第82話 古の斜坑



 翌朝、向えに来たのは、地区長を努めているというムーギーという古ドワーフだった。


 探索に出るのは、俺とムーギーの2人きりだ。キハジは、これまでの経緯をマオラに伝えるため早朝に出立した。


 ギミリは、先の宴でクロエと飲み比べしていて、最後の方は、腰布一枚つけていない生まれたままの姿に戻って踊っていたので、今頃はまだ夢の中、起きていたとしてもひどい二日酔いだろう。


 デイジーとチロは、めずらしくお留守番をしていると言った。古ドワーフの街を探検するらしい。


「マンノールさん。あなたはもう自由の身ですから、すきなところにお戻りください」

「そうはいかん。私は国宝を取り戻すまで、あなたから離れる気はまったくない」


 マンノールは、俺が一人で逃げるかもしれないからと最後まで洞窟探検についてくると言い張ったが、デイジーとチロに睨まれ、渋々宿屋で待機することになった。


 アルファエルにもあなたは自由だからと説明したが、少し考えたいと言って、朝の挨拶のあと部屋に閉じこもってしまった。


 古ドワーフの坑道は、光苔で覆われ、多少薄くらいが松明などの明かりを持たなくても進んでいけた。


 ただし、その構造は複雑に入り組んでいた。ムーギーとはぐれた場合を想定して、一定間隔で呪術石を置いていった。


 しばらく坑道を進んでいくと鉄製の門が現れた。二人の門番が警備についていた。近づいてくるのがムーギーだとわかると二人は敬礼をした。


「ここはもっとも古い斜坑の一つです」


 ムーギーが門の向こう側に見える坂道になっている2つの坑道を指し示した。左側は、下り坂、右側は、上り坂になっていた。


「斜めに登っているほうは、地上につながっております」


 確かに空気の流れが上に向かっていた。


「今回問題なのは、この下っている方の斜坑です。聞こえますか?」


 俺は思わず、聞き返した。

「何が?」

「私達ドワーフは石の声を聞くといいます。こうすると聞きやすいです」


 そう言うと、ムーギーは壁に耳を押し当てた。俺も、ムーギーのマネをしてみた。


 確かに何か音はするけど、自分の両耳に指を突っ込んだ時の音と変わらない。


 地獄耳スキルを使ってみた。規則正しい甲高い音が聞こえてきた。


「だれかが遠くで穴を掘っているかのようだ」

「はい、私どもも同じように解釈しております」


「この斜坑は、私達の祖先が、封印した坑道なのでございます」

「というと」


「この先の岩盤は非常にもろく、水が大量に湧き出てきます。その水も雪解け水よりも冷たい水で、一瞬で体温を奪っていくような冷たさなのです。ですので、いくつもの横穴、竪穴を掘り試行錯誤したすえ、掘り進めることを諦めた経緯がございます」


「つまり?」

「この先で掘削作業をするということは、命がいくつあってもたりないということです。それをあえて行っているものの正体をまずは確かめてほしいのです」


「たしかめてどうするの?」

「もし、我らの隧道とそれらのもの隧道がつながっているならば王に報告し、今すぐ我らの領土から退去するように伝えねばなりません」


「もし、相手が応じなければ?」

「争いになるでしょう」


 だんだん話しが大きくなってきた。クロエは、この件と古龍たちの行方がつながると思っているようだが、はたしてどうつながるのか。


「あなた方、古ドワーフも調査を進めているのでしょう」

「もちろんです」

「しかし、問題があります。あまりに広いのでございます。先程お話したとおり、我らが祖先が、この先に掘り進めようと試行錯誤した形跡があちこちにのこり、音の出どころを特定できずにおります。また、途中にいくつかの広大な地底湖もあり問題を複雑にしているのです」


「その件と古ドワーフの何人かが行方不明になっているという件は何か関連があるとお考えですか」

「いくつかの足跡が、この斜坑を下っていっているのを発見しました。ですが、地底湖辺りでその足跡がぷっつりと途切れています。確実にこの斜坑の先があやしいのです。何をはともあれ下りましょうか」


 俺は、ムーギーの後ろ姿に話しかけた。


「一番怪しく、探索が進んでいないところへ案内してください」


 ムーギーは、振り返り目をつむり神妙な面持ちでうなずいた。

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