第77話 相打ち
木々の多いエルフの王都は、鳥の姿で逃げるのに適していた。ただし、エルフたちは弓の名手ということも忘れてはならない。
それと途中で気づいたことだが、俺がカクホした鳥は、エンプ族の領地で生息している鳥で、エルフの領に住む鳥とは品種が違うということだ。
鳥に詳しい者が見たら、一発で怪しいとバレてしまう。だから、鳥にヘンゲしているからと言って大手を振って飛び回るというわけには行かなかった。
それでも、ハエやハチに比べたら鳥のほうが飛ぶのが楽だし、距離を稼げた。だから、途中、鳥とハチに何度もヘンゲを繰り返しながら何人ものエルフの騎士たちの目をやり過ごした。
街の外へ出ると、来るときに落としてきたドニの呪術石を回収しながら進んだ。マンノールが通った霧は念のため進まないことにした。
半日ほど、進むと歌が聞こえてきた。同時に聞き覚えあるの男と女の罵声が聞こえてきた。
「貴様、裏切るつもりか」
これは、男の声だ。
「これが、エルフ王のやり方か」
こんどは、女の声だ。
どういう状況なのかイマイチ理解し難い。歌に罵声。大変なことが起こってい予感はした。
君子危うきに近寄らずだが、ついつい歌声の方向に足が向いた。野次馬根性もしくは、好奇心旺盛というところだ。
開けた場所に出た。絶叫している男女はどちらも見覚えがあった。マンノールとアルファエルだ。
二人は、短剣で決闘していた。
二人の側で弾き語りで歌っているのは、盲目の吟遊詩人イシュエルだった。
演劇の練習でもしているかのような布陣だが、短剣を持っている二人には、悲壮感と苦悶の表情が顔に浮かんでいた。
二人の決闘が奇妙なのは、二人が罵声を浴びせる対象は短剣を向けている相手ではなく、歌を歌うイシュエルに向かっていることだった。
罵声を浴びている吟遊詩人は、そんな罵声も曲の一部とでも思っているのか、嬉しそうに演奏を続けていた。
「さすが、マンノール様と褒めたほうがよろしいでしょう。汚らわしいハーフエルフは完全に私の支配下にありますのに、お二人ともまだ切り傷程度で済むとは。しかし、これは、困った状況です」
「イシュエル、お前は何者なのだ。これは精神系の魔法。貴様、スペルシンガーか」
「御名答です。でも、気がつくのが遅かったですな」
曲のテンポが早くなった。空き地に近づこうとすると吐き気やめまい、頭痛がしてきた。
なにか特殊な結界が張ってあるのか、それとも曲のせいなのか不明だ。
さて、どうしたものだろうか。キハジがいたら、一目散にアルファエルの助けに入るだろう。
だが、俺は、自分がどうしたいのかわからなかった。もう少し様子を見てみよう。
「イシュエル、貴様何が目的だ」
「私は、あなた方二人の暗殺を命令されているのですよ。ここでお互い相打ちとなれば、完璧な暗殺が完成することになります」
吟遊詩人は自分の曲に合わせて他人が殺し合いをするのが、楽しくてしょうがないというような表情を浮かべていた。
「王家に連なる二人を操るのは難しいですね。魔法に耐性があるのでしょうね。まあ、相打ちでなくても、ふたりとも大怪我をおってくれれば十分。ああ、そうそう。決闘中、申し訳ないですが。これがなんだか、わかりますか、マンノール」
「そ、それは、エルフ王国の国宝の一つ」
俺のアイテムの一つだ。木製の指輪がこんなところに。
「現在マンノール様がこの国宝を盗んだことになっています」
「どうして俺が国宝を盗む必要がある」
「理由は、どうでもいいのです。国宝を盗み出せるのは、ごく限られた人のみ。なにせ国宝ですからね。一般人の私などが手にいれられるわけがないのです」
「バカバカしい。自分の潔白は自分で証明できる」
「マンノール様はそう思うでしょうが、残念ながら多くのエルフはそうは思いません。それにすでに根回しは完了しております」
マンノールは、息を飲んだ。自分がすでに敵の術中にハマっていることを悟ったのだろう。
「さて、お二人は、これから大怪我を負います。それを見届けてから私は、エルフの国を出て放浪の旅に出るとしましょう。それはそれで寂しいことではありますが。仕事ですからしょうがありません。そうすると、残されたお二人は、エルフの騎士団に捕まります。もうすぐやってくる段取りですからその事は心配いりませんよ」
「お前が、私達の跡をつけていることを誰かが目撃しているはずだ。王都のエルフの騎士団の目は節穴ではない」
「それは計算のうちです。もちろん吟遊詩人ごとき私めが国外に国宝を持ち出すことなど、だれか王族の手引がなければできないことです。そして、私めと接点がある王族は、実のところマンノール様とお父上の皇太子様しかおりません。そうなると、あら不思議。皇太子様も連座の責任を負わされることになってめでたしめでたしです」
「伯父上の差金か。貴様、はじめからこれが目的で私達に近づいたのか」
「さあ、どうでしょうか」
「そんなことにはならん。なぜなら、私は、絶対貴様を告発し自分の無罪の証明してみせる。そもそも、貴様を逃がすわけがない」
吟遊詩人は大いに笑った。
「さすがマンノール様。そう言うと思いました。でも、私の奏でる音楽で踊らされているのに、私を捕まえることなど無理に決まっているでしょう。相打ちになってくれませんかね。そうすれば、私はマンノール様の懐にリングを押し込んですべて終わりです」
イシュエルが突然曲を変えた。それぞれの腹に相手のナイフが深々と突き刺さった。
「ああ、刺さりました。刺さりました。選曲が悪かったようです。これで万事完了です。これで、私もエルフの国を出なくて済みそうです」
二人はまるで石化の魔法がかけらてしまったかのように動かなかった。
吟遊詩人が演奏をやめた。頭痛や吐き気が収まった。
このままイシュエルの目論見どおりことが運ぶのは気に入らない。話から想像するにエルフの国のお家騒動に発展してしまうだろう。エルフ王国が乱れるのも古龍の森全体から見れば好ましくない。
だが、何よりもそのリングは俺のものだから、返してもらわねばならない。
イシュエルが一人おしゃべりをしながらマンノールの懐にリングを押し込んだ。
神話級のアイテムのはずなのに、通常品のようだった。どういうことだろう。偽物かもしれない。だが、国宝なら一応カクホしておこう。
俺は、一気にマンノールとアルファエルに近づき二人をカクホし、空に舞い上がった。
「待て」
吟遊詩人が俺に向かって叫んだ。どうやら吟遊詩人には俺の気配がわかるらしい。
こいつが何者か気になるし、今後のために、カクホしておきたい。
吟遊詩人が楽器を持った。馬の足音がした。千里眼で音の方向を見ると、エルフの騎士団がやって来るようだ。
吟遊詩人も騎士たちが近づいてきてことに気がついたのだろう。口惜しそうに俺を見あげ森の中に消えていった。
本当に目が見えないのか疑わしいほど自然な動作に見えた。
俺もグズグズしてられない。呪術石を頼りにエルフ領の外を目指した。
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