第76話 仕入れ


 キハジとドニをカクホし、ハエにヘンゲして脱獄した。


 後は、ラオラ川にでて、クロエ達と合流すればよい。


 だが、エルフの王都を見ているうちに、ドニの願いも叶えてやろうと欲が出た。


 エルフ達の芸術センスは街を見れば非凡であることははっきりしていた。


 工芸品や美術装飾品は嫌いじゃない、いや表現が正しくなかった。大好物だ。できれば個人の趣味で絵画があれば買いたいぐらいだ。


 しかし、問題は2点ほどあった。


 一つ目は、古銭金貨やオールドシャッドなどで使われている通貨が使えるかどうか。


 二つ目は、土地勘がまるで無いから、どこで何を売っているのかもわからないということだ。


 じっくりと観察し、品物を見極めている暇もない。追っ手に捕まる心配はそんなにしていないが、エルフの結界術の仕組みがわからない限り、時間はかけないほうが良いに決まっている。


 エルフの娘が一人、通りをバスケットをもって軽やかに歩いてきた。品のよい身なりをしているが、他のエルフと服装を比べても通常の生活レベルに見えた。


 俺は、この娘の後を追った。完全にストーカーだ。ドニのためとはいえ、自分のやっていることに嫌気がさしてくる。


 もし、この娘が都から離れていくようなら諦めるしか無い。


 しかし、運良くこの娘は、10分ほど歩いた家に入っていった。


 俺は、娘の髪の毛に取り付き一緒に家の中に入った。


 ああ、完全に空き巣じゃないか。きっと、先代カーバンクルもこのようなことを散々やって、嫌われていったのだろう。


 家の中には、他に誰もいないようだ。娘がテーブルの上に小銭とバスケットをおいた。


 俺は、小銭を見てため息が出た。オールドシャッドで流通していた通貨では、支払いができないことが判明したからだ。後は、古銭金貨での支払いができるかだ。


 俺は、大変申し訳ないと思いながら、このエルフの娘をカクホし、ヘンゲした。


 再び、家を出て街を見て回った。ショーウインドウに髪飾りを飾っている店を発見した。こういう店は、エルフの王都ではめづらしい。


 ちょっと歩いて見ただけだが、たいていの店先には、エルフ語で書かれた木の看板がひっそりと、家の表札のように掲げられているだけだからだ。


 俺は、その髪飾りに誘われるように、店のドアに手をかけた。


 その瞬間、突然、後ろから声をかけられた。


「お嬢さん、ちょっと良いですか」


 俺は、緊張し、恐る恐る振り返った。防具に身を固めたエルフの騎士二人が立っていた。


 まさか、見つかった?


「ただいま、凶悪犯が王都に潜伏している可能性がございます。なるべく一人での外出は控えていただきたい」


 俺は、周りを見回してみる。たしかに、一人で歩いている娘はいないようだ。


「もし、よければご自宅までお送りいたしますよ」


 だめだ。とてもじゃないが買い物できそうにない。


 「いいえ、結構です。自宅はすぐそこですから」


 俺は、急いでエルフの騎士たちから遠ざかった。エルフの娘の自宅に帰り、カイホして、その家を離れた。


 買えないと思うと欲しくなるのは人情だ。俺は、物欲しそうに再びハエにヘンゲして先程の髪飾り屋の前に戻った。


 エルフの女の子が駄々をこねていた。子供が親にダダをこねるのは万国共通らしい。


「そんなに聞き分けないとカーバンクルがやってきて食べられちゃうよ」


 な、なんてことをいうのだろう。俺はエルフの子供なんか喰わん。一人憤慨していると店から、店主が出てきた。


 店の看板、と言っても表札みたいな控えめな看板だが、を仕舞ってしまうようだ。


 たぶん凶悪犯、これは俺達のことかなとは思うが、がうろついているので、店じまいするのだろう。まったく商売っ気がない。


 俺は、一か八か、店主の足にまとわりつくように飛び、店の中に潜り込んだ。


 店主は、そのまま店の奥にあるドアの向こうに消えていった。


 店の中の壁や陳列棚には、髪飾りが展示されていた。俺にはすべてキラキラと輝いて見えた。文句なしにセンスが良い。


 俺は、申し訳ない申し訳ないとつぶやきながら壁に展示されている髪飾りを陳列棚に詰め込むように置きなおした。そして、陳列棚ごとカクホした。


 店の床に古代金貨を十数枚おいた。相場がわからないので適当だ。


 店の窓の外をエルフの騎士が隊列を組んで通り過ぎた。だんだんと警戒が厳しくなってきたようだ。王都全体に結界でも張られたら厄介だ。


 俺は、トムにヘンゲして、店のドアを小石一個分だけ開けた。


 店の奥から足音がした。店主が店に戻ってきた。


 俺は、急いで鳥にヘンゲしてドアを押し開けるようにして店をとびだした。


 背後で店主が泥坊だ、と叫んでいた。巡回中のエルフの騎士たちが駆けつけた。


 店主が叫んだ。


「鳥が、店の商品を盗んで言った」


 枝に止まり振り返ると、店主が俺を指差していた。エルフの騎士たちも俺を見た。弓を持っている騎士がいた。


 俺は、すぐさま木の陰に回り込んだ。先程までいた枝に矢が刺さった。お上手。


 俺は、すぐさままた別の木の陰に移動した。エルフの騎士が、回り込んで来ても追い打ちをかけられないように、死角を探しながら街の外へ街の外へと向かった。


 どうか、古代金貨で弁償できますように。

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