第80話 蒲焼きとエルフとハーフエルフ


 クロエが、叫んだ。


「うまかった」


 三匹分の蒲焼きを平らげて満足そうだ。付け合わせの蒸し芋、じゃがいものようなもので古ドワーフ族の主食だそうだ、で皿のタレを拭い口に入れた。


 岩牢の中に蒲焼きの甘く香ばしい香りが漂っていた。

岩牢の番人に咎められると心配したが、クロエは、儂が術をかけているから心配ないと豪語した。


「このタレが旨さの秘密じゃな」


 たしかにそうだが、うなぎの素材としても良さもある。これなら白焼きにしてもうまいだろう。そうなれば、ぜひともわさびがほしい。


 ドニもデイジーも口に入れる前は、こんなゲテモノを食べるんですかと言っていたが、クロエがあまりに美味しそうに食べるので、おそるおそる一口食べてみると、それからは、うまいうまいと言って止まらなくなった。


 自分の料理を美味しく食べてもらえるのは料理人として最高の褒め言葉だ。


「クロエ、満足しているね」

「おお、満足じゃぞ」


「それでは、約束どおり治療してほしい」

「そうじゃな。早う出され」

「ここでか」


 岩牢の中は、そんなに広くない。そこにエルフとハーフエルフの二人をカイホするのはスペースが足りないように感じた。


「早う出され。儂の気が変わらんうちに」


 しかたない。俺はデイジーとドニ、キハジにスペースを開けるようにお願いした。


 キハジがチロを壁際に連れて行った。ドニは嬉しそうにデイジーと肩を寄せ合った。


 俺も壁に背中をつけた。クロエ一人部屋の真ん中に居座っていた。


 お前も脇にどけとは思ったが、これ以上機嫌を損ねるとまた面倒くさいことになりそうだから言わずにぐっと言葉を飲み込んだ。


 俺は、エルフとハーフエルフをカイホした。すぐさまクロエの霧が二人を包み、そしてシャボン玉の泡のように消えた。俺は、二人が持っている短剣を素早くカクホした。


 二人は、ほぼ同時に動き出し間合いをとった。まだ、二人の心の中では決闘が続いているのだろう。


 エルフの騎士マンノールの背中がデイジーを押しつぶした。ドニが、あっちに行けと言わんばかりにマンノールの背中を押し戻した。


 ハーフエルフのアルファエルはクロエがやさしく後ろから抱きしめていた。


 二人が決闘していたのは、比較的明るい森の中だった。今は、岩牢の中だ。まるで暗闇の中にいるような感じるだろう。


 二人は、周りを見回した。


 アルファエルは、クロエに抱きしめられて身動きができないようだ。クロエは、意地悪そうに笑っていた。


「お二人とも、ちょっと冷静になりましょう」


 俺は、二人の間に割って入った。マンノールが叫んだ。


「貴様、何者だ。ここはどこだ」


 助けてあげたのに、なんと傲慢な物言いだろう。まあ、マンノールからしてみれば、あの状況から自分が助けられたなんて考えも及ばないのだろう。


「ここは、古ドワーフの街の中の岩牢です。マンノールさんも、アルファエルさんも、もう戦わなくても大丈夫です。悪しき吟遊詩人はもうここにはいませんから」


 名前を呼ばれたアルファエルは、俺を睨んだ。


「どうして私の名を?」


 デイジーの後ろに隠れるようにしていたキハジが、手をあげてアルファエルの名をよんだ。


 アルファエルの緊張が緩んだようだ。マンノールが、半歩俺に近づいた。


 すかさずデイジーが、マンノールの喉持ちに食事用のナイフを突きつけた。


「動くな」


 ああ、デイジー、いつから君は、そんな物騒な子供に育ってしまったのか。それもこれもロアと雷獣の首輪がいけなかった。


「つまらん。ああ、つまらん。儂は、約束は果たしたぞ。これからバカ王のところに行ってくるからしばらくここで待っておれ」

「ちょっと、クロエ。待って」


 止めるまもなく、クロエは霧となって消えてしまった。突然、自由になったアルファエルが立ち上がり、岩牢の壁に背中をつけるようにして俺たちとの距離をとった。


