第79話 料理人の戦い


 古ドワーフの厨房を勝手に覗いてみると、直火は使っていないことが判明した。


 魔術の火を使って煮炊きしていた。街全体が洞窟内にあるようなものだからだろう。一酸化炭素ガスが発生したら、一巻の終わりだからだろう。


 古ドワーフの料理法に従って調理するのも一手だが、できればやりなれた炭火の遠火でうなぎは焼きたい。


 俺は、街の外に出て森の中で適当な場所を探しだした。夕方が近づいている。暗くなる前に仕事を終わらせよう。


 炭になりそうな乾燥した木を探す。探しながら時々我に帰った。なぜ、蒲焼きなぞ作る羽目になったのか。


 そうだ。エルフだ。あの狂った吟遊詩人だ。ああ、まったく面倒くさいことに巻き込まれたものだ。


 俺は、グレンにヘンゲし、紅蓮剣をもって枯れ木を適当な大きさに切断した。


 魔力は無いから火の魔法を使うことはできないが、伝説品である剣の切れ味は最高だ。将軍が生きてこの名刀の使い方をみたとしたら、卒倒するかもしれない。


 キハジをカイホし、マッチと火打ち石でたき火の準備をしてもらう。その間にうなぎをナイフでさばいた。


 少しぐらい骨が残っていてもご愛嬌だ。ついで串打ちをする。串は、予め古ドワーフの店から購入してあった鉄串を代用した。バーベキューなんかで大きめの肉を焼くときにつかう物のようで、うなぎの串打ちには大きいが、串打ちできないことはなかった。


「それを本当に食べるんですか」


 キハジは、ほんとうに嫌そうな顔で俺の顔を見た。


「これは最高に美味い。焦がさないように、じっくり焼いてくれ」

「私が焼くんですか」


「そうだ、一瞬でも火とうなぎから目を離すなよ」


 俺は、焼きをキハジに任せ、タレの調合にうつった。刷毛はないから、タレの中にくぐらせる方式とする。


 一度キハジにお手本を見せ、後はキハジにまかせてみる。水が清らかで、砂地の用水路と溜池だったのは確認していたので、そんなに泥臭くはないだろう。


 あとは丁寧にうなぎを焼き上げるだけだ。供物として捧げてもらったら最高に美味いに違いない。


 突然、あたりの森から鳥が飛び立ち、森の中からざわめきが消えた。


「どうしたんでしょうか、森が騒がしいです」


 森と生きるドルイドらしい表現だなどと、関心している場合ではないようだ。羽の生えたモンスターが奇声あげ、頭上から襲いかかってきた。なんとしてもうなぎは守らねばならない。


 俺は紅蓮剣で切りかかった。剣術の覚えはまったくないが、ヘンゲしている紅蓮将軍の知識と経験が俺に剣を振るう力を与えてくれた。


 真っ二つに割かれた死体が足元に横たわった。


(ミラさん、これは?)

(ガーゴイルです)


(翼をもっているけど、魔族?)

(魔族の眷属です)


