第74話 囚人ドニ

(聞こえてますか、トムさん)

(聞こえているよ。念話だからといって、あまり話しかけるな。ドニはカネの話し以外は、すぐ表情に感情がでるから)


(ほんとに、ほんとに大丈夫なんですか)


 ドニは縄で縛られ、馬に乗せられ森の中を連行されていく。ドニの前をゆくのは、エルフの騎士マンノールだ。


 作戦はバッチリハマった。ドニの態度も今の所完璧だ。


(トムさんの作戦では、どこに移送される予定ですか)

(さあ)


(さあ、じゃありません)

(良いからしゃべるな。いいか。これまで通り、無口で顔色を変えない。秘密を抱えた雰囲気で、ドルイド、キハジとい単語だけに少し反応しろ、いいな。お前の演技にこれからの商談がかかっていると考えていろ)


(ほんとうに大丈夫ですか。人族は、入国さえ禁止なんですよ)

(大丈夫だ、俺はお前の髪の毛なかにいるから、いつでも助けられる)


(そんならいいですが、エルフの国の商品を必ず仕入れてくださいね)

(ああ、余裕があったらな)


(だめです。絶対仕入れてください)

(ドニ、命の商品。どっちが大事だ)


(どっちもに決まっています)

(ああ、わかった。わかった。もう何も言うな)


 俺がひらめいた筋書きはこうだった。


 まず、城内の捜査を行うマンノールのあとをつける。適当なところで、ドニをカイホして、マンノールに捕まえさせる。


 ドニには、偶然見つかってしまったという演技をさせ、捕まった後は黙秘させる。


 ただし、キハジとの関係は相手に伝わる程度、匂わせる演技をさせる。そうすると、煙たがっている城主がそれを手柄に、マンノールを栄転させようと努力する。


 キハジとの関係を疑ったエルフ達がキハジと同じところに移送させ、一緒に取り調べしようと提案する。これで、エルフ達がキハジの場所を教えてくれるはずだ。


 今のところマンノールは俺の目論見どおり、ドニの移送中だ。ただ、ドニには言ってないが問題がないわけではない。必ずしもキハジと同じ場所に収監されるとは限らないからだ。それでも、今のところ、作戦はうまくいっているように見えた。


 キハジが見つかれば、キハジとドニをカクホしておさらばだ。ただし逃走経路には予定外の問題が浮かび上がった。


 マンノールは何度か濃霧の中を進んだ。


 その濃霧が晴れると、景色が一変していた。これまで見えな方峡谷が見えたり、川が見えたり、滝の音が聞こえてきたりした。


 マンノールは一瞬も疑問や不安を口にすることはなかったから、これはエルフの騎士たちにとって普通のことなのだろう。


 この濃霧自体がエルフの結界か魔法による防御なのだ。


 つまり問題とは、ところどころに呪術石を落としてあるが、逃げきることはできるのだろうかということだ。霧の中を進んだら、牢屋に逆戻りなんてことは勘弁だ。


 マンノールを観察している限り、呪文とか手印など特別な動作はしていないようだ。ただ、防具の中や服の下にお守りみたいな形で何かしらの仕掛けが施されていたら、アウトだ。


 さて、どうしたものか。


 良いアイデアが浮かばないうちに、あっという間に王都に到着してしまった。具体的には、早朝出立して、夕方前に到着した。


 城壁や門などはなく武装した兵士一人が立っている大樹の脇を通り過ぎただけだったが、明らかに空気感が変わった。


 時間と距離が比例しないなら、ここが古龍の森のどのあたりなのかも当たりがつかなかった。


 北に逃げたらいいのか、南に逃げたら海にすぐ出るのかさえ判断がつかない。


 ウジウジ考えても答えは出ない。ここまで来たら、俺も覚悟を決めなければならない。


 ドニ、鼻歌を歌え。


「ええ、嫌です。私、歌は苦手です」

「いいから、適当に音を出すだけでいい。小鳥のさえずりを真似ろ」


 俺は、ドニの下手な舌打ちのようなさえずりの音を利用して反響定位で周りを確認した。


すごい。


 完全に回りの景色と同化しているが、多くの武装したエルフが俺たちを監視していた。


 有機的な意匠の建物と植物の絶妙な組み合わせが、エルフたちの存在を完全にかき消していた。


 そして都市の機能も同様に森の中に隠蔽されていた。


 扉は木の陰に隠され、エルフが入って行かなければ、そこにドアがあることなんて思いもしなかった。魔法によって隠蔽されているドアがあっても驚かないだろう。


 それほど、自然的に見える外観にこだわっているようだ。街の中だというのに日差しが指す森の小径を歩いているという感じさえしてくる。


もちろん、露店などなく、道で者を売っている者など皆無だ。


 ドニには悪いが、ここで何かを買うというミッションは、思った以上にハードルが高い。


 だが、そのことを今、ドニに告げるのは得策ではない。もう少し、頑張ってもらわなければ。


「マンノール様、お久しぶりです」


 道端に突然現れたのは、リュートのような楽器を抱えた楽師または吟遊詩人だった。


「おお、イシュエル、元気にしてたか」


 マンノールは、馬を止めた。


「はい、私はいつもどおりでして」


 イシュエルは、手に持つ楽器の弦を指で弾いて音を奏でた。

 美しい音色だった。


 イシュエルの目の焦点がマンノールの左側に向いていて、ちょうどイシュエルの耳をマンノールの顔の正面に持っていくようなかっこうだ。盲目のようだ。


「ですが、最近、お父上様が元気がないようでございます」

「そうか。今はお役目中、長話をするわけにもいかん」


 マンノールが、金貨をイシュエルに手渡した。


「いけません、マンノール様。このようなことを私のような下賤なものにしては、みんなの目がございます」

「かまわん。それにこれは前金だ。夕方我が屋敷にきて、歌を歌ってもらおう」


「かしこまりました」

「ところで、お連れの方はどなたでしょうか」


「ああ、これはこれから密入国した件で取り調べする」

「そう言えば、密入国したというドルイドの女は明日中に死刑になることが決まったという噂ですが」


「それは真か」

「いえ、あくまで噂でございます」


「それは、いかん。その処刑を止めさせなければ」

「イシュエル、この者を役所につれていってくれ、俺は王城に直接向かうから」


「かしこまりました」


 なぜか、俺は、盲目のはずの吟遊詩人イシュエルが俺を見ているような気がしてドニの髪の奥に潜り込んだ。

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