 チロがアルファエルの動きを封じるように牙を向き睨んでいた。キハジは恐る恐るマンノールの脇を通り過ぎ、アルファエルに近寄った。


「アルファエルさん、この人達が以前捕まっていたときお話した力ある人たちです。信用出来る人たちですから、もう大丈夫ですから」

「ほんとにあのキハジさんなのか」


「はいそうです。アルファエルさんが牢を出ていったあと、こちらのトムさんに助けてもらったのです」

「ちょっと待て」


 マンノールがキハジとアルファエルの会話に割り込んだ。


「貴様、その話しが本当なら脱獄してきたということか」


 キハジは、バツがわるそうにうつむいた。デイジーがマンノールの言葉にすぐさま反応した。


「私達が何者かよりも、命を助けてもらったんだから、まずはありがとう、じゃないんですか」


 デイジーがナイフをマンノールの首に強く押し当てた。やめてくれ、デイジー。話が余計面倒になりそうだ


「僕がたまたま通りかかったので、あなた達を助けました。他に理由はありません。これからどこで何をしようとあなた達の自由です」


 マンノールが重々しい口調で尋ねた。


「助けてくれたことは感謝する。イシュエルは、あの裏切り者の吟遊詩人はどうなった」

「逃げましたよ」


「それでは木製の指輪は知っているか」


 マンノールは、自分の体をまさぐり国宝がないか確認した。


「それは僕が持っています」

「良かった。それでは、私にそれを返せ。お前たちには不必要なものだ」

「それは、できません」


 マンノールの目に一瞬、殺意が宿ったが、次の瞬間、マンノールは、頭をたれ、両の手のひらを上に向けて差し出した。


「どうか、お返し下さい。それを持ち帰らなければ、エルフの国は乱れ、多くの悲劇が引き起こされます」

「あなたにこれを返したところで、今更、あなたに陰謀は止められないでしょう」


「貴様が何者かは知らんが、我が国のことに首を突っ込むな」


 マンノールが、俺につかみかかろうとした瞬間、デイジーがマンノールの懐にもぐりこみ、マンノールのみぞおちにデイジーの肘をめり込ませた。

 

 マンノールの斜め後ろにいたデイジーがマンノールの動き出しに反応して懐に潜り込むなんて、まさしく電光石火の早業だ。


 マンノールは、息をするのもつらいだろうに、言葉を吐いた。


「どけ、下種げす


 デイジーの掌底がマンノール顎にヒットし、マンノールは仰向けに倒れた。


「下種に、まったくかなわないあなたは、下種以下ね。エルフがこんなにいやな種族だとは思わなかったわ。トム、ほんとうに助ける意味あったの。アルファエルさんだけ助ければよかったんじゃない」

「まあ、そう言わないで」


「申し訳ないが、マンノール。こちらにはこちらの理由がある。意地悪とかで返さないわけじゃない。はっきり言えば、エルフの王にはこの指輪は不必要なものだ。まあ、売ったりはしないから心配しないで」


 マンノールは、首だけおこし、くやしそうに俺を睨みつけた。


「それに忠告しておくよ。俺をなぐたところで、あれは君の手には戻らないよ。逆に一生君たちの手に戻らなくなる確率のほうが高くなる」


 これは、半分ほど本当だ。もし、マンノールに殴り殺されたら、それは十分ありえる状態だが、アイテムブックのアイテムはどうなるのか不明だし、額の宝石から魔王が復活してしまい、国宝盗難やお家騒動どころの騒ぎではなくなる。その場にでくわした全員の命が危うくなるだろう。


 マンノールの体から力が抜け、天井を見上げた。


 キハジとの再会を喜んでいたアルファエルが俺に握手を求めてきた。


「助けていただき、ありがとうございました。どうか、私に力をお貸し下さい。どうか、恐怖と圧政に苦しむミーナニア国民をお助けください」


 アルファエルの頬から涙がこぼれ落ちた。


 その時、岩牢の入り口に数人の古ドワーフが現れた。


「我が王がお呼びだ」

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