第73話 河岸都市アルク
マンノールは、城門からまっすぐ伸びる大通りを城に向かってまっすぐ歩いていった。
城門の内側は幻想的な景色が広がっていた。まっすぐなものは、この大通りだけで、他はすべて曲線で構成されていると言っても過言ではないだろう。
建物、看板や標識などすべての構造物は植物をモチーフとした有機的曲線で構成、デザインされていていた。
ウルフマンの森も素晴らしいと思ったが、エルフの森は一段と素晴らしかった。
街と森が有機的に一体化していた。植物を生活の中に取り入れる技としては一枚も二枚もエルフたちのほうが上手だろう。
一見、手入れがされていない、つまり雑草が道端に生えているかのようにみえるが、花の咲き方やその配置をよくよく見れば手入れせずには、決してこのようには育たないだろうことは推測できた。つまり、道を管理しているエルフたちの美的感覚が確実に道端の草花にも宿っているのだ。
「この風景を絵に描いてあるのなら、ぜひ、買ってみないものだ」
のんびりと町並みを褒めてばかりもいられない。気をつけなければならないのは、そのような街並みでは死角となる場所が瞬時に判断しにくいことだ。
死角だと思って入った通りが、実は人の出入りの多い店の入口に通じていたり、思わぬところに明かり取りの窓があったりする。
エルフの振る舞い、たとえば歩き方だとか、立ち方、話し方などの影響もあり、街の中でどこにエルフがいるのかが瞬時に判断できないのも問題だ。
それでも、慎重に場所とタイミングを見計らって鳥にヘンゲし、空に舞い上がった。
城のいちばん高いところに降り立つ。
ラオラ川一帯が一望のもとに見えた。エルフたちが暮らしている様子が上からみるとよく分かった。
城の前には噴水がある。それは、まるでコンピュータで制御されたようにリスミカルに水を拭き上げたり、止めたりしていた。
魔法で制御しているのだろう。すばらしい。これも写真に収めるべき光景だ。
その脇を、マンノールが通り過ぎていく。噴水には脇目もくれない。
俺は、城内に入ってしまう前に植え込みの中にツッコミ、ノミにヘンゲし、マンノールの頭に飛び乗った。
衛兵が、マンノールに敬礼をした。マンノールは、うなずくだけで、城内に入城した。
初めて、城というものの中に入ったが、行政施設というよりは、高級ホテルのロビーのような雰囲気だった。
城内のエルフたちは、貴族なのだろうか、表にいるエルフよりも華やかな服装で、これからパーティーにでも行くようにも見えた。
そんな中、マンノールは軍人らしく足音を鳴らし進んでいった。
それどころか、マンノールの通り過ぎた姿を見て、柱の影で鼻で笑うものも、嘲笑をうかべるものもいた。
だが、当の本人は、そんな周りには全く臆するところなどない。マイペースなのか鈍感なのか。エルフとしてというより、社会を形成して生きている種族の一員としては、かなり変わっている。
城内には、いくつかのチェックポイントのような場所があり、そこには必ず衛兵二人がたって見張りにあたっているのだが、マンノールは、すべてそれらのポイントをフリーパスで通過した。
マンノールの地位は、城の衛兵の態度を見れば結構高位の役職なのだろうと思われる。しかし、それにしては、森で不審者の取締をしているという仕事は、下級の騎士の仕事のようにも思える。
果たしてどれくらいの地位の者なのか、考えあぐねているうちに、ひときわ立派なドアの前で立ち止まった。
そのドアの前には二人の衛兵が立っていた。マンノールが始めて衛兵に問うた。
「城主はおられるか?」
問われた衛兵が、緊張しながら答えた。
「はい。おられます」
マンノールは、入っていいかとは聞かなかった。軽くドアをノックして、ドアを開けた。衛兵も
ドアを開けたその向こうでは城主が、優雅にお茶を楽しんでいた。その茶葉は、香り高く品がよく、その茶葉を所有する人物の地位の高さを示しているようであった。
城主は、マンノールを一瞥するなり、嫌そうな顔をした。
「お忙しいところ申し訳ございません」
