第75話 監獄



 ドニは、予定通り牢屋に投獄された。足首に鉄の輪っかがはめられ、それは、部屋の床に打たれた杭と鎖で繋がっていた。


 流石に、居心地良さそうには見えなかった。湿気の多い場所で、もし、カーバンクルの姿で投獄されたとしたら、毛並みの乱れや濡れが一番に気になってしまうだろう。


 通路を挟んで、反対側にキハジが投獄されていた。キハジが魔法を使って逃げないところを見ると、足枷か鎖、もしくは牢屋自体が魔法を封じているのだろう。

 周りを観察してみたが、エルフの監視はないようだ。問題となるのは、キハジが一人で投獄されているわけではないということだった。


 相部屋だった。開いている牢屋があるのだから、何も相部屋にすることはないだろうに。


 ドニに助ける人物は女性であることは伝えていたが、ドニとキハジは面識がない。そもそもドニはドルイドどどういう人種を知らないようだから、どっちがキハジかは判断がつかないようだった。


 俺は、ドニに念話でキハジと念話するための手順を伝えた。ドニが反対側の牢屋に向かって声をかけさせた。


「チロさんの足は治りました」


 キハジがすぐさま反応した。


「え! あなたは誰ですか」

「私は、ドニといいます」


 俺は、小石にヘンゲした。ドニが、頭の中から小石を取り出し、お話しくださいと差し出した。


(聞こえるか、キハジ)

(はい。聞こえます)


(助けに来たぞ)

(申し訳ございません、カー)


(おっと、ここでは念の為、念話でもトムと呼んでくれ)

(はい、トム様)


(辛い思いさせた。帰ろう)

(少しお待ちください。実は、私のとなりに囚われているアルファエルも一緒に助けてほしいのです)


(どうして?)


 キハジの話をまとめるとこうだ。


 アルファエルは、人族の父親とエルフの女の間に生まれたハーフエルフだ。父親も母親ももうこの世にはいない。兄妹もいない。


 アルファエルには、親の敵討ちという使命があり、その大事をなす前に、母親が話してくれたエルフの美しい森を見に来たそうだ。そのついでに、母の形見のイヤリングの片方をこっそり森に返したらしい。


 エルフたちに見つかっても、命までは取られないと思っての行動だったらしが、まさか牢屋に入れられるとは予想していなかったらしい。


 アルファエルのかたきとはエルフたちと山岳地帯で戦闘を繰り返しているミーナニア王国の貴族、王族全員のことで、全員を抹殺するという。


 なかなか剛気な話だ。


 なぜ、そんなことをするのかと言えば、ミーナニア王国の貴族、王族はすべてヴァンパイだというのだ。


 ほんとうだろうか。本当なら、ミーナニア王国は、ヴァンパイアに国を乗っ取られたということになる。


 エルフ族が苦戦する理由も、アルクで聞いたヴァンパイアの噂も、それが本当ならある程度合点がいく。


 しかし、本当かどうか判断するには、材料が少ない。国ごと乗っ取るとは、並大抵のことではない。


 さらに、キハジは全幅の信頼を寄せているようだが、俺たちの味方だと断定できるのかどうかも疑問だ。


「私達が逃げれば、アルファエルが必ず疑われます。そうすれば、アルファエルにひどいことが行われるのは目に見えています。どうか、エルフ領を抜けるまでで結構です。アルファエルをお助けください」


 確かにここには、見た目3人しかいない。


 聞き覚えのある足音が聞こえてきた。マンノールが足音を鳴らしてやってきた。


 マンノールは、アルファエルに向かって会釈した。


「私はエルフ王の皇太子レンウェの長子マンノールです」


 キハジやドニは何を語っているのか不信顔だ。彼らは古いエルフ語をで話し始めたからだ。俺は、ミラさんが同時通訳してくれているので問題なかった。


「伯母上が亡くなったというのは本当ですか」

「ええ、母は憎きヴァンパイアどもに殺さました。奴らはこの国のすぐそこまで迫っています。なぜ、エルフ王は娘の敵をとろうとはしないのですか」


 マンノールは、苦虫を噛み砕いたかのような表情を浮かべた。


「そんなことは、ございません。王は、わざわざ私達エルフが苦手とする山岳地帯に軍を進行させております」

「でも、明らかに山を越えて、ミーナニア王国を正そうとする気迫は感じられません。あなたたちはあてにすることはできないようです。私一人で、敵はとります」


「それは、心外です。王の許しを得たなら、必ず直接その目でミーナニアの真相を見極めましょう」

「母から聞いていおりましたが、エルフは本当に気が長いことです。危機が目の前にせまっているというのに悠長な」


「ここは議論する場所ではありません。さあ、これから国境までご案内します。もう二度とエルフの国には入れませんがよろしいか」

「よろしいもなにもない。ココには私が必要とするものは何もない」


 そういうと、マンノールの後ろに控えていた兵士が牢屋に入り、アルファエルを連れ出した。


 アルファエルは、牢屋を出る時、ちらっとキハジを見た。


 キハジは、微笑んで別れを告げた。驚いた。このハーフエルフも王族だったとは。


(キハジ、ハーフエルフも国外退去になったようだからもう心配はないな)

(はい)


(それじゃ、話しは決まりだ。逃げよう)

(ちょっとまってくださいよ、トムさん)


(どうした、ドニ)

(まだ、仕入れが終わってないです)


 お前、ある意味すごい根性しているよ。

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