「むだだよ。それは、狙った獲物の命を吸い取るまで消えはしない」
水球から助けだそうとチロがデイジーの
デイジーが救助を求め俺に向かって手を伸ばした。デイジーが完全に飲み込まれてしまう寸前、デイジーの人差し指を俺は掴んだ。
そのとき、俺の体の中に衝撃とともに何かが流れ入ってきた。
それはデイジーの魔力だった。
俺は、悟った。デイジーを拉致しようとした魔族ルフは、この力がほしかったのだということを。
俺は、デイジーの手をしっかりと握りなおした。銀槍は魔力を得て、うなりをあげた。たしかに俺は銀次の能力も銀槍の力も完全に使えていなかったようだ。
俺の頭の中に、銀槍を使うイメージが湧き上がた。そのイメージを銀槍に伝えるように握り直した。
すると銀槍は、そのイメージに従い、螺旋状に形をかえ、水球を貫通し、そこから一気に拡大して木っ端微塵に水球を粉砕してしまった。
デイジーは、ぐったりとしていたが、魔力とイメージはどんどん俺に流れてきた。今この手を離すわけには行かない。
俺は、デイジーの手を握ったまま、片手で銀槍を操った。同時に襲いかかってきた4匹のガーゴイルを一閃の元に斬り伏せた。
ロメロの顔が蒼白に変わった。
クロエが大技を使った。辺りが一瞬昼間のような輝きに包まれた。
ロメロのとなりに控えていたルルグが一瞬で灰の固まりとなり消し飛んだ。
ロメロも、体の半分ほどが、灰になったが、まだ動けるようだ。
俺は、銀槍を操りロメロの顔面に突き刺した。残っていたロメロの半身も灰となり消し飛んだ。
上を見ると、ミハイとクロエの姿は見えなかった。辺りにいたガーゴイルはすべて土塊に戻っていた。
俺は、みんなをカクホし崩落跡に近づいた。
俺は、アイテムブックから土玉をとりだし古龍の玉座めがけて投げた。
土玉が止まったあたりの地面がメリメリと盛り上がった。広いとおもった空間を盛り上がる土の山があっという間に塞いでいった。
古ドワーフの坑道にも影響があるかもしれないと一瞬頭をかすめたが、ここを塞いでしまったほうがより安全性が増すだろうと思い直した。
盛り上がった山は天井に届いた。それでも山の成長は止まらなかった。天井を押し続けた結果、洞窟全体の崩落がはじまった。
俺は、ノミにヘンゲして出口をめざした。
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