城主はさらに嫌そうな顔をした。その顔を見れば、マンノールがこの城主に好かれていないことは誰の目にも明らかだった。
マンノール自身は、そんな表情には左右されないようだ。
「何者かが、最新の結界術をかいくぐってエルフ領に侵入した形跡がございます」
やはり、何かの結界が張ってあったのか。今後のために、その結界がどんなものなのか知っておきたいものだ。
「至急、専門の追跡部隊の応援を頼みたいのです」
城主は、マンノールにそっぽを向きながら答えた。
「アルクの結界師および追跡部隊は、今、出払っている。もし必要と判断するなら、首都まで応援を頼みに行かねばならない。そのためには、確たる証拠が必要だ。急いで証拠を集めたまえ」
「はい」
マンノールは、一言も反論せずに、部屋を後にした。
俺は、城主の部屋に残った。
もし、キハジが捕まっているのなら、城内の可能性が高い。城内にとどまれば、何らかのキハジの情報が手にはいるとふんだからだ。
城主は、席をたち、窓を開けた。大きく息を吸い、外に向かって小さく早口でつぶやいた。
「やれやれ、全く無粋な唐変木だ。あれで王族でなければ、とっくに他の地方に移動させるのに。何か、厄介払いできる妙案はないか」
城主は言い終わると窓を閉め、席に戻り茶を口に運んだ。
「なんてことだ。せっかくの茶がまずくなってしまったわ」
結局、その日は、それ以外何事か報告しにくるエルフはいなかった。
しょうがないので、その夜、城内をレイスにヘンゲして探索することにした。
壁を通り抜けられるのでラクラクだ。もし、レイスにヘンゲしなければ、城の探索に何日もかかっていただろう。
そうして、この城にはキハジが囚われていないことが判明した。こうなると、どこに移送されたか、だれかに尋ねなければならない。
だれか適当な、エルフをカクホし、化けてみるか。俺は、適当な人材がいないかレイスになってさまよい歩いた。
地獄耳と併用すれば、どんな噂話も聴き放題だった。城主とマンノールが話していた部屋は、城主の執務室だが、その隣の部屋から城主の声が聞こえてきた。
真夜中だというのに、誰かと話し込んでいるようだ。
「なんとかうまく追い出せないだろうか。王族だから問題を起こさせて左遷させるのは儂の責任問題になる」
「手柄をもたせて栄転させるのはいかがでしょうか。ちょうど先程のドルイドの女の件もございます。もう一つ何か大きな手柄があれば」
「ここは戦場ではない。大きな手柄などないぞ」
「なければ作りましょう」
こんなにきれいな自然や街に囲まれていても、話すことは誰かを貶める陰謀だとは、幻滅だ。
城主と話をしていた相手はキハジの行方を知っているかもしれない。カクホして、話を聞き出すべきだろうか。
考え事をしながら移動していたのが行けなかった。通り抜けた壁の先にまだ寝ていないエルフがいた。
そう、超真面目エルフ騎士マンノールが、机に向かい書き物をしていたのだ。
周りのエルフたちの反応には鈍感なくせに、俺が部屋に入ってきた瞬間に気づきやがった。
どんな精神をしているのか。
俺は、回れ右をして壁を通り抜け、逃げ出した。
地獄耳で確認すると、廊下に出て俺を探しているようだ。
マンノールが俺が通り抜けてきた隣の部屋を開けた。仮眠していたエルフが飛び起きた。
「今ここをレイスが通り抜けた」
「ええ。まさか。なぜこの城にレイスが」
「見間違いじゃない。あれは墓守レイスだった」
「それらな余計、不自然です。ここは城ですよ。墓所などないです。マンノール様、最近仕事が忙しくお疲れなのでしょう」
「いいや、私は大丈夫だ。至って健康だ。この前の領地に侵入した者共のことも気になる。これは、城主に進言しにいかねば」
「マンノール様、お待ちを。まさか、今から城主にお会いになられるのですか」
「あたりまえだ。これは一大事だぞ」
そう言うと、マンノールは、部屋をでて、速歩きで廊下を歩いていった。
そうだ。いいアイデアを思いついた。俺は、ほくそえみながら、床を透過した。
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