 ガーゴイルの手にはトライデントがしっかり握られていた。そのトライデントは汚らしく、カクホする気にもなれない。


 奇声がいくつも湧き上がった。まだまだガーゴイルが近くにいるらしい。


 うなぎの匂いに誘われるのは人だけにしてほしいものだ。俺は、剣を構え直し次の攻撃に備えた。


 キハジの近くの草むらが揺れた。

ガーゴイルの他にも敵がいるのか? 俺は、キハジとうなぎを守るため、駆け寄った。


「助太刀するぞ」


 そう叫んで草むらから踊り出てきたのは、武具をまとった古ドワーフだった。


 俺は、危なく斬りかかるところだったことをわびた。ついで、自分が紅蓮将軍の格好であることに気づき、まずいことになったと思った。


 しかし、ガーゴイルは、こちらの都合などお構いなく襲いかかってきた。


 俺は、夢中で剣を振るった。剣の腕は良くても、HP 10であることに変わりない。防具を身に着けているといっても油断はできない。


 トライデントが防具の隙間を抜け、俺に刺されば命を失う。実際のところ、かすり傷でも命に関わるだろう。すべての攻撃を完璧に避けきる必要がある。集中だ。


 気がつくと、ガーゴイルの死体の山ができていた。もう辺りに敵はいないようだ。


 キハジは、泣きそうな顔で、火の前にいた。言いつけどおり、うなぎと火から逃げなかったようだ。


 よくやったぞ、キハジ。俺は始めて、キハジを褒めたいと思った。


「儂は、人呼んでゲテモノギミリじゃ」


 助太刀してくれたドワーフが手を差し伸べてきた。俺は、両手でその手を握り感謝の意を伝えた。


 ちらっと目に入った彼の戦い方は、盾と戦斧を自由に操り、舞を舞っているよにも見えた。戦いなれしていた。


「ゲテモノ?」

「そうじゃ、儂は珍しい食材、料理を見つけると食べてみないと気が済まんのじゃ」

「それは、仕事ですか」

「まあ、仕事のようなもんだ。世界を巡り歩き美味いものが手に入れば王にも報告することもあるからのう」


 まさか、このドワーフも蒲焼きの匂いに釣られてやってきたのか?


「今回の助太刀。なんとお礼を言っていいのか」

「気にするな。この山の向こう側は、この手のモンスターで溢れて帰っている」


「溢れていますか」

「ああ、溢れている」


「ここは大丈夫なんですか」

「今のところはな。儂も、知り合いの古ドワーフにあの山の向こうの話をしているんだが、まだまだお尻に火がついてないようだ。真剣に話を聞いてくれん。それに、エルフたちだけでなんとか持ちこたえているようだしな。ところで、ドルイドが肉食するとは初めて知ったぞ」


 キハジは、顔を真っ赤にし、恥ずかしそうにうなぎから目を離そうとはしなかった。


「私は食べないんですが、さるお方のために焼いているのです」

「儂も何人かドルイドの知り合いがいるが、みんな草しか喰わんからな」


 ギミリは、豪快にガハハハと笑った。


「それにしても、こんな料理は初めて見るな。これは川蛇か?」

「はい。稚魚を食い荒らすのでいらないというのでもらってきました」


「お主何者だ?」

「肉食しないドルイドが知っている料理法ではないし、お主は人族じゃな。古龍の森をうろつく人族もまた珍しい」


「すみません、詳しくは話せません。でも誰かに危害を加えるつもりはないんです」

「わかるぞ。その料理を見ればわかる。他人がわからなくても儂ならわかる」


 面倒なことになった。なんで次から次へと問題が発生するのか。


「お分けしますから、見逃してもらえませんか」

「まずは、ちと味見をさせてもらおう」


 そういうと、ギミリは、うなぎの尻尾を軽く手で摘みとり口の中に入れた。


「うまい。香ばしい。甘ダレが川蛇の油とよく合う。ぜひ、この料理の方法を教えてくれ。実は儂自身も料理人でな。今さっき、一月ぶりにこの故郷に帰ってきたところなのじゃ。早速店にもどって作ってみたい」


 わかりました。おれは、うなぎのさばき方から、串打ち、タレの調合まで一通りをギミリに教えた。料理をやっているというのは本当らしく、一を言えば十を知るという感じで、説明がはかどった。


 最後に、キハジが焼いたものと、ギミリが見様見真似で焼いたものを食べ比べた。


「これは、なかなか奥が深い。いい料理を教わった。儂は、美食洞という店をやっている。近くに来たときは寄ってくれ」


 そういうとギミリは、それ以上なにも聞かず立ち去ってくれた。俺は、ギミリに頭を下げ見送った。

 

 俺の背後で、キハジが、ほっとため息をついた